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弁えすぎた令嬢  作者: ねこまんまときみどりのことり


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ジルミ・ミズーレン

 聖女の召喚に応じて、クルルの妻ジルミが上空へと姿を現した。


 クルルは「元気そうだった」と喜色めいたが、肉体をなくした霊体にその言葉はそぐわない。



 そして次の瞬間、ジルミは声をあげて泣き出した。泣き出したと言っても、肉体がない体では涙一つ出ないのだが。



「クルル、ごめんなさいね。私が貴方を婿に選んだばかりに、こんなに苦労をさせてしまって。私だってクルルの幸せの為なら、貴方を選ぶべきじゃないとは思っていたの。私は体も脆弱で書類仕事くらいしか出来ないから、隠密のことは任せきりだったし。それならばクロダイン公爵が一番気に入っている婿を取れば良かったのに。でも、でもね。父から見せられた3人の有能な婿候補の写真を見せられた時から、クルルから目を逸らせなくて。その候補もクロダイン公爵側から来たものだから、こちらが間違った訳ではないのよ。たぶん姉の婚約者をスライドさせるより、選択肢を与えることで寛大な上司をやりたかったのね。クロダイン公爵のお気に入りの令息はそれが顕著で、贈り物や観劇の誘い等、たくさん接触してきたの。上部だけの愛の言葉も囁いてきたわ。たぶん出来レースだったのね。でもでもでも、私はどうしてもクルルが良かったの。貴方に一目惚れしてたの。会う前の写真を見た時から。それでも会って見れば印象も変わると思っていたんだけど、痩せ型なのに筋肉質でスラッと背が高くて、赤い瞳が輝く美形でバリトンの声音で。特に貴方の瞳の色は特別綺麗に見えて。だから有力候補を蹴って、貴方を選んでしまったの。だからきっと風当たりも強かったと思うの。でも貴方は優秀だからクロダイン公爵も黙っていたでしょ。その後は後継者問題でまた貴方を悩ませてしまったわね。私はたぶん出産には耐えられないと思っていたの。私ね、貴方が避妊薬を盛っていたことも知っていたの。私達は相思相愛だったから、考えていることも伝わってたわ。と言うか、私も薬物の見分けの訓練は受けていたから、食事の味で分かってたの。気付かない振りでね。でもそのうちに、貴方に問題があると言われたから私も覚悟を決めたの。本当は貴方とピスタテルとの3人でずっと生きたかった、死にたくなかった。その後に貴方が、1年も経たずに再婚した時は苦しくて苦しくて……天国にも行けなくて。でも私は何も出来なくて。ピスタテルが虐待されても助けられなくて、泣くだけしか出来なくて。ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、私が死んだせいでごめんなさい。ピスタテルがこうなったのは私のせいなの。でも私は何もしてあげられないわ。ごめんなさい……っ……うっ……ぐすん…………」




 クルルは、妻の言葉を聞いて驚愕した。

 大人しかった彼女は肉体のリミッターが外れたせいか、思いの丈を一気に打ち明けてくれたのだから。それに……一目惚れなんて知らなかった。



 そんなに自分を好きでいてくれたのだと言う喜びや、ピスタテルを助けたくても動けないことへの悲しみを聞いて。


 クルルがピスタテルの虐待のことを気付かず(まさかそんなことがあると思いもせず)、タルテの命令に疲弊して暮らしていたことも知られていたのだ。


 そしてそのピスタテルが、女性達に酷いことをしていたことさえ。クロダインから命じられた断れない任務とは違うところで、まるで虐められた仕返しのように。



 クルルは彼女に「元気そうだ、良かった」と言ったことを後悔していた。

 死に際の姿と比べ元気そうだと思ったが、彼女の気持ちは悔恨の淵に沈んでいるのだと分かったからだ。



 だからクルルは彼女に伝えた。


「君のせいじゃないんだ、ジルミ。君は精一杯生きたんだ。何も後悔しなくて良い。悪いのは俺だから、これ以上何も出来ないと悩まないで欲しいんだ。俺もずっと君と暮らしたかったよ。…………幸せだったんだ。短い間だけど3人で笑って暮らしたあの時間が。大事だった。だからこそ君の残してくれた、ピスタテルを幸せにしたかった。当主じゃなくても、然るべき役職に就かせてやりたくて動いていたんだ」



「忙しくしていたのは、ピスタテルの為だったのね。それに私との生活は幸せだったと思ってくれたなんて……嬉しいわ………………」


「俺も君に会えて、うっ、嬉しいよ。もう……夢でも会えないかもしれないと諦めていた。奇跡はあるんだな」


「クルルも……頑張ったのね」

「ああ。他者を蹴落として蹴落として、ピスタテルと二人で生きて来た。でも結局俺は、教育を間違えたらしい。君に似た息子を叱れずに、ここまで来てしまった……済まない。君の命を受けた大事な子を守れずに」


「クルル一人に任せた私が、責めるなんて出来ないわ。生きてくれただけで、良いのよ。つまらない矜持を捨てて、ピスタテルを守ってこの地に来てくれた。私にも会ってくれた。ありがとう」


「っ……そんなこと、何で言うんだよ。うっ……」




 昔と違って近年は、ミズーレン伯爵家の男児も他家と結婚が出来るようになった。以前は精々許されるのが愛人くらいだったが、クルルの働きでやっと規制が緩められ結婚が可能となったのだ。


 クルルの祖母は貴族令嬢だったが、ミズーレン伯爵家の令息とは結婚出来ず愛人と呼ばれ、他家へ後妻として嫁いだ。

 他家へは既に生まれた子は連れて行けず、母の生家の子として生きたのがクルルの父だった。

 クルルの父は甘えを許されずに成長することを余儀なくされた。

 戦場では一騎当千の働きをして周囲に認められ家格も上がったが、家を継ぐのは正当な血筋でクルルの父ではない。

 結局はクロダイン公爵家の騎士団にスカウトされ、副団長としてフォカッチャーを守る任に就いていた。その後に騎士団長の娘と結婚し、娘の持つ爵位で子爵となり、敵が多いフォカッチャーを守り殉職した。クルルはフォカッチャーを守った命の恩人の息子だった。だから万が一の保険として、出来レースの婚約者候補にも入れられていたのだ。フォカッチャーとしても、クルルには思い入れがあった。


 


 そんな会話を繰り返した後、ジルミはピスタテルに話かけていた。


 

「ピスタテル、私はね、怒ってないわ。貴方がもがいてもがいて、懸命に生きて来たことを知っているもの。他の誰を傷付けても、自死することなく生き延びてくれて嬉しいわ。ここで成長した貴方に会えて嬉しいの。私が生きた意味はきっとあったのね」


「お母様……寂しかった。ずっと辛くて、お母様の傍に行きたかった。でもお父様も大事で、置いて行けなかった。どうして良いか分からなかった…………。俺は駄目な人間です、うっ」


「聞いてピスタテル。私はいつも貴方の、貴方とクルルだけの味方よ。酷い母親だけど、それが本音よ。だから泣かないで、私の可愛い子よ。世界が貴方を敵だと言っても、私は貴方の味方よ。大丈夫よ、いつでも傍にいるわ」


「お母様……ずっと傍にいたんだね。知らなかった、ぐすっ、あぁ」



 ジルミの透けた体は、ピスタテルを抱きしめていた。それを見て涙が止まらないクルル。


 愛なんて形はない筈なのに、確かにこれは愛としか呼べなかった。嗚咽が止まらずに二人に寄り添うクルルは家族の絆を確かめていた。



 憑き物が落ちたように邪気を失くした三人に、別れの時が迫っていた。




「ジルミには戒めてくれと頼んだのに。また甘やかしてどうする気なんだか。まあ良い顔しとるから良いか。じゃあ、もうジルミは輪廻の輪に乗せるよ。このままだと来世で会えることもなく、ここでさ迷うことになる。そんなの望んでいないじゃろ?


 お互いの幸せの為に、送ってやるんじゃ。良いな!」




 肉体のないままさ迷うなんて、絶対駄目だ。

 そう思うクルルとピスタテルは、別れることを決めた。

 ジルミは離れがたいものの、未練を残して長く地上に留まっていた彼女は、もう巫女でなければ天に送れないらしい。



「人間の寿命は短いから、またすぐ会える。先に待ってなさい。じゃあ行くよ『サヨナラ未練、こんにちは未来、今夜食べたいのはミートローフ♪』、開きませ天国の門!」



 巫女が変な呪文を唱えと、大きな門が出現し少し開いてジルミが吸い込まれて行った。



「バタンッ」と閉まり、終了らしい。



「えっ、嘘っ」

「あれが天国?」


「そうじゃ、天国の門じゃ。門と言うのも概念で、本当は薄皮向こうは、違う次元に繋がっているんだよ。この地に生まれるのを望んでいるようだから、この地の天界に行ったんじゃ。もしこの地が嫌なら別の場所に送ることも出来るが、(わしの)力がたくさんいるから推奨せんわ。おっほっほっ」



「そ、そうか、天国に行けたなら良かった」

「うん。取りあえずは、まあ」



 釈然としない二人だが、ゆっくり挨拶をすると別れがたいし、門を出したままだと巫女の負担にもなるのであの感じに収まった。だいたいが巫女の都合であるが、それくらい巫女の力は大事なのだ。致し方ない。




 見届け人や護衛達も、声には出さずともあっけに取られていた。


(巫女の力は人智を越えている。凄いです!)

(さすがだな。だがちょっと雑さが見えたような。まあ、気のせいだろ?)


 信じていなかった護衛達も、巫女の力を見て頭が下がる思いだった。そして彼女を支え、崇めていく活動をすることを誓ったのだった。


(これが救世の力。物理と霊体の垣根をものともしない術。生死に介入する神業はこの国の、いや世界の宝である。丁重に保護せねばならぬ)




 そして次は、チェリー・コンポートナの召喚だった。ピスタテルはジルミ以上に心が揺れるのだった。







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