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ソロと結晶の町2

 ………… …………


 ………… …………


 ………… …………


 …………。


 暗い部屋が点灯されたように、思考の回路が動き始めると、まずゆっくりと瞼が開いた。

 重い瞼が上がると白い霧のようなものの中から、ぼんやりと景色が浮かんでくる。

 黒と蒼を混ぜたような色。そして、奥行きがある。

 どこまでも深い。まるで海の底を見つめているようだった。

 そこから降り注ぐ白い光のようなもの。

 ぼやけた丸い円が大小さまざま、ゆっくりと降っていた。

 身体の感覚が徐々に戻っていく。

 背中に硬く冷たい感触が伝わると、自身が仰向けに倒れている事が分かった。

 雪だと思っていたものも、良く見ると、その結晶は三角であり、パリッとしたその感触は、とても薄く作ったガラス板のようだった。

 ソロは体を起き上がらせると、ふんわりとした頭で、辺りをボーっと見回した。

 

「……町?」


 そこは城下町の中のような景色が広がっていた。

 季節は冬のように寂しく、人の姿は見られない。

 建物、窓、存在する全ての物の輪郭は雪あかりのように青白い光で描かれている。

 煉瓦を敷き詰めたような、自分の座っている地面も、蒼く淡い輝きを発し、ソロを優しく照らしていた。

 ソロは、よいしょ、と立ち上がると、外灯のようなものを見上げた。

 ひし形を立体にしたようなオブジェが先端に付き、白い光に包まれている。

 その町の中を歩き始めると、ソロは不思議そうにそれらの建物を見渡した。

 新興した町のように傷一つなく、外壁に彫られている装飾も見事なものだ。

 手に触れて触ると、それは雪にでも触れているように白い。

 それだけではない。

 この町の全てが冷たく感じた。

 体では感じていないのか、震えはない。

 しかし、確かにその寒さは心に伝わっていた。

 まるで、氷に触れているかのような。

 町を歩き始めて、すぐに分かった事は、本当にこの町には、()()()()には人がいないことだ。

 全てを見て回ったわけではないが、それは確信をもって言えた。

 しかし、不思議と不気味さや不安、恐怖といった感情は感じない。

 それどころか、どこか懐かしい様な、温かい何かを感じる場所だった。


「おぉ、ソロ!」


 通りの向こうから、小さな人影がこちらに気が付き駆けて来ると、ソロはその人物の慣れ親しんだ名を呼んだ。


「先生!」


「その様子じゃと、見事にこちらの世界に来ることに成功したようじゃな」


 幼女がソロを、足元から上まで見て微笑むと、ソロは周りの建物を見ながら幼女に訊ねた。


「先生。ここは一体どこなんですか?」


「ここは、お主らが住んでいる世界の一部であり、常に並んで存在するものであり、そして異なるものじゃ。ソロ、長らく旅を続けて来たお主には、その時訪れた土地や町、景色に何か特有の感情を抱くことはないか?」


「うーん、懐かしいとか、あそこはもう行きたくないなぁ、とかそういうのはありますよ」


「どんな景色にも人々は無意識のうちに感情を抱く。そしてそれは、そこで出会った人々、出来事、様々なものに影響を受け、また想起されるたびに、喩え気付かなくとも姿を変えるものじゃ。ここは、そういった人々の根幹思念、心象風景が形成する世界」


 ソロが、首を傾げていると、幼女は、


「まぁ、お主に分かるようにいえば、ここは肉体を持たない者の世界の一つ、それも時間に関わりのある異世界ということじゃよ」


「……あの世、ですか?」


「そのような安定性のある場所ではない。そういう意味ではここには何も無い。無であり空虚じゃ。まぁ確かに、霊体化のような過程を経た今のわしらは、そこに住まう者達のようなものじゃがな」


「ふーん」とソロは不思議そうな眼差しで、またゆっくりと周りの景色を見渡す。


「よし、まずはあそこに向かうぞ」


 幼女が指差した方向を見上げると、そこには立派な三角屋根を持つ巨大な時計塔が立っていた。

 時計塔へ向かう中、幼女は歩きながら、静かに話を始めた。


「この世界には、住む者は誰一人とおらん。今この世界に存在するのは、真にわしらだけじゃ」


「ボク達だけ?」


 ソロが言葉を繰り返すと、幼女は振り向き訊ねる。


「恐いか?」


 すると、ソロは首を横に振り、


「いいえ。逆に何だかドキドキします。まるで秘密基地にいるみたいで」


「それなら良かった。以前、リュカをこの場所に連れて来た時には、この空間に魂がモロに影響を受けて、気が少し狂っておったからのぉ」


「リュカさんって、確か先生の以前仰っていた、先代の青の勇者の方ですよね?」


「そうじゃ。可愛くも生意気で破天荒な奴じゃった。まぁ、お主には敵わんがな」


「ええー」


 ソロが、ぶぅっと膨れると、カカカと幼女は笑い声を上げた。


「さぁ、着いたぞ」


 大きな扉が開くと、外の景色と同じような輪郭で描かれた内部が広がった。

 中央にある螺旋(らせん)状の階段を2人は昇り始める。

 一定の間隔で設置された小窓からは、青い町が遠い紺の空と線で交わる場所まで、どこまでも広がっていた。

 渦巻く階段を昇り、木造りの扉の前まで来ると、幼女はギィーっとその扉を開く。

 そこは、尖塔の一室のような質素な部屋だった。

 扉の様な床との境界線から伸びた大きな高窓。その手前には、2つの本棚と机、そして椅子が置かれている。

 月光のような淡い光が灯りとなり、部屋の中を照らす中、幼女は椅子に座ると、目の前の少女に向かって言った。


「さて、ソロ。お主の勇者の力が不安定のは、決して適格性がお主に欠けている訳でも、お主が勇者になる者に及ばぬ弱者であるという訳でもない。青の勇者の力は、体感ではあるが、あの(わっぱ)とお主で8:2じゃ。そして、そのお主の今目覚めている力はその半分になる」


「ということは、ボクの無意識に使用している勇者の力って、青の勇者の力の10分の1。本当に微弱だったんですね」


 ソロが納得して言うと、幼女は、うむと頷く。


「勇者の力というのは、不安定なものでな、無理やりこじ開けようとして開くようなものでもないんじゃ。リュカの奴も、変に目覚めの悪い癖でな。ここに来て、西星珠(せいせいじゅ)を使うまでは、お主と同じようなもんじゃったわい」


 聞きなれない単語が幼女の口から出ると、ソロは疑問符を付けてその言葉を繰り返した。


「西星珠は、簡単にいえば、力を引き寄せる磁石のようなもんじゃよ。それを使えば、珠に反応してお主の力もパパーっと覚醒するじゃろうて」


「けど、そんな凄いものがあるなら、初めからここに来てそれを手に入れれば良かったんじゃないですか……痛っ!」


 幼女がポカッとソロの頭を叩き、呆れ顔で言った。


「お主は人の話の何を聞いておったんじゃ。入口でも言ったが、この世界を通過するには、余程の体力と精神力がいる。お主にはそれが足りんかったから、連れてこれなかったんじゃよ」


「なるほど……。で、その西星珠というのは、どちらにあるんですか?」


 ソロが訊くと、幼女は首を傾げ、「さぁのぉ」。

 その言葉を聞くと、ソロはここに来て一番の声を上げた。


「肝心なその場所が分からないって、それじゃあここに来た意味がないじゃないですか!!」


「安心せい。わしを誰じゃと思うとる。考えなしにお主を彷徨わせるバカではないわい。求めれば、西星珠は必ずやお主の前に現われる。お主はこの町でそれを探すのじゃ」


「けど、こんな広い町……」


 ソロが顔を曇らせ、窓の外の景色を見ると、幼女は微笑み言った。


「ここは時間そのものの世界。じゃから、時間であり時間がない世界じゃ。いくら歩き回ろうが、お主が疲れることはない。疲労というものは、結局は身体的時間の矢の産物じゃ。時間のない、この世界では草臥(くたび)れることも、歩き疲れて倒れることもないぞ」


 幼女の言っている事が、分かりそうで分からない。

 取り敢えず、疲労はしないのだ、と理解をすると、ソロは曖昧に頷いた。


「わしはここで待っておる。西星珠を見つけたら、また戻って来ると良い」

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