羅北の闘諍5
長い服の裾の端を摘み、丁寧な挨拶をすると。少女は大剣を構えるリダイアに微笑みを向けた。
「初めまして、緋炎の勇者さん」
その落ち着いた、優しい口調、そして華奢な容姿に、一瞬リダイアは戸惑う。
「訊こう。貴様が魔界を治める王、闇の勇者か?」
リダイアが訊ねると、少女は首肯し応える。
「ご明察ですね。改めて、ご挨拶を。私が、百の魔族を束ね、我等が神にその代行を頼まれし存在、セア・オプス=クリタスです。宜しくお願いします」
山風でしっかりとした布地の漆黒の外套が靡くと、その衣装が露わになる。
その装備は、軽装どころか、無防備そのものだった。髪色と同じ色のキャミソールのようなワンピースを身に付けており、片腿には幅の短いレースバンドを巻いている。足は裸足で、
武器の様なものは見当たらず、一見すれば世間知らずの、ふしだらなお嬢様というような印象だった。
王の象徴するものは、頭に身に付けた銀色の女冠くらいだろうか。
「セア様、何故このような場所に。ここは血生臭い戦場にございます。どうか、城にお戻りください」
ガイルが、あどけなさの残る少女の身を案じ言うと、少女はニコリと微笑み、
「これが最後ですわ、ガイル。すっこんでなさい」
ガイルは渋々返事をすると、空気に溶けるように消え、去って行った。
「レオーネ、貴方もご苦労でした。貴方もどうかこの場から身を退いて頂けませんか? 緋炎の勇者様と2人きりでお話がしたいことがあって」
「…………」
レオーネはしばらく黙ると、舌打ちをし、
「あーあー、分かったよ。邪魔者は消えてやらぁ」
「レオーネ。貴様、闇の勇者に手を貸しているのか?」
リダイアが訊ねると、レオーネは、
「あん? んなことァ、当たり前だろう。戦場で勝ち残るには、可能性の高い側につくのが鉄則だ」
レオーネが言うと、リダイアは嗤笑を浮かべた。
「フン、勇者ともあろう者が、墜ちたものだな」
「ハン、勘違いするな。俺は、勇者は元より、大盗賊だ。お前の様な騎士道とやらに沿う理由はねェ」
吐き捨てるようにレオーネが言うと、リダイアはセアに向き直る。
「生憎だが闇の勇者。私はこいつとは違い、貴様に貸す手などはないぞ」
「あら? そうなのですか? それは残念です――ん?」
遠くの空から飛んできた巨体に、セアは目を向けると、それは、セアの真横に勢いよく音を立て落ちる。
それは起き上がると、血走った目で、「クソォ、人間めが……!」と悔恨の声を漏らした。
ミーニャとの連携で、圧倒され飛ばされたオルゴンゾラを追って来ると、アルスは足を止め、声を上げた。
「お、お前はレオーネ……! それに、イルヴェンタールの、リダイアか」
「よぉ! 久しぶりだな、蒼いの! 今日は深緑の野郎は一緒じゃねェのか」
再会の笑みを溢しながら、その場を去ろうとしていたレオーネが言うと、ミーニャは、その奥に立つ、少女に目を丸くした。
怨念、憎悪、憤怒――あらゆる負の感情を織り交ぜて、そこに途轍もない殺意を込めたような禍々しい溢れんばかりの魔力が、少女から渦巻いていた。
闇の勇者。
すぐに彼女がその人物であることに気が付くと、ミーニャは思わず声を上げた。
「闇の勇者――ッ!?」
その声に、アルスも「何だと」とミーニャの視線の先に立つ少女を見る。
「噂に聞く、蒼穹の勇者ですか。世界各地に送りつけた魔物たちから、貴方の事についてはよく知っていますわ。光の勇者の真似事とは、かつての蒼穹の勇者リュカに似て、忌々しい事この上ない」
セアは、白い手を伸ばすと、その先に黒みを帯びた光が集まり、それは直線を形作る。
見る見るうちに、それが完成形に変化すると、セアの身体もその光に包まれ、光の殻が弾け飛ぶと、その姿を再び現す。
先程の白い服装とは一変し、裾丈の短い漆黒のノースリーブに、ジャラジャラと鎖のついた短パンを身に付け、露出された白い身体には赤みがかった紫の紋様のようなものが走っている。
黒い外套は短く肩を覆い、その腕には、先端に鋭い穂のついた巨大な鎌がギラギラと光を放っている。
「セア様……!?」
オルゴンゾラが声を上げると、セアはニコッとアルスとリダイアに微笑み、
「肌身接する生身の戦闘は久々。魔界の門に閉じ込められている間、退屈で退屈でならなかったんですよ」
セアは鎌を大きくブンと振るうと、先程までは見せなかった、鋭く尖った八重歯をギラリと光らせ、
「だから、簡単にくたばらないでくださいね?」




