羅北の闘諍7
凛呼とし剣を光らせ構える少女に、アルスは、ようやく開いた口から声が出る。
「そ……ソロ!!」
戦いに躍り出たというより、突如として現われたソロに、ミーニャも驚きその名を思わず叫ぶ。
驚き瞳を点にする賢者の少女の横に、小さな足音が歩み寄り止まる。
「やれやれ、何とか間に合った様じゃの」
「シャンジャーニ……!」
いつもの冷静さを揺るがし言うミーニャに、ブカブカの白法衣に身を包んだ少女は微笑んだ。
蒼穹の男勇者の目の前に立つ、かつて追い詰め仕損じた少女の姿を目にすると、緋炎の勇者の少女はゆらりと立ち上がり言った。
「貴様とこのような場所で出会うとはな。全く数奇なものよ。だが、貴様の始末は後だ」
リダイアが口元の赤い雫を拭い微笑みを浮かべ言うと、ソロは苦笑をし、
「それは助かるよ」
「……シャンジャーニ」
セアがギロリと眉をピクリと上げ、幼女を見つめる。
「久し振りじゃのぉ、闇の勇者、いや、冥闇の勇者セア。2000年振りじゃわい」
「アンタ、まだのうのうと生きてたんだ。そりゃあ、そっか。そうだよねー。アンタは私達の神に願い、その呪いを被ったんだからさぁ」
幼女の神経を逆撫でさせるような、小馬鹿にするような口調で黒衣装の少女が言うも、幼女はそれに動ずる様子もなく、苦笑を浮かべた。
「相変わらずの性悪女じゃの。じゃが、お痛が過ぎた様じゃな」
「ハァ?」
先程の上品な振る舞いは見る影もなく、セアはえげつない笑みを浮かべた。
「アンタ、バカ? アタシら、魔界に住まう者に、こっちの世界のルールなんか知ったこっちゃねェっつーの。聖戦だろうが、何だろうが、アタシらはアタシらなりのルールで動くだけ」
すると、セアはソロとアルスを見つめ、何かに気が付いたような声を上げた。
「ああ! そっか、そういうことかぁ! アンタ達は、あの時の赤子かぁ!」
「何だと?」
アルスとソロが怪訝な表情を浮かべると、セアはオルゴンゾラに、
「ゾラ、覚えているかしら。貴方、アルフォリアを襲った時、勇者達を仕留め損ねたって言ってたわよね?」
熊面の戦士は、一瞬記憶を巡らすと「ハッ。覚えてございます。あれは我の不覚にございました」と返事をした。
「おい、どういうことだ!」
アルスがしびれを切らすように声を張り上げると、セアはクスクスと笑いながら、
「赤子だった貴方達が覚えていないのは無理もないわ。それに、ここにいるゾラが殺した、蒼穹の賢者の代役に立てられた、そこにいる2人のおバカ賢者さん達が知る由もないだろうしね」
「あなたが、アーリッシュを……!」
ミーニャが叫ぶと、ゾラは不敵な笑みを浮かべ鼻を鳴らす。
「何も知らないようだから教えてあげる。
前代の聖戦から長らく立った、100年前の動乱の時代。戦が絶えない状況の中、蒼穹の勇者の力は人々を巡り巡り、こっちの世界が落ち着く頃、新興小国アルフォリアの王族に渡ったわ。
私ですら予想してなかったのだから、あの賢者さんも動揺したでしょうね。アルフォリアの王の元に生まれた2人の子どもに、蒼穹の勇者の力は別々に分かれ宿ったわ。
だけど、そんなことは私には関係はなかった。赤子のうちに蒼穹の勇者を亡き者にしてしまえば、また一つ、魔界に住む私達に光の世界の愚かな民達が跪く日が近づく。それに、新興国家な上に平和主義のアルフォリアは防御も薄かったから、これ程絶好の機会はないと思ったの」
「やはり、アルフォリアを手に掛けたのは、あなただったのですね」
ミーニャが目尻に皺を寄せ、睨む様に言うと、セアは堂々と首肯する。
「じゃあ、ソロは……」「アルスはボクの……」
2人が顔を合わせると、セアは鎌をブンと振るい、
「さぁーてと、真実も知ったことですし、めでたく大団円といきましょうか。では、皆さん、仲良く――逝っちまいな」
待ちなさい――
その声が聞こえると、アルス達は、後ろを振り返る。
ミーニャと幼女の立つ丘の奥から、その人物は威風堂々と姿を現した。
肩を越え伸びた、太陽のような輝きを放つ金色の髪。その者の純潔さを表すような白銀のハーフアーマーに、蔓草のような金の模様の走ったサークレット身に付け、その姿は聖なるものに仕える戦乙女のようだった。
瞳は曇りのない天空のように透き通っており、迷いのないものだ。
神の使いのように神々しい、その少女に、アルス達は目を奪われる。
「チッ。来やがったか」
不機嫌そうに舌打ちをするセアに、少女は静かに言った。
「久し振りですね、冥闇の勇者」
「ハッ。ようやく出てきやがったか、聖女様ァ。2000年前と変わらない、憎たらしい顔だわ」
子どものように言葉を返すと、少女は毅然とした態度を変えずに話す。
「話は、ここにいらっしゃる、シャンジャーニさんとソロさんから伺いました。貴方が世界全体にかけた術のせいで、私は欺かれ、貴方の行為に気が付くことができませんでした。聖戦の日までは、私の治世。これ以上、貴方の所業を野放しにしておくわけにはいきません」
「…………」
セアは、周囲を見渡すと、軽く舌打ちをした。
緋炎と蒼穹、それに加え光の勇者とは分が悪い。
レオーネと共闘したとしても、五分五分だろう。
「本当にタイミングの悪い奴だぜ。あともう少しで、緋炎と蒼穹の両方を一網打尽にできたのにさぁ。分かったよ、今日の所は退いてやるよ」
セアは鎌を消すと、後頭に腕を組んだ。
その場を去ろうとするセアに、オルゴンゾラも続く。
「あっ」とセアは、そうだそうだ、と言うように声を上げると、
「ただし、猶予はひと月だ。その時までは、魔界の軍にも手を出さねェように言っておいてやるよ」
光の勇者の少女は、眉を少し立て、「待ちなさい、セア」。
少女の声に、セアは聞く耳持たず、片手で手を振り、無詠唱で魔界へ続く扉を開く。
紫色の渦を巻く入口が現われ、セアがその入口に入ろうと足を延ばす――
「なんつって!!」
セアは一気に踵を返すと、巨大な紫色の閃光をアルスとソロに向け、打ち放った。




