照れるモロコシ
コロネが子供達と食べた蜂蜜は、世の中ではレアである為、彼女がケチった訳ではない。
一般に流通している甘味は、 甜菜という、カブに似た白い根を持つ植物で、 甜菜の根から糖分を抽出し、結晶化させて作られる。
精製度が低いため、ミネラルやオリゴ糖が残り、コクと深みのある優しい甘みが特徴だ。
その中でも含蜜糖と言われ、 結晶と糖蜜(蜜分)を分けずに作られるタイプが、てんさい糖となる。
結晶部分のみを取り出したものが分蜜糖と言われ、上白糖やグラニュー糖も甜菜から作られている。
多くの人が使うのが価格の安い含蜜糖。だが安いと言えど、平民の給金が低いこの国では糖は高級品であり、孤児院の子供達に与えられたご褒美のキャンディは、とても嬉しいものなのだ。
この国では貴族の労働は卑しい行為と見られており、あの合理主義者のセサミでさえ、代理人を立てて幾つかの商売を行っていたほどだ。
だが今回のコロネ手動の養蜂のことは、彼女が敢えて代表者となり世間に公表している。
それはこの孤児院の敷地で行われている養蜂技術が他者に奪われないようにする牽制と、5歳である公爵令嬢コロネが行っているところが肝である。
実際にコロネが行っていれば才媛の誉れと評判になり、そうでなくても公爵家に認められ(手助けされ)愛されている証明になるからだ。
裏では「貴族の癖に品がない。女の癖に、目立ちたがりで傲慢だから嫁に行けんぞ。子供に事業などできるはずがない、全部公爵家の手柄だろう?」などと、嘲笑されるのは覚悟の上だった。
何れにしてもワッサンモフ公爵家の名が前面に出る為、孤児院は守られることになる。彼女はそれで満足なのだ。
◇◇◇
コロネは冒険者のギルド長モロコシに、養蜂家と一緒に戦闘用の冒険者を紛れ込ませて貰っていた。彼らの仕事は基本的に養蜂技術取得の弟子だが、護衛の意味合いの方が強かった。
養蜂技術に興味もあった彼らは、その仕事を格安で引き受けてくれた。年齢的に引退の時期も近いようで、養蜂の仕事を真剣に行ってくれているのを見ると、規模の拡大も図れそうで嬉しくなるコロネだ。
技術はあれど、予算不足で増資でないのが平民技術者の現状。それをコロネは、今まで与えられてきたネックレスやブローチをモロコシに換金して貰い、人材や資材の資金に充てた。
「良いのか、こんな貴重な宝飾品を? 後悔しないのか? 記念日の贈り物か何かだろうに」
モロコシの問いに、コロネは屈託のない笑顔で答えた。
「勿論ですよ。思い出でお腹は膨れないですもの。特に子供の自由にできる資金は少ないので、丁度良いのです。もうこの飾りは私には幼すぎますし」
「そうか。なら良いんだ。迷いなくそう選ぶのは、見ていて気持ち良いぞ!」
モロコシもニカッと笑い、サムズアップした。
それを見てコロネはお腹を抱える。
「失礼、モロコシ様。さっきまですごく深刻そうな顔でしたのに、今はすごく笑顔で、まるで百面相のようだったので。くすっ」
「そうかよ。まあでもさ、一応心配だったんだよ。こんな良い細工のブローチは、売れば二度と戻って来ないからさ。そんな気合いがあるなら、もう大丈夫だな」
「心配……。そうですか。貴方は優しいですね。ありがとうございます」
モロコシは照れながら、「そんな真っ直ぐに褒められると困るぜ。あとな、今度からモロコシ呼びで良いぜ、堅苦しいのは苦手だからな」と慌てて言い、コロネが有無を答える前に走って行った。
眉と顎ひげがモジャモジャで、天然パーマの黒髪の30代男が逃げたのだ。冒険者の前では強面を活かして、場を仕切っていると言うのに。
「アンナ、どうしたら良いの? ギルド長に失礼ではないかしら?」
「良いんじゃないですか? モロコシと呼んでも。呼び捨てるのが嫌なら、モロコシさんくらいで」
「そ、そうね。さすがアンナは頼りになるわ」
「タハハッ♪ それほどでもないですが、お嬢様に褒められると嬉しいです」
孤児院裏の蜂の巣箱前で起きたそんなやり取りを、シスターと子供達、養蜂家とその弟子が見て微笑んでいた。
「ここはいつも賑やかだな」
「コロネが来る前は、もっと静かだったよ。今はいつも楽しいの」
「そうか。あのお嬢さんのせいか? 確かにいつも楽しそうな顔をしているな。平民相手なのに珍しい」
「あいつの家は、いろいろ複雑なんだよ。まあ貴族であることは気にしてやるな。ここでだけは普通に接してやってくれ」
コロネから逃げたモロコシが戻って来て、話に加わる。
「……訳ありか。幼くても貴族は大変だな。そう言うことなら、娘のように可愛がってやるか?」
「冗談だろ? せいぜい爺がいいとこだ。ワハハッ」
「よく言うな。可愛いコロネに褒められて、乙女走りで逃げた男がよぉ」
「それは言うなよ~。俺はいつも、『顔が怖い、イヤ~』とか言って女子供に逃げられる男だぜ。それが真っ直ぐに見つめられて、優しいって。マジ天使降臨だぜ!」
「わかったから、はしゃぐな。調子が崩れるだろ!」
みんなで笑い合う午後の孤児院は、幸せで包まれていた。




