ソロと赤の大地4
精緻な家具が並び白く洗練された部屋の中、その寝台に、王族の少女は顔を埋めていた。
物心のついた時、母の死を理解した少女は初めて深い悲しみに襲われた。胸から背中までがぽっかりと突き抜け、そこに風が通り抜けていくような、そんな空虚な日々を送る少女の悲しみを少なからず癒していったのは、優しかった兄カーヤと、父であった。
カーヤとは、庭園で日が暮れるまで遊び回り、時には城を抜け出して辺りを冒険して城の皆を困らせ、父から雷を受けることもあった。
よく眠れない夜は、少女が眠りにつくまで話に華を咲かせ、ワクワクするような冒険の物語を聞かせてくれたりもした。
しかし、巨大なオオトカゲの魔物を退治に出かけた日。カーヤは二度と少女のもとに戻ることがなかった。母の悲しみが癒えてきた矢先の訃報だった。そして、その後を追う様に、父も病に臥せ、とうとうこの世を去ってしまった。
寝台で最後に父と交わした言葉。「お前なら、大丈夫だ」。温柔に満ちた父の顔が、滲む視界の中に浮かんだ。
「カーヤ兄様、お父様……」
分かっている。分かっている。
この国を治め、皆がこれまでと同じく幸せに暮らせるような国になるように頑張らねばならないことは。
いつまでもこうして哀傷に臥している自身の姿など、父も兄も望んでいないだろう。
頭では分かっていた。
しかし、本当に自分に国を治めることができるのだろうか、という不安と、どうしようもない悲しさばかりが、立ち上がろうとする勇気が芽生えるたびにそれを押し殺した。
「ティアラ様、ティアラ様」
扉を軽く叩く音の後、その奥から聞こえてきた声に、ティアラは顔を上げた。
「司教様……?」
「はい、カルネージにございます。ティアラ様、どうかここを御開け下さい。私めで良ければ、その創傷癒ゆるまで心の御許に添いましょうぞ」
大司教は少女にとって、第二の肉親のような存在だった。
母を失い悲しみに暮れた時も、カーヤが亡くなった直後も、真っ先に駆けつけては、少女の心の傷を癒そうと添ってくれた。
そんな司教の声に、少女は立ち上がると、扉に駆け寄った。
「待ってください。今すぐ開けますわ」
ティアラが扉を開くと、カルネージの温和な笑みが少女を出迎えた。
ティアラはカルネージを中へ招き入れると、ボロボロの心を少しずつ曝け出すように、大司教に話した。
少女の話に男は、うむうむと頷き、泣きじゃくる少女の背中を優しく摩り、そしてハンカチを片手に共に悲しんだ。
「分かってる。分かってるの。このままじゃダメなんだって。けど、どうしても前に踏み出せなくて。私、恐いんです。自分が本当に王としての務めを果たす事ができるのか。お父様のように民の皆を幸せにすることができるのか。自信がないんです」
少女が涙を拭きながら言うと、カルネージも涙を拭い、
「王としての責務。分かります、分かりますぞ! 人は大きな役割を与えられた時、それを悲観し自身の力量を疑うものです。しかし、ティアラ様であれば必ずや立派に果たす事ができます! 私は確信しておりますぞ!」
「本当に……?」
「もちろんですとも! カルダ様も仰っておられたではありませぬか! ティアラ様はお優しく、そして困難に立ち向かう勇気を持っておられます。時には道に迷うことがあるやもしれませぬ。ですが、その時はこの私めが、必ずやティアラ様の杖の如くお力になってみせましょうぞ!」
「杖って、それじゃあ私がおばあさんみたいじゃないですか」
大司教はティアラの言葉に、ハッとすると、その顔の可笑しさにティアラはクスクスと笑いを溢した。
カルネージも「私としたことが」と笑いを漏らす。
「ティアラ様、どうかご決断を下さい。きっとカーヤ様、そしてカルダ様もそれを願っておられます。そして、そのご決断が世界の存続に関わるやもしれぬのです」
腕を取る大司教の言葉に、ティアラは少し首を傾げ訊ねた。
「世界の存続? 司教様、それは一体どういうことなのです?」




