ミントジュレの恋
長い銀髪が煌めく、麗しの王子ミントジュレ。
彼は王族の暮らしに窮屈さを感じていたが、だからと言って生活を変えるようなこともせず、コロネを婚約者として風避けに使い、呑気に過ごしていた。
けれど……。
そんな彼に衝撃の出会いが訪れた。
「あれは確か、ワラビーではないか? ん、痴話喧嘩か? ええっ、急に女性を噴水に突き飛ばしたぞ。何で?」
たまたまお忍びで、爺やのロクモンと護衛のエンヤと街歩きをしていたら、彼の側近が女性を突き飛ばすところを目撃してしまった。
側近はそのまま、振り返りもせずに悪態を吐いて去って行く。魔道具で気配を薄くしているミントジュレには、全く気付いていないようだ。
「大丈夫ですか?」
誰も助けに行かない彼女に、ミントジュレは走り寄り手を差し伸べた。
「あ、ありがとう、ございます。でも私に関わると、ワラビー様に嫌がらせされますから……」
手を取るのを躊躇う彼女に、ミントジュレは魔道具のスイッチを切ってから伝える。
「それは平気だと思う。彼は僕の部下だから」
「え、それじゃあ……。あぁ、殿下。申し訳ありません」
「謝らなくて良いから、まずはそこから出なさい。さあ、手を」
「はい。ありがとうございます」
彼女は噴水の中で思いきり頭を下げるも、心配するミントジュレに止められ、そこから引き起こされた。
貴族の前では物静かで言葉が少なく、儚い印象のミントジュレだが、それは偽装だった。
本当はよく喋り、優しい爺やのロクモンからも「そろそろお仕事に戻りませんと、夜が明けますよ」と注意されるくらいだった。
魔道具で気配を薄くしてまで市井に出向く彼は、何事にも干渉しないつもりでいつも通り歩き、帰るつもりだった。
それが、突然のアクシデントに遭遇。
護衛は即座にバスタオルを買いに走り、ベンチで待つミントジュレへと手渡す。ミントジュレは彼女へそれを渡し、「王子命令だよ」と微笑み使うように促した。
爺やは合気道の師範免許を持つ強者な為、周囲の警戒を怠らず、少し離れた場所に立っていた。
びしょ濡れになった女性は申し訳なさそうに、「ありがとうございます」と言いながら涙を溢した。
1枚のバスタオルで濡れ羽色の長い髪を乾かし、もう1枚は体を隠すように肩から覆う。
何か事情がある。
瞬時に分かるも、聞き出すことは酷に思えた。
彼女にとって、ミントジュレは敵か味方か分からない。それにワラビーの上司なのだ。
「挨拶が遅れました。私はワーカメル子爵家の次女カロテと申します。……ワラビー様の婚約者でございます」
「そうか……。部下が礼を欠いた。申し訳ない」
「そんな、頭をあげて下さい。私が悪いのです。あの方の女性友達のことを誤解してしまったので」
「誤解? 本当にそうなのか?」
「分かりません。私から見ると……腕を組んで、まるで恋人のようでしたので。それなら私は、婚約を辞退致しますと申し上げたのですが……」
「怒りに任せて、突き飛ばされたと」
「……はい」
「ときに貴女は、ワラビーが好きなのか?」
「あの……。私からそれは……」
「誰にも言わないから、教えてくれ」
「私は好きではありません。ですが彼の生家イノシアン家から、私の家が資金援助を受けているのです。後妻の浪費が酷く、異母弟妹がひもじい思いをしているので、逆らえず……」
「なんと。後妻は実の子供にも虐待を?」
「…………そうなのです」
ここまで話し、もう誤魔化せないと思ったカロテはその先語り始めた。
「暴力こそないですが、借金をしても衣装を仕立てるので、もう使用人は古参の者しかいません。彼らも給金が遅れがちで生活に困る状態ですが、私や幼い弟妹の為に残ってくれているのです。私がワラビー様の婚約者になってから、使用人の給金を払い食事量も少し増えましたが、借金は減りません。父は後妻の言いなりです。どの道このままでは、爵位の維持は無理でしょう。後妻は元平民で、貴族はいくらでもお金があると思っているので、現状の把握も出来ていないのでしょう」
「これから君はどうする気なの?」
「本当は……ワラビー様の婚約者を辞めて、市井で働き弟妹と暮らしたいのです。今は婚約者ですが、借金まみれの家と結婚しても利益はありません。他にも親密な女性もおられますし、何れ婚約破棄されるでしょう。もし私が我慢して結婚しても、弟妹達の生活は改善されないでしょうし。……私のように、売られるように妹が嫁ぐ未来しか見えません。もっと酷いことになるのかも? うぐっ」
最悪の未来を考え、顔を手で覆い涙を隠すカロテ。
ミントジュレは彼女の肩に手をやり、「少し考えてみるから心配するな」と言って、バスタオルを羽織った彼女を馬車で家まで送った。
気配を薄くする魔道具のお陰で、カロテの家に馬車の存在は気付かれなかった。
そもそも門番もいないので、問題はないようだ。
エンヤの操縦する馬車を降りたカロテは、礼をして感謝を述べた。
「聞いて頂いてありがとうございました。少し考えも纏まりました。バスタオルも……新しいのは買えないので洗ってお返し致しますので」
「そうか。じゃあ、またこちらから連絡しよう。そうだな、手紙はコロネ嬢に相談し、彼女経由で送って貰うからな」
「ワッサンモフ公爵令嬢ですか? あの福祉の女神と言われている、あの方から!」
「ああ、一応僕の婚約者だからね。協力して貰おう」
「一応、ですか?」
「ああ、内緒なんだけど、カザンサススノー国からの縁談を避ける為に協力して貰っているんだ」
「まあ、そうなんですか? 私、ワッサンモフ公爵令嬢に憧れているのです。高位貴族なのに贅沢もせず、様々な援助活動をしている彼女のことを。出来ることなら、私も彼女の下で働きたいのですが……。難しいですよね」
「う~ん、どうだろう? いつも人員募集しているけど、邪な者は弾かれているみたいだし。平民、貴族関係なく、彼女や側近が良いなら即採用されるらしいぞ」
「本当ですか? チャンスがあるかもしれないのですね。教えて下さって、ありがとうございます」
「……ああ、うん。良いんだ。じゃあ、僕行くね。これ僕のおやつ、弟妹と食べると良いよ」
「うわぁ! ありがとうございます。弟妹が喜びます!」
カロテはその日一番の笑顔になり、礼をして走って邸に入って行った。
「よろしいんですか、坊っちゃん。市井で購入したお気に入りのお菓子ですのに」
ロクモンの問いに、顔を赤くし惚けていたミントジュレは我に返った。
「ああ、なんか言ったか? もう城へ帰ろう」
「フフッ。分かりました」
モモの時のような作りものじゃない、本当のか弱く見えて強い彼女。美人と言うより、背が低くて可愛いらしい感じだ。
たぶん家で辛い目に合っているのに、異母弟妹の面倒までみる優しさを持っているのだろう。
乳兄弟の護衛エンヤは、女性に興味のなかったミントジュレを見て気付いてしまった。
(ははん。初恋だな、こりゃ)
声に出しては言わないけれど。
誰よりも傍にいる爺やロクモンも、変化を察知していた。
(これは……。でもこの恋は茨の道となりますぞ。ホッホッ。それもまた、人生ですかな)
とりあえずコロネに連絡し、再会の為の手紙を送る手はずを整えようと考えるミントジュレ。
ロクモンは以前にも調査依頼し、信頼に値すると確信したモロコシへ、カロテとワラビーの身辺を探るように依頼を出していた。
「城にいる部下より、モロコシの方がよっぽど有能だ。秘密保持も完璧であるしな」
どうやら権力争いから外れている第三王子の周辺には、碌な人材が与えられないようだ。ワラビーのこともまた然りで。
今まで特に気にしないことが、今回の出来事で一気に浮き彫りになったのだ。
ミントジュレは今後、恋ばな好きなコロネの侍女達にいろいろ追求されることになる。
彼はそこで、初めて自分の気持ちを自覚するのだった。
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