↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
93/303

旅立ちの前夜

 その夜、宿泊部屋のベッドの上で、アルスは腕を枕に、暗い天井を見つめていた。

 恐らく長い旅なるだろう。それに対する不安も少なからずあったが、何より気になっていたのは、ソロのことだった。

 話がまとまった後、アルス達はこれまでの旅の話や思い出話に花を咲かせ、とても穏やかな雰囲気に包まれた。流石、町の一等宿というくらい見事な料理も、笑い声が絶えず、ソロもその団欒(だんらん)を満喫している様子であった。

 だが、アルスの眼にはどこか、ソロがこちらに気を遣っているようにも見えた。それはまるで、今にも萎れてしまいそうな花瓶の花が、残りの水滴で無理やりにその花弁を開いているような、そんな感じだった。

 そんな事を思いながら天井を見つめていると、部屋の扉が開く気配にアルスは気が付いた。


「……ソロ?」


 扉が音無く閉まると同時に聞こえた声に、呼ばれた少女の肩は一瞬ビクリと震えた。

 ミーニャやダイガの静かな寝息の中、ソロは振り返ると、申し訳なさそうに苦笑をした。


「ごめんね、起こしちゃった……?」


 ダイガ達を起こさないように、できるだけ小さな声でソロが言うと、アルスは微笑み首を横に振った。


「どうにも寝付けなくて。ここ、深夜も大浴場開いてるって、聞いたから、行って来ちゃった」


「そうか」


 アルスは、そう言うと、少し間を空けて、再び口を開いた。


「なぁ、ソロ」


「ん?」


 ソロが首を傾げると、アルスは剣の納められた鞘を持ち、


「久し振りに、一つ付き合ってくれないか?」



 夜の港町は、まるで別世界のように静かだった。

 紳士の様な外灯の明かり以外、建物の明かりはほとんどなく、細波の音が夜の潮風に運ばれて聞こえてくる。

 町の外に出ると、そこにはいつしかの夜に見たような、緑の絨毯が遠くまで広がっていた。

 果てまで、ぐにゃぐにゃと伸びる土の道を逸れ、草の床をしばらく歩いて行くと、アルスは「ここら辺で良いか」と足を止めた。

 振り返り、後方を歩いてきた少女に、一本の剣を鞘ごと投げると、ソロはそれを手で受け止める。

 鞘から少し剣を抜くと、銀色の光が月光を反射し、キラリと輝いた。


「その剣は、やっぱりお前が持っておいた方が良い。俺は、こいつだけで十分だ」


 アルスはそう言うと、ソロと同じように少しだけ鞘から剣を抜き、金色に光る剣を見せた。

 ソロとアルスは、剣が鞘から抜ける事のないよう、下緒(さげお)をしっかりと柄に回して縛り、互いに向き直ると、ゆっくりと剣を構える。

 海から風がビューっと音を立て、吹き渡り、その音が止むと、アルスとソロは一斉に駆け出し、夜の草原の中、2つの剣が交じり合った――



「やああああ!!」という、少女の高い声が上がると、勢いよく振り上げられたソロの剣に、アルスの剣が夜空の宙を回転し舞い上がる。

 草原にアルスの剣が音を立て落ちると、アルスは悔しそうに声を上げた。


「あー、クソッ!」


 勝負が決まると、ソロは剣の構えを解き、口元を和らげた。


「へへ、ボクの勝ち」


「結構良い所まで行ったと思ったんだけどなぁ」


 アルスの剣の腕は格段に上がっていた。

 以前であれば、30分と持たなかった剣戦は、1時間を越える程に及んだ。

 ソロも危うく、アルスに剣を弾き飛ばされ、敗北を喫してしまいそうな場面が何度かあった。

 アルスは、苦笑し頭を掻きながら、草原に落ちた剣を掴むと、その場に大の字になり、大きく寝転がった。

 

「アルスは迫られると剣の振りが大きくなっちゃうんだよ」


 ソロがアルスの隣に座り言うと、アルスは、


「あー、確かにそうかもな。くっそぉ、豪快に振り過ぎなのかぁ」と苦い声を漏らした。


 ソロとアルスは、顔を合わせ、互いにクスクスと笑うと、銀色に輝く空を見上げた。

 月は完全な円となり、細かに散りばめられた星達の海に浮かび、地上から見上げる2人を優しく見下ろしている。

 熱気を帯びた2人を湿り気の帯びた心地よい風が撫ぜると、アルスは薄らと笑みを溢した。


「なぁ、覚えてるか。ずーっと以前(まえ)、お前とこうして空を見上げてたのを」


 アルスの横で膝を抱えながら、ソロは、ゆっくりと頷いた。


「覚えてるよ。あの時も、こんな綺麗な空だったよね」


「こんな風に夜空を見上げたのは、そういや、しばらくなかったな」


 アルスが呟くように言うと、ソロも、


「確かにボクもなかったなぁ。クエストを終えた後は、すぐに宿で寝込んじゃうか、酔っぱらった先生の面倒を見ないといけなかったから」


「そんなに酒飲みだったのか?」


 微苦笑を浮かべるソロにアルスが訊ねると、ソロは大きく頷いた。


「本当にもう凄かったんだよ。ボクが折角稼いだ大金貨5枚とかが一夜で消えることだってあったんだから!」


「ダイガと良い勝負だな。こっちも、祝杯の時は出費がかさんで、かさんで。その度にミーニャとシエナの奴の怒声があがってた」


「アルスも2人に怒られていた側でしょ?」


「バレタか」


 2人は声を上げ一笑をすると、再び穏やかな夜の静寂が2人を包んだ。


「あんまり、1人で抱え込むなよ」


 アルスの不意の言葉に、ソロは驚いたように口を一瞬を開くと、嬉しそうに微笑み、頷いた。


「ありがとう。けど、もう大丈夫。先生と話す時間は、たくさんあったから」


 ソロは立ち上がると、大きく腕を伸ばし、


「よーしっ。明日からまた頑張るぞー!」と声を上げた。


「だな」とアルスは、よっと、と体を起こすと、ソロに腕を差し伸べた。


「これからまた、宜しく頼むぜ。ソロ」


 アルスがそう言うと、ソロも強く頷き、「うん!」とその腕をしっかりと握った。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。