4-1
土曜日日曜日と学校が休みなのをいいことに、一日中ベッドの上でゴロゴロして過ごした。
なにをするにも気が散って手につかず、夢現の中で眠ったり目を覚ましたりを繰り返していた時間が一番長かったように思う。
そうやってぼうっとしていられるうちは楽だったのだけれど、土曜日が終わり、日曜日の夕方、夜と月曜に近づくうちにだんだん学校に行きたくないという気持ちが募って、憂鬱さが深まっていった。
(サザエさん症候群、とかいうのかな。こういうの)
ベッドで横になって白い壁紙を眺める、なんて退屈しのぎにもならないことをしながら自分の状態を有名なアニメを使って説明した言葉を思い出した。
もぞもぞと寝返りをうって仰向けになる。
(学校、行きたくない)
友達のいない学校は退屈で、いたたまれない。暗黙にそこにいるべきではないというように言われている気すらする。
それでも先生に言われたように、今年は高校受験があるし、授業に遅れるわけにもいかない。
「あ」
私はすっかり忘れていたことがあるのに気づいた。
(進路希望調査表出してないや)
確か木曜日が提出日だったはずだけれど、私が教室を飛び出してしまってうやむやになってそのままだ。
(まあ……いいか)
今はとても自分の一年後の将来のことを考えるような気分にはなれなかった。
しかし、他にもなにか忘れているものがあるんじゃないかと不安になった私は床に投げ出されたかばんをたぐり寄せて、手帳を取り出す。
仰向けのままぱらぱらとめくって五月のページを開く。
「うっそ、明日なんかあったっけ!?」
明日――月曜日の欄には記入があった。
そこには『木鈴駅前 十三時~』とだけ書かれていて、なにをするためなのかも、いつそれを書いたのかもわからない。
けれどそこに書かれている以上、私が書いたことに違いはないはず。
そんな感覚に覚えがあるような気もした。
「木鈴は確か、最寄りの二つ隣だっけ」
それほど距離はないとはいえ、電車でいくような場所になんの用事があるのだろう。
(行ってみようかな)
それが逃避だとはわかっていた。
時間帯的にどうしても学校を休むことになるし、行かない理由がほしいだけだと言われたら否定はできない。
けれど、学校に行ったからといってなにが改善するわけでもないし、気分転換になればそれだけでも行く価値があるかもしれない。
(まあ、空振りだったらショッピングモールで買い物でもしよっか)
久しぶりに、明日が楽しみだという気持ちが生まれた気がした。
「え。学校休むの?」
会社に行く用意をしている父に私はお腹と頭が痛いから学校を休むと伝えると、彼は目を丸くしてそう言った。
もちろん、仮病なのだけれど。
「うん」
「あー、雨に降られてからずっと寝てたし、風邪引いちゃったんだね」
「うん」
「じゃあぼくはどうすればいいんだ? 学校に連絡すればいいのかな」
「うん、そうしてほしい」
「小学校からずっと皆勤賞だったのにねえ」
「うん」
「……大丈夫?」
病欠すらしたことのなかった私にとって、ズル休みのために嘘をつくというのは随分ハードルが高かったようで、父親と喋っているだけなのに緊張で口が回らなかった。
「えっと……部屋で寝てる」
「はい。暖かくして、ちゃんと布団かけてね。お昼は適当に済ますか、ここにお金置いとくからね。あと、頭痛かったら薬がいつものところにあるから――」
「わかったから。部屋で寝てるね」
「はい」
心配そうにこちらを見送る目が心苦しかった。
***
無事父親を騙しおおせた私がなんとなく近所の目を盗むような気持ちで自転車を走らせて、木鈴駅についたのは約束の時間の五分ほど前だった。
木鈴はこのあたりでは唯一大きなショッピングモールがあったりして、地元住民の遊び場として栄えている町だ。
それだけに、
(うわ……こんなに広かったっけ……)
私の最寄り駅よりもずっと広くて、正直木鈴駅前というだけでは、どこに行けばいいのかわからなかった。
そもそもどっちの出口に出ればいいのかもわからない。
(これはもうモールコースかなあ)
お腹もすいたし、半分気分転換のために来ただけなのだから、お父さんにもらったお金でお昼ご飯を食べて帰るだけでも十分なのではないかという気持ちにもなってきた。
そうなると私はモールで遊ぶために学校をズル休みしたことになるという罪悪感からは目をつむらなければならないのだけれど。
そうと決まれば、と私は駅内地図からそちらに向かう道を探して、駅から出た。
「あれ?」
駅から出てすぐショッピングモールへ繋がる広い道に出たものの、記憶の中では賑わっていたはずのその道には人っ子一人いなかった。
きれいに整備され、歩きながら店を眺められるようになっているメインストリートに一つの人影もない。
(おかしい)
おそるおそる道を進んでいくと、気づく。
歩行者がいない、車が通っていないという以前に、どこにも人がいない。
ちょっと前衛的な洋服店も、
おしゃれでお高い喫茶店も、
いつも中高生でにぎわうファストフード店も、
客の一人もいなければ、店番すら立っていなかった。
(これは、おかしい)
ゴーストタウンとでも言うべきなのだろうか。
たった今私がここに来るまで普通に続けていた日常を、放り投げられたような光景。
こうした今も、ゲームセンターの機械はチカチカと光と音を撒き散らし、ポップコーンの屋台はとうもろこしの種を弾けさせている。
寒気のするような光景だった。
ぞくぞくと全身に鳥肌を立たせながらメインストリートを中ほどまで進んだところで、脇道に気づいた。
それは、この道と平行に走るアーケードへまっすぐにつながる道。
このままここから逃げ出してしまおうかとその道の向こうを見つめる。
すると、
「人、いるじゃん……」
その向こうのアーケード街には、いつもどおりの往来が通っていた。
何事もないかのように、男も女も子供も、脇目も振らず歩いている。
「つまり、人がいないのはここだけ……?」
駅から出てすぐショックで頭から離れていたが、駅構内には人はいたのだ。
ただこの道だけが隔離されたように人のいない空間になっている。
その脇道についても同じ状態なのかと歩き回ってみるけれど、ここまではどうやら同じ空間のようだった。
しかし、一つだけ違うことがあった。
「ひっ……!」
ちょうどアーケード街に出るあたりに数人の人間が倒れていた。
今までとは少し違う直接的な危機を感じさせる恐怖に身はすくんだけれど、すぐに駆け寄る。
「だ、大丈夫ですか!?」
返事が返ってくることはなく、叩いたり、揺すったりしても反応はない。
全員に同じことを繰り返しても意味なく、だれも目を覚まさなかった。
(でも、みんな温かいしちゃんと心臓も動いてる)
外傷もなさそうだし、ひとまず死んではいないということが確認されて、ほっと胸をなでおろした。
(でも、どうしてここに倒れているのだろう)
もともとここにいた人たちが何らかの理由で倒れているのならば、もっとたくさんいなければおかしい。それにメインストリートの方に倒れている方がよっぽど自然だ。
けれど、ここにいるということは、
(今目の前を歩いている彼らが引き込まれた?)
一旦、私は脇道とアーケード街の境目に立った。
こんなところに立ち止まっている人間がいて、倒れている人間までもいるのに、目の前を通り過ぎる彼らは、まるでここに壁があるかのように、こちらに目を向けることすらしない。
ここから、狩りでも行うように、引きずり込んだ?
面を上げて、通行のためかそれとも買い物のためか道行く人々に目を向ける。
一歩踏み出せば、この異様な状況から出ていくことができるのかもしれない。
私は目を閉じて、思いを巡らす。
それから、くるりと踵を返した。
あの手帳の予定がどういう風に生まれたのかは確かではないけれど、きっとこの状況を指し示しているはず。
私に解決できることなのかはわからない。
でも、こうして状況が開始している以上、なにかが変わるかもしれない。
どうせ今より悪くなることはないのだから。
「つまり、気分転換」
目的はあくまでも変えずに。
手がかりを探して、再び幽霊の住むメインストリートへ。




