引いて。惹かれて。 4
校外学習から土日を挟み、月曜日。
冷静になれる時間が約四十八時間あったにもかかわらず、今も脳味噌の片隅の方には『呪い』という単語が居座っている。
タイミングというものほど恐怖を与えるものはないと、この身をもって実感している最中だが、何が起こるかわからないという恐怖よりは何が起こっているのかがわからないという恐怖がある。
いつも通りの時間に教室に入ると、やはりそこには数人しかいなかったが、その中に冷泉がいた。こいつはいつも俺より遅いはずだ。
俺が入ってきたのを一瞥すると、まっすぐとこちらに向かってきた。
「おはようございます」
顔は変わらずニコニコとしていた。
「今日は早いんだな」
「おや。いつも貴方に見られていましたか」
変な言い方すんな。
「いえ別に、特別な理由はありませんよ。ちょっとした気まぐれです」
「気まぐれ?」
「いつもより少し早めに家を出ただけです」
「……お前ってどうやって学校に来てんだ」
「そのうちわかりますよ」
なぜ言わない。
「そういえば、あの後大丈夫でしたか?」
「あの後?」
「ええ。金曜日はだいぶ顔色が悪そうでしたが」
「ああ……。あれな。ちょっと疲れてただけだ」
「…そうですか。それならよかったです」
疲労が溜まっていたのは事実だ。
「ですが」
冷泉は一拍置いて続ける。
「僕はいつでも相談に乗りますよ」
相談ね。
「……俺もそのうち、そうさせてもらうさ」
そう言って席に着く。
そのうち、だなんて都合のいい言葉はそうそうないだろう。俺は過去にもそう言ったわけだが、いつ来るかもわからない『そのうち』だなんて正直信用ならない。時間の流れなんて一定のようでいてそう感じさせてはくれないから、翌る日突然に『そのうち』になっているかもしれない。
「……いつかだ、いつか」
「いつかって?」
隣に土御門がいた。
「相も変わらず盗み聞きか?」
「心外な!」
「そっくりそのまま返す」
「別に盗んでないよっ!」
「お前も冷泉と同じかよ」
「同じって?」
「いや。何でもない」
フッと息を吐く。
全く何で朝からこう、騒がしいんだ。
と思った刹那、横から怒号が響く。
「大体ね!賀茂くんは独り言が多いんだよ!!」
「……は?」
唐突すぎて、現状に理解が追いつかなかった。
もしかして俺、説教されてる?
「そりゃ聞こえるよね!!聞きたくなくても聞こえるよね!!」
「……すいません」
「それで肝心なところははぐらかすから!よくないっ!」
正論の右ストレート。
ぐうの音も出ない。
「……秘密にできませんか?」
「ダメっ!!」
「…さいですか」
「さいです!」
どうしようか。
正論を言われてしまっては、どう返そうが言い訳にしかならない。
俺が次の一手を考えているとき、
「賀茂くんは私に隠し事をしないこと!!」
「隠し事?」
「そう隠し事!」
「別に隠してない」
「でも賀茂くんが隠れても同じでしょ!!」
「隠れてもって……」
「とにかくねぇ、賀茂くんは何か悩み事があったら言うんだよ!!」
「何でだよ」
「友達でしょ!」
「どこの少年漫画だよ」
「私ジャンプ読んだことないけど」
ただのツッコミを間に受けないでほしい。
「……まあそのうちするよ」
「あ!!出た、そのうち!!」
しめたと言わんばかりに猛攻する。
「賀茂くんの『そのうち』って、私信用してないからねっ!!今すぐだよ今すぐ!」
今すぐって……。そんなぽんぽん悩み事あったら絶望で死んでしまう。
「……今悩みあるんでしょ?」
「ねえよ」
「ホントに?」
……なんでこいつこんな鋭いんだ。これが魔女の力なのだろうか?
「言葉で偽れても、顔は隠せないよ?」
……どうやら表情に出ていたらしい。
「しくったな」
「あるんだね、悩み」
あ。
しまった。
ブラフだったか。
「……話さなきゃ駄目か?」
「ムリにとは言わないけどさ。もうちょっと頼ってほしいかな……」
と、タイミングが良くも悪くもチャイムが鳴った。
いつの間に二十分も経っていたらしい。
「あとで絶対に話してね?」
さっき無理に聞かないと言っていた気がしたのは俺の幻聴だったのだろうか。
まあ、俺が悩んでいたのは事実だし、正直話すかどうか迷っていたから話すきっかけが転がり込んできたのはいいことだ。
結局、『あとで』というのがいつなのかよく分からず、話す機会がないまま放課後を迎えた。
俺と土御門は全く話さず、どちらもクラスで孤立しているような存在。
それぞれには似たような類の友人がいるが、友人は友人で自分よりもコミュニティが広い。自分という小さな存在に構っているほど余裕がないし、周りもそんな時間を作ってくれるほどお人好しというわけでもない。
土御門は多少なりとも他の人と話すことが多いようだ。まあ、『黙っていれば美人』代表だと思うし、何ならクラスの男子の中でも人気は高いと思う。なぜそんなことを知っているかというと、前に一度質問されたからだ。
なあ、お前って土御門さんと仲良いよな。
え?ああ。そうなのか?
だってよく話すじゃん。
よく、って程でもないけどな。
でも賀茂が話す人って土御門さんとか、鎬ぐらいだろ?
まあ、そうだな。
で、あいつがどうかしたのか。
いや、土御門さんってすごい美人だろ?
……まあ、一般的に言えば美人という分類に入るな。
しかもすげえスタイルいいだろ?ほら、こう出てるところが出てる、みたいなさ。
……そうか。
連絡先持ってたりしねえ?
持っていない。
そっか、邪魔したな。
こんな感じに。
まあ、俺は別に嘘はついていない。事実を言ったわけではないが。
で、一体いつ話せばいいのかが分からないため、とりあえず帰ることにする。未知の感染症が流行ったり、地球が崩壊しない限りは、明日必ず学校はあるわけだし、別にお悩み相談なんていつだってできるんだ。今すぐな必要性などない。
土御門もどうやらクラスメイトに捕まっているみたいだし、他人の会話を邪魔するほど無神経な人間ではない。
と、帰ろうとしたところを土御門に止められる。
「ちょ、ちょっと!!何帰ろうとしてんのさ!」
「あ、いたのか」
「『いたのか』じゃないでしょ!!私ずっといたよ!待ってたんですけど!!」
「タイミングは難しいってことよ。じゃあな」
「『ことよ』じゃないでしょ!!何帰ろうとしてんのさ」
「帰りたいからだ」
「勝手に帰んないでよ!!乙女を待たせないで!!」
待ってたのかよ。
「さっきまで話してた奴らはいいのか?」
「別にそんな大事な話じゃないし」
「せめて友人関係は大事にしておけよ」
「それ、ブーメランだよ?」
……確かに。
「で、賀茂くんの悩みってのは何かな?」
「……悩みね」
まあ、ここまで来てしまっては正直に話す以外に帰れる道はないのだろう。
「少し場所を変える」
「場所?」
「そのくらいはいいだろ」
「別にいいけど……」
まだ学校が終わったばかりなので、教室はもってのほか、学校内で人目を気にせず話せる場所などない。
何より。
俺の存在を知っているような人間、つまりは今回俺に呪いをかけた人間がこの学校内にいる可能性は十分にあり得る話だ。
できればそいつに話を聞かれるのだけは避けたい。
「公園で話す」
「公園なんてあったっけ?」
「帰る方向と反対の方にな」
「ああ、おっきい池があるところね」
「いいだろ?」
「公園に女の子を連れ込むとは。賀茂くん、厭らしいねぇ」
こいつをそのまま公園に置いて帰るのもいいかもしれない。
「そんな殺意の込もった目で見ないでよぉ!」
そんなわけで、俺と土御門は学校を出て、住宅街の間を縫うように公園へと向かう。
学校から徒歩十五分ほどの場所にあるその公園は、県の名前……いやまあどちらかと言えば市の名前を冠している公園だ。実際、その名前に恥じぬ規模の公園で、前述の通りに大きな池がある。ドラマやアニメの聖地としても有名らしい。
近くにはモノレールが通っていて、さらには体育館もある。ここら周辺多種多様な施設が揃う場所ではあるが、高校生が時間を潰すにしてはいささか渋いような気もする。
「で、どんな話をしてくれるのかな?」
「一応聞いておくが」
一応。
そう、一応だ。
俺だって馬鹿じゃない。だからこそ、あの校外学習の人物について色々と考えた。考えを巡らせた。
土御門が犯人である可能性。
俺が知りうる限りの唯一の魔法使いであり、俺が知りうる限りの俺とコミュニケーションを取る数少ない人物。あいつにはあのときアリバイがあったとしても、魔法でどうにかするだろうと、あまり論理的でなくとも逃げ道ができる。いいように解釈すれば、土御門が犯人であると言いきれてしまう。
だが、しかし。
万が一でも、これだけは、あっては欲しくないと、心の何処かで思っているのかもしれない。感情に理由はない。あるとすれば疑う根拠そのもののみ。
彼女がもし、そうであるならば。それ相応の理由があるのかもしれない。今までの俺の行動の中に、そうさせてしまうトリガーが存在していたのかもしれない。
結局のところ、どれだけ考えを重ねたところで、校外学習のときなぜ正体不明のあいつが呪いをかけたのか、という理由に関しては全く見当がつかない。それは予測不可で理解不能、意味不明で非理論的なものかもしれない。
だからこそ、片っ端から疑いをかけ、片っ端から疑ってみせ、片っ端から疑わざるを得ない。
「一応聞いておくが、嘘はついていないな?」
「何の?嘘って?」
「……」
嘘……ではないだろうか。
「質問を変える。お前は誰だ?」
「え?」
「誰だ?」
「どうしちゃったの賀茂くん?」
「答えろ」
「体調悪いの?」
「答えろ」
「誰って……土御門治だけど」
「お前が俺にかけた呪いは?」
「運命の人を見つけるおまじない」
「最後にひとつ。お前に似た人間は?」
「賀茂くん」
「……」
本物だろう。
不安は拭えない。しかしながら、これ以上は埒があかないというものだ。一度、こいつを信用しなければならない。
「で、散々質問したから、今度は私のターンだよね!」
「どうぞ」
「じゃあ、改めて聞くけど。君の悩みってのは一体何なのかな?」
「……まあ、悩みというか。悩みの類なのかどうかは俺も分からんのだが」
「だが?」
「知らん奴に呪いをかけられた」「…………のろい?」
「呪いだ」
「え?あの呪い?」
「どの呪いだ」
「え?あ、えっ?え???」
まあ混乱するのも無理はない。
ということで、あの海で何があったのかを説明した。冷泉とのくだらない会話以外は詳細に話したつもりだ。
「……確かに知らない人に呪いをかけられただけだね」
「知らないかどうかすら知らないけどな」
「ああ、賀茂くんが聞いたっていう『君とは仲良くできそうだったのに』云々のね」
「そうだ。それだけ聞けば、その呪いをかけた奴は俺が過去に関わったことのある人間か、クラスメイトかの二択しかない」
「ふぅん……。なんか恨み買ったとか?」
「恨みを買われるほど人と話した記憶は無いんだけどな」
「あと、『文化祭まで』っていうのが気になるね!」
「何の期限かすらも分からねえのにな」
「賀茂くんに恋人ができるまでとか?」
「どんな期限だ」
「私より先に作らないでねっ!」
「そもそも作らねえよ」
「……まあ、賀茂くんの悩みは分かったし!あとは文化祭を待つのみ!!」
相談に乗るだけかよ。
と、ある一つの案が浮かんだ。
「お前も一応俺に呪いをかけた身だろ?」
「呪いじゃ無いって!」
「俺に何の呪いがかかってるのかってわかるか?」
「あれ、賀茂くん心配してるの?」
「違う。単純な話、どんな呪いかが分かればある程度犯人を絞れると思っただけだ」
「絞れるの?」
「お前がかけたように『呪い』と一括りにしても色んな種類があるんだろ?単純に相手を不幸に陥れるようなものだけじゃない。ならば、その種類によって、俺の過去の人間関係と比較すればある程度割り出せるんじゃないのか?」
「結構考えてるんだね」
「早く取っ捕まえたいだけだ」
「捕まえてどうすんの?」
「生き埋めにする」
「怖いよっ!!」
もちろん冗談のつもりだが、そのときの気分によるかもしれない。
「で、わかるのか?」
「んー、ちょっと難しいね……」
「難しい?」
「いや、多分ムリ!!」
どっちだ。
「できなくは無いんだけど、できる人は日本にいないね」
「は?」
「私のおばあちゃんなんだけど」
「海外ってことか?」
「今オーストリアとかだったかな?」
これは無理だな。
「……まあ、文化祭まで待つしかねえな」
「文化祭っていつだっけ」
「知らん」
「そういや、賀茂くんそういうの興味ないもんね……」
「正直、当日休もうか迷ってるぐらいだからな」
「それはどうなのさ!!」
ただ、流石にそれはクラスに迷惑がかかるだろうからやらない。人様に迷惑をかけるような生き方は好きではない。
「とりあえず、話してくれてありがとね!」
「どうぜ話さなきゃ帰さないつもりでいたんだろ」
「まあね」
まあねじゃねえ。
「じゃあ、賀茂くん。帰りの送迎よろしくね!!」
「じゃあな」
俺はすぐさま自転車に跨る。
「え!待ってよっ!!」
待ってられるかよ。
「まだ明るいからな」
「そうだけどさ!!」
「俺の時間は有限なんだ。文化祭までだからな」
「ずるいよ!ずるいっ!!」
俺は騒ぐ土御門を背に、自転車を走らせる。
思いの他話していたようで、家に帰る頃には五時過ぎだろう。土御門には明日、何か言われるかもしれないが、まあ関係ない。
文化祭まであと一ヶ月と少し。
それまでに犯人を突き止めること、もしくは解呪が目標だ。
なんだか忙しい時期に入ってしまったので投稿期間がしばらく空く可能性があります……。




