プロローグ⑯:現実と別れ
翌朝、ロリアンは早く目を覚ました。
試験の疲れが残っているにもかかわらず、一睡もできなかった。
冒険者になれたという興奮と、夢を叶えた直後に両親から受けた冷たい反応――その思いが一晩中、頭の中を叩き続けていた。
朝食のテーブルには、沈黙だけが漂っていた。昨日のことには、一言も触れられない。
『ヘスペリアでも有数の三大ギルドの一つに、13歳で所属することができたのに……それでも、何の価値もないってことなの?僕は……いらない存在なの?』
ロリアンは静かに朝食を終えた。出かけようとしたそのとき、母親が声をかけた。
「ロリアン、今日も遅くなるなら、せめて連絡くらいしてちょうだい」
ロリアンは寂しげにうつむく。
「……今日は、ギルドに行って登録手続きを済ませたら、図書館に戻ります」
***
ギルドへ向かう道すがら、ロリアンは遠くにオマックの姿を見かけた。
普段の視力では誰かを遠目に判別するなんてできないのだが、オマックの大きな体と青みがかった肌のおかげで、それが誰かすぐにわかった。
「おお、ロリアン!おはようだべ!」
「おはよう、オマック。昨日の夜のパーティーは楽しかった?」
「いや〜、あのウイスキーってやつ、くっそ不味くてさ。それに、おいらはいつも夜明け前に起きる生活しとるから、早めに抜けて帰ったべよ」
「そうなんだ。でも、どこに泊まったの?」
「ロッドがな、小遣いくれて泊まれるとこ探してくれたんだべ。それに、ルミが酔いすぎて頭痛くなってたから、一緒に帰るって言って案内してくれたんだべ」
「……人とも、本当に優しい人たちだよね、オマック」
「そうだなぁ。田舎もんに優しくしてくれる街の人間なんて、そうそういないべよ。
しかも、おいらはハーフオークだしな。でもあいつら、気にせずに接してくれた。金まで出してくれてよ。まだ知り合って間もなかったのにな」
二人はギルドに到着する。ロリアンは案内され、ギルドマスターの部屋へ通された。部屋ではカルブレヒトが書類に目を通していた。
「失礼します」
「おお、小さきロリアンくんよ。そこに座りたまえ」
ロリアンは少し緊張した面持ちで椅子に腰掛ける。
「さて、若き冒険者よ。まずはギルドの仕事、特に銅ランクのことを説明しよう。銅ランクは、いわば見習いのようなものだ。依頼の数も少なく、報酬も安いため、他の手段で済ませることが多い」
「はい、調べておきました。通常、銅ランクの冒険者は、自分のクラスの先輩――いわばメンターと一緒に依頼に参加して、その評価を受けてから青銅ランクに昇格できるんですよね?」
「まさしく。分析が得意な少年だと、オースメルからも聞いておる。ならば、説明は簡単にして、実務的な話に移ろう。銅ランクの間は、図書館の助手としての仕事を続けることを勧める」
ロリアンは意外そうな表情を浮かべた。
「……どうしてですか?」
「ふむ、数字に強い君なら知っているだろう。冒険者という職の――辞める割合を」
「……61%です」
「その通りだ。原因はいくつもあるが……最大の理由は、『現実』だ」
「冒険者という職業の現実を目の当たりにすると、理想を抱いていた多くの若者が、その危険性と厳しさに気づいて、すぐに離れていく」
「……はい。難易度の高い依頼における新人の死亡率は、43%です」
「だが、『現実』というのは、それだけじゃない。実務的な意味でも、『現実』は重くのしかかる」
カルブレヒトは立ち上がり、部屋の中をゆっくりと歩き始めた。
「銅ランクの依頼は少なく、かつ安価だ。だから、手っ取り早くランクを上げる現実的な方法は、メンターを見つけて一緒に青銅ランクの依頼に同行すること。
そして青銅ランクに昇格するまでは、収入面ではとても苦しい」
「さらに、銅や青銅の依頼は需要も限られている。つまり、まともに稼げる冒険者になるまでには、相応の時間がかかるということだ」
「……でも、ランク昇格に一年もかからなかった新人の話とか、すぐに高報酬の依頼を受けられるようになった人もいますよね?」
「それは『天才』と呼ばれる例外だ。ギルドに所属する冒険者全体の中でも、そういう者は1%に満たない。
大多数の現実は、最初は無名のフリーランスとして地道に名を上げ、信頼を積み重ね、経験を積み……それでようやく一人前になる」
カルブレヒトはロリアンの肩に手を置いた。
「君が本気で冒険者になりたいなら、中長期的にどうやって昇格を目指すか、そして昇格までどうやって生活を維持するか――そういう『戦略』を今から考えておくべきだ。
幸運なことに、君はまだ若い。時間は味方についている。だからこそ、ここに合格したからといって、今の仕事をすぐに辞めないようにと、新人には必ず忠告しているんだ」
「……じゃあ、僕は今、何をすればいいんですか?」
カルブレヒトは一枚の書類をロリアンに渡した。
「ここに、自分が興味ある依頼の種類やカテゴリーを記入するんだ。君の適性に合った依頼がギルドや他の冒険者たちから出た場合、こちらから連絡を入れる」
「もし……僕みたいな……タイプを、誰も必要としてなかったら?」
「それでも、ギルドには定期的に顔を出すことだ。依頼は常に、玄関ホールの掲示板に張り出してある。
銅や青銅の依頼が出たら確認して、青銅の依頼については立候補できる。依頼を受けたグループが、その中から誰を選ぶか決める形だ」
ロリアンは紙を顔に近づけて、じっくりと読んでからチェックを入れ始めた。
「それから、ギルドの戦士たちに直接相談したり、手紙を出して指導をお願いするのも一つの手だ。
結局のところ、銅ランク冒険者が成功するかどうかは、その人がどれだけ『冒険に飛び込む覚悟』を持っているかで決まる。
ある意味では、働くうえでの姿勢と何も変わらんよ」
ロリアンはギルドマスターとの面談を終え、部屋を出ようとしたとき――カルブレヒトが、もう一度声をかけた。
「最後にひとつだけ、忠告しておこう。常に備えを怠るな。自分を鍛え続けろ。何かを学ぶたびに、それが君の『履歴書』を豊かにし、依頼に選ばれる可能性を上げてくれる。
そして、絶対に忘れるな。『冒険を選ぶのは冒険者じゃない。冒険のほうが、冒険者を選ぶ』んだ」
その言葉にロリアンは胸を打たれ、深くうなずいてから部屋をあとにした。
――――――
部屋の外では、オマックがマスターとの面談を終えるのをロリアンが待っていた。
やがて扉が開き、オマックが出てくる。
その直後、彼はトルガに呼び止められ、何やら言葉を交わす。
――そしてオマックは、ロリアンの元へと歩いてくる。
「で、どうだった?」
「うん。……トルガさんが、弟子にしてくれたべよ」
「マジか?そんなにあっさり決まるもんなの?」
「うん。筋力と耐久力のテストで目立ったから、トルガさんが『良い戦士か狂戦士になれる』って言ってくれて」
「で、これからどうするの?もうホム・クロスに戻るの?」
「いや、しばらくギルドにいるべよ。みんなにちゃんとお別れ言わねぇといけねぇし、ロッドからもらったお釣りも返したいからな。それから荷馬車で帰るつもりだ」
「……そっか。じゃあ、また会える?」
「もちろんだべ。たまに手紙送るよ。マスターが読み書きを練習しろって言ってたし、大冒険者になるための勉強としても、こうして遠くからでもみんなと話せたら、おいらにもいい訓練になるべ」
ロリアンはオマックを抱きしめ、しっかりと別れを告げた。
――――――
その後、彼はいつもの図書館に向かう。
そこには、相変わらず機嫌の悪そうな老管理者の姿があった。
「昨日の休みは満喫できたようね、ロリアン。今日は地図コーナーを全部整理し直してちょうだい。配置を変えるから。
それと、カルタン・セレリアヌス・ティロフィルスの新しい地図一式が届いたから、それも整理するのよ」
「は、はい……」
『……地図コーナー全体を変える必要あった?』
――――――
午前の勤務が終わろうとする頃、フェクサー、ベトリック、ロッドの三人が図書館を訪ねてきた。
(フェクサー)「アハハ! なるほど、ここがチビの脳みそトレーニング道場か。いや〜鍛えてるな! ガハハハ!」
「しっ!ここは図書館なのよ!静かにしなさいっての!」
(フェクサー)「んだと?今、干からびたスルメが何か言ったか?」
――四人は図書館の外へ出て、話を続ける。
(ベトリック)「ま、短い冒険だったけど、もう終わり……というか、これからが始まりかもな。とにかく、僕とロッドはメルドラに戻るぜ。師匠が元ローグだし、 メンタリングを頼めないか聞いてみようと思う」
(ロッド)「俺は早くクラス決めないとヤベェ。試験に受かった意味なくなるし」
(ベトリック)「だから言っただろ?受ける前に決めとけって。お前、全然聞いてなかったじゃん」
(フェクサー)「オレはターヴェスに戻るぞ。そっから首都に行って、狂戦士のメンター探すんだ。この美しい筋肉を早くクズ共の顔面にぶち込みてぇしな!」
(ロッド)「お前、冒険者っていうか警官みたいだな」
(ベトリック)「ま、ともかくロリアン。頑張れよ。連絡は取り合おうぜ」
(ロッド)「そうだな。新人六人衆が全員昇格したら、俺たちだけのパーティーを組んで、みんなで依頼に行こう。報酬も平等に分ける。最強の仲間達ってやつだ」
(フェクサー)「そうそう! 次に会う時は、オレのビンタくらい余裕で耐えられるようになっとけよロリアン! ガハハハハ!」
ロリアンは三人に別れを告げ、再び仕事に戻った。
――――――
日が傾き始めた頃――
ルミが図書館に現れた。顔はやや疲れ気味で、手には巻物と本を数冊抱えていた。
「やっ、ロリアン」
「ルミ?その顔……どうしたの?」
「ん〜……昨日のお酒がね、ダメだったみたい。しかも、銅ランクの冒険者ってお金にならないって気づいちゃって。急いで魔術師のメンター見つけないと、お金稼げないしヤバいよ、本当……」
「光魔法を勉強するつもりなの?」
「うん。ギルドのマスターに言われたの。『魔術師としてギルド内外で頭角を現すには、専門分野を決める必要がある』って。
だから、前に教えてもらってた魔法の先生に手紙を出して、推薦書もらおうと思ってる。もう半年も金欠のままじゃやってらんないしね」
ルミはロリアンに別れを告げ、出口に向かおうとしたが、その前に振り返って言った。
「ま、私たちってダンロレン出身の二人だけでしょ?だったら、お互いに近況報告くらいはしていこうよ。幸い、私この図書館よく使うし。何かあったらちゃんと教えてよ、坊や?」
「う、うん!」
***
日が暮れ、ロリアンはなんとなく満ち足りた気分で一日を終えた。
『みんな合格したあとでも、こうして連絡を取り合える……試験が終わったからって、誰も僕のことを無視しなかった。僕……やっと【友達】ができたんだ!夢を叶えて、しかも仲間まで手に入れるなんて!』
ロリアンは両手で頬をパチンと叩いた。
『そうだよ、ロリアン!これは始まりにすぎない!明日からはメンター探しを始めて、最初の依頼計画を立てよう。しっかり調べて準備すれば……18歳までに昇格だって夢じゃない!】
「ロリアン!今日の新聞を取って、書庫にしまってちょうだい!」
「はーい!」
ロリアンは新聞を手に取り、見出しに目をやった。
【太陽神の息子消失す──】




