プロローグ④:敏捷力のテスト
1時間少々が経ち、最初のテストが終了した。最後の受験者たちが戻ってくる中、ロリアンは立ち上がり、次のテストの指示を待つ。
『……休憩と水分補給ができてよかった』
腕にはまだ鈍い痛みが残っているが、名前が呼ばれるまでマッサージを続ける。
トルガの元へ、黒髪の半エルフが近づいてきた。黒革の服に銀の装飾、腰には様々なナイフを携えている。
「よし、俺のテストは終わりだ。次はダラニスがお前らをちょっといじめる番だ。ハハハ!」
「いじめではない。あくまで基礎テストだ、トルガ」
半エルフがステージに立ち、トルガは全てのハンマーを一度に持ち去る。
「志願者諸君、私はカエリオン・ダラニス。銀ランクの盗賊であり、第二のテスト――敏捷力のテストの審査官だ」
ロリアンは後方に障害物コースがあることに気づいていたが、視力の悪さから詳細までは見えなかった。おそらくこれからあれを進むのだろう。
「敏捷力のテストは、身体制御能力、反射神経、動作の精度を測る。ご覧の通り、君たちのために特別なコースを6段階用意した」
「最初はこの地面すれすれのロープ地帯だ。這って進み、ロープに触れずに通過しろ。塗料がまだ濡れているから、触れば服に跡が残る」
「次はこちらの台から台へ丸太を渡る工程です。転がりやすいので、平衡感覚が求められます」
「向こう側には樽がロープで吊り下げられています。中に入って揺らし、動きながら飛び降り、2メートル先の地面の的へ直立で着地してください。高さは1メートルだけです」
「その後は、あちらの壁を登ります。粗末な足場を使ってよじ登り、頂上にあるロープで腕の力を使って降りてください。ロープからの滑落や落下は減点対象です。」
「最後は《静寂のトンネル》。鈴付きの糸が張り巡らされた空間で、音を立てずに通過してください。隙間は十分あります」
ロリアンは距離のせいで詳細を視認できないため、ダラニスの説明を頼りにコース内容を頭に叩き込む。
『……筋力のテストより……楽かもしれない。ここは……うまくいくかも』
「制限時間は10分。5人ずつ実施します」
ロリアンはできるだけ前の方に位置取り、テストの様子を観察しようとする。5グループが終わった後、カエリオンが彼の名前を呼んだ。
「……ロリアン・フェアチャイルド」
ロリアンは他の4人の受験者と並ぶ。そのうちの一人は青い服を着ており、他の志願者たちとは明らかに異なっていた。彼はロリアンに話しかける。
「おっ、坊主。また驚かせてくれるのかい?」
ロリアンは俯きながら答える。
「……頑……頑張ります……」
カエリオンが宣告する。
「用意……始め!」
受験者たちが一斉に動き出す。第一段階では、1人目がロープに背中を擦りつけ、服を塗料だらけに。2人目は足に軽く触れただけ。3人目は完璧、そして青い服の男は猫のように素早く通過した。
ロリアンは這う速度が遅いため後れを取ったが、長い髪がかすかにロープに触れ、一部が塗料で染まった。
丸太渡りでは――
1人目:2歩で転落
2人目:途中でよろめくも回復
3人目:平然と歩ききる
青い服:軽やかなジャンプで渡りきる
ロリアンは慎重に進む。
『ちきしょう……足場が不安定だ。でも小柄なのが幸いした……他の人より太く感じる』
樽ジャンプでは――
1人目:的を外し転倒
2人目:的の際に辛うじて着地
3人目:的には着地したが膝をつく
青い服:空中で回転し、片足で的の中心に
ロリアンは樽に乗り、揺れを利用して飛ぶ準備をする。だが的がよく見えない。
『ちきしょう……あれが的か? 視力のせいで失敗なんて……!』
バランスを崩し、尻もちをつく。
「ちきしょう!」
ロリアンは立ち上がり、状況を確認する――的の境界線ぎりぎりに着地していた。
一方、他の受験者たちはすでに壁登りを終えつつある。
1人目:3つ目の足場で滑落、何度も危うくなる
2人目:中程度の速さで登頂
3人目:猿のように素早く登る
青い服:腕の力だけで数秒で頂上へ
ロリアンは壁に向き合い、足場を掴みながら登り始める。
『難しいのは次の足場を見つけることだ……近づかないと見えない。それに腕の痛みが……』
それでも、彼は比較的順調に登りきる。頂上でロープを確認した時、ハッとする。
『危ない! 滑り降りようとするところだった……』
ロープ降りでは、テスト前の腕の痛みと手のマメが悪化。歯を食いしばりながら耐える。
《静寂のトンネル》での結果は――
1人目:鈴を鳴らし失格
2人目:時間かけたが無音通過
3人目:素早く成功
青い服:走りながらも鈴を鳴らさず(周囲を驚愕させる)
「まじかよ!? あいつどうやったんだ!?」
「走りながらあの糸を全部避けたってのか!?」
青い服の男はトンネルを出ると、茶髪で身なりが良い別の受験者とハイタッチを交わす。
「やったな、クソが!」
一方、ロリアンはトンネルに緊張しながら入る。暗くて細い糸はほとんど見えない。できるだけゆっくり進み、隙間を縫うように進むが――
チリン!
足元の見えなかった糸が鈴を鳴らしてしまう。
『あっ! ダメ! どこにあったんだ、この糸……!』
トンネルを出たロリアンを、カエリオンが声をかける。
「よくやったな、坊主。あと少しで合格だった」
「……合格じゃないんですか?」
ロリアンは木陰に座り、自分を振り返る。
『落ち着け……客観的に考えよう。丸太から落ちず、壁も登れた。ロープ降りもできた……前半は成功だ。塗料の方は?』
シャツを脱いで背中を確認する。
『ついてない……よし。ジャンプテストは失敗したが、的の線上には着地できた。鈴も最後のほうで一度だけ……』
再びシャツを着るが、髪に付いた塗料には気づかない。
『……合格点が5点で、カエリオンさんが【あと少しで合格だった】と言ったなら……たぶん4点だ。3点かもしれないけど……まだ挽回できる。あと4つのテストが残ってる』
ロリアンは再び腕をマッサージし、少しずつ水を飲む。
『ギルドマスターのカルブレヒトが言ってた……最初の3つが身体能力テストだったはず。次は耐久力のテストか……体を整えないと』