羅北の闘諍1
「あれが魔界の門か?」
緋色の髪を靡かせ、その女騎士が訊ねると、一等級騎士の一人は頷き答えた。
「間違いありません、リダイア様。あれが、観測隊の報にございました、魔界の門にございます」
「ふむ」
空間が歪んだ異界への入口を前に、騎士達は息を呑んだ。
不気味な風音が山脈内に鳴り響き、風が吸い込まれるように流れて行く感覚は、全身を通して伝わる。
薄暗雲が立ち込め、あいにく青空はその顔を覗かせていない。
しかし、世界に終焉を齎しかねない、その入口が、それを目の当たりにした騎士達に不安と恐怖心を確かなものにするには、相応しい光景だった。
「何とも禍々しい……」
オルディウスが言うと、リダイアは嘲笑を浮かべ、
「どうした? ここに来て怖気づいたか?」
「い、いえ。そんな事は。イルヴェンタールの英雄が一人、このオルディウス。ここに来て身も心も退きませぬ」
その言葉に、リダイアはフンと鼻を鳴らすと、魔界の門を静かに見つめた。
リダイアの立つ丘の背後には、幾千の軍勢が整列し構えていた。
そこばかりではない。魔界の門を囲むように、夥しい数の騎士達が、その山脈に沿って、魔界の軍勢を迎え撃とうと、静寂の中、その目を光らせている。
その中、数人の黒衣装に身を包んだ者達が、集団をかき分け、リダイアの元に近づくと、その御前で跪き、
「観測隊よりご報告致します。魔界の門より、その魔力量が最大値に達します」
「もう間もなく、門が開かれる事と思われます」
「ご苦労であった。お前たちは、例の配置につけ」
「ハッ」と黒衣装の男達は返事をすると、すぐ様にその姿を消した。
「宜しいのですか?」
オルディウスが訊ねると、リダイアは、
「魔界の門の解放は2000年に1度だ。完全解放された魔界の門を観測には又とないチャンスだ。この観測は、全て事の始末が済んだ時、魔界を制圧するに大きな利益となろう」
その時だった。
レドヘイル山脈の中、高らかな、豪快な笑い声が鳴り響くと、イルヴェンタールの騎士達に動揺が走った。
まさか、闇の勇者か、と、リダイアとオルディウスも、辺りを見回す。
その男に気が付くと、リダイア達は、自身たちのいる丘より一回り高い、嶮山のような断崖の上に立つ人影に振り向いた。
赤い短髪に、巨大な黄金の戦斧と担ぎ、もう片腕には小さな人影が見える。
岩の様な筋肉に包まれた、その巨体は立ち上がると、リダイア達をニンマリと見下ろし、
「よぉ、初めましてになるか。イルヴェンタールの騎士達よ!」
「何者だ?」
リダイアが訊ねると、男は立ち上がった。
「俺の名はレオーネ。そこの赤髪の女、お前が緋炎の勇者、リダイア・イルヴェンタールか?」
男に訊かれると、リダイアは、冷静沈着に応えた。
「如何にも。そういう貴様は、ただの賊という訳でもなさそうだな」
「ブッハハハハハ! オウとも! 俺様は、金色の勇者の力を受け継ぎし、最強の勇者。悪いが緋炎の勇者、貴様の首、ここで取らせてもらう!」
「無粋な輩め、貴様の相手など我等イルヴェンタールの騎士のみで十分だ」
オルディウスに続き、騎士達が意気込むと、「止せ、あれは――」
“アウルム・ガデューカ――!”
その声が響き渡ると、太陽光のような眩しさにリダイア達は目を伏せた。
その光が晴れると、粉塵が舞い、後方の異変に振り返ると、リダイアとオルディウスは、目を見開いた。
巨大な獅子が、天から地を引っ掻いたように巨大な亀裂が、背後の騎士の軍勢を大地ごと切り裂くように走っており、無残な死体と肉の塊がその巨大な亀裂の周辺に転がっていた。
「ガッハハハハハ!」
不敵な高笑いに、リダイア達は、キッとした顔で振り向く。
振り下ろした戦斧を再び担ぐと、レオーネは、
「見たか、俺様の力を! これぞ、世界を統べる王たるに相応しい力だ!」
「リダイア様」
オルディウスが指示を仰ぐようにリダイアの名前を呼ぶと、リダイアは一瞥せずに、
「周辺から兵を退かせろ。奴は私が仕留める。魔軍襲撃の際は、お前が指揮を取れ」
「しかし――」
「いざとなれば、ガズバン(:装甲車や連射式大砲など最先端の軍事力を西の大陸で誇っていた国。ソロという少女の加担により、イルヴェンタールに敗北し、大帝国に吸収された)で手に入れた、最終兵器でこの山脈もろとも吹き飛ばせ」
オルディウスは「ハッ」と力強く返事をすると、踵を返し、急いで後方の騎士達に呼びかけた。
「者共! 直ちに撤退せよ!」
騎士達が首尾よくその場から次々と離れて行く様子を見ながら、レオーネは、
「部下たちを退かせるとは、案外健気なモンじゃねェか。噂には、血も涙もない女と聞いていたんだがな」
「フン、血や涙など、幼き時にとうに枯れ果てたわ」
リダイアは鞘から静かに剣を引き抜くと、銀色の光が輝きを放つ。
「改めて名乗らせてもらおう。イルヴェンタール帝国騎士団長、リダイア・イルヴェンタールだ」
「レオーネ・グランクリスタ。んで、この小さいのが、ペスカだ。緋炎の勇者、聖戦を前にこの俺様の理想の世界の礎となるが良い」
「強欲かつ傲岸な男よ。良いだろう、闇の勇者との決戦を前に、ちょうど良い肩慣らしができたわ」
リダイアとレオーネは、互いの武器を光らし構え、そして、互いの目がカッと見開くと、巨大な旋風と共に、刃の交じる音が山脈に響き渡った。




