放浪のソロ2
翌朝、シャワーを浴び、食事を済ませると、ソロは依頼書の封を開けた。
封を開けると、魔法陣のようなオレンジ色の刻印がソロの手の甲に現われた。
依頼書の魔法陣の色は赤に近い程、その依頼が、難易度の高いものであることを示し、大抵の場合はその依頼に関わる魔物の強さを表していた。
「難易度高めか。どんなモンスターなんだろう」
ソロは慌てふためくどころか、少し期待を込めた声で、依頼書の内容を眺めた。
その内容は、昨日の酒場のマスターが言っていた通り、南にある洞窟に住まう大型モンスターを討伐し、アイテムをドロップするというものだった。
「まぁ、依頼主に詳しいことを訊けばいいか」
ソロは立ち上がると、マントを羽織り、昨夜しっかりと手入れした銀製の剣を装備すると、地図に記された位置へ向かった。
地図に記された場所につくと、そこはこの町一番の豪華な屋敷だった。
庭があり、邸内は芝生が広がっている。
「ようこそ、お待ちしておりました」
屋敷の中から一人の侍女らしき女性が出て来ると、ソロは中へ案内された。
屋敷の中も外観と同じく、所有者の富を表していた。
複雑な模様の入った絨毯が敷かれた廊下、金細工で装飾された壁。観葉植物もしっかりと手入れされている。
「凄いのぉ。一体いくらくらいするんじゃろうか」
胸ポケットから小鳥が顔を出すと、ソロは口を遮るようにポケットを手で塞いだ。
侍女が大きな部屋の扉を開くと、丸メガネと茶色いベストを着た、ふくよかな体型の男が笑顔でソロに歓迎の言葉を述べた。
「ようこそ! 私はこの町の長、町長です。あなたのことは既に町の者から伺っております」
「よろしくおねがいします」
町長と握手を交わし、ソロが挨拶を返すと、町長は称賛するように言った。
「いやぁ、驚きましたよ。ジャガン殿を凌ぐほどの凄腕のガンマンだとか」
今頃ジャガンも目を覚ましているだろう。何せ、銃に入れた弾は受け取った銃弾ではなく、常備していた麻酔弾なのだから。
町長がそう言うと、ソロは苦笑を浮かべた。
「本業は剣士なんです」
「なんと! 驚かされるばかりです。しかし、この町は強い方は大歓迎ですよ」
ソロは微笑むと、手の甲の刻印を見せ、言った。
「依頼書、承りました。グロンダの洞窟という場所にいるモンスターから、ビッグルビーをドロップしてくれば良いのですね?」
ソロが訊くと、町長は強く頷いた。
「その通りです。私は王都の方で商いをしているのですが、ビッグルビーは需要がありましてな。雇っていた専門の方が、怪我をされてしまい、もう収集はできない状態になってしまったので、困っていたのです」
「なるほど」
「ビッグアームは凶暴な巨人型の魔物ですからな。私の方から手練れの者を手配いたしましょう」
町長がそう言うと、ソロは首を横に振った。
「いいえ、一人で大丈夫です」
町長は、目を硬貨のように丸くして、ソロに訊き返す。
「え? お、おひとりで?」
「はい」
町長からもらった洞窟への道が記された地図を片手に、熱い荒野を歩いて行くと、山岳地帯の入口にそれらしき穴が見えてくる。
「あれだ!」
ソロは声を上げると、洞窟へ向かって駆けて行った。
依頼は想像以上に早く終わった。
長かったと思えたのは、洞窟の入口からビッグアームがいるフロアまでの道くらいだった。
小さな下半身にその脂肪の全てが膨れ上がったような、アンバランスの上半身と腕を持つ巨体のモンスターが洞窟の奥で、ゴリラのように胸を叩いていた。
恐らく、この地域の魔物たちを統べるボスなのだろう。
久々に手応えのあるモンスターだ、とソロは意気込んだが、その期待はあっさりと裏切られた。
2,3の白い三日月の残光が消えると、銀剣の前に、ビッグアームが崩れ落ちるのを、ソロは呆然として見ていた。
ビッグアームが雲散し完全に消滅した後に残された、掌サイズの巨大なルビーを手に取ると、ソロは大きなため息をつき、洞窟を後にした。
町長の家につき、ルビーを見せると、町長はルビーとソロの顔を交互に見、信じられないという顔つきで言った。
「こ、これは驚いた。まさか本当にお一人で……!」
「報酬のほう、宜しくお願いします」
町長は大金貨5枚を手渡すと、驚きと興奮の混じった表情でソロに言った。
「あなたは本当に強いお人だ。お名前は何といいましたか?」
「ソロです」
「ソロ、ソロさんですか! 良いお名前です。ソロさんが独りでこの依頼をこなしてしまうとは。ハッハッハ」
町長の寒いギャグに、ソロは微妙な笑みを浮かべた。
内ポケットからも、「寒っ」というボソッとした声が聞こえた。
「ソロさん、どうでしょう? ぜひ貴方のようなお人には、この町に住んで頂きたい! 私達は大いに貴方を歓迎しますよ!」
町長が訊くと、ソロは首を横に振った。
「すいません。ボク、一つの場所に留まるというのが苦手で……」
ソロがそう言うと、「そうですか」と町長は残念そうにしょんぼりと頭を垂れた。
「では、せめてもう一つお礼をさせて下さい。大金貨もう5枚お渡ししましょう」
ソロは、申し訳なさそうに言った。
「いいえ、大丈夫です。あんまり持ちすぎると、持ちきれないので」
町長は「そうですか」と再び肩を下ろすと、ソロは言葉を加えた。
「あの荒野を楽に越えられる方法とかがあれば良いのですが……」
それを聞くと、町長は顔を晴らし、提案した。
「それなら、次の町までお送り致しましょう! 私の所有する車は砂漠地帯用のものですから、難なく荒野を越える事ができますよ!」
「では、お言葉に甘えさせて頂きます」
「出発はいつになさいますか?」
「じゃあ、明日の朝にお願いします」




