放浪のソロ1
どこまでも広がる広い草原が終わると、土肌の地面が支配する荒野が目の前に広がった。
道の無いその荒れ地を、小柄な人影が一人歩いていた。
薄黄色の旅人の服に、枯葉色のケープのようなマントを身に付けており、腰には鞘に収まった1本の細身の剣を携えている。食料や毛布といった最低限の荷物だけを背負い、その肩には、太陽の光のように明るい色の小さな鳥が止まり、退屈そうに大きなあくびをしていた。
「この先に町なんて本当にあるのかなぁ……」
肩にかかるか、かからないか程の淡い蒼い短髪と、それと同じ色の瞳を持った、幼さの残る顔が不安そうに言うと、小鳥は言った。
「さぁのぉ。まぁ、あの旅人の言葉を信じるしかないじゃろう」
小さな冒険者は、草原で出会い、荒野の先に町があると教えてくれた、男の顔を思い出した。
「あの人、どこか胡散臭い感じもしたからなぁ」
砂煙の中をしばらく歩いて行くと、一つの町が見えてきた。
携帯している食料も残り少なく、次野宿することになったらどうしよう、と心配していたが、その心配もなくなった。
安堵した顔で冒険者は町に入ると、宿に直行した。
宿の料金も気になったが、十分足りるほどに安い。
あまりの安さに、部屋や食事の質を疑ってしまったが、部屋は前の町よりも一回り快適なものだった。
「食事は、ご夕食と朝食の1日2回になります。定刻になりましたら、宿の者がお持ち致します」
一通りの説明をし、宿の女性が部屋を出て行くと、冒険者はベッドに飛び込む様にダイブした。
ふかふかの布団が、全身を優しく包み込む様に、迎えてくれる。
「久々のベッドだぁ~♪」
幸せそうに冒険者は言うと、傍の机に置かれていたガイドを手に取った。
「うわぁ、先生、見てよ。前の宿よりもこっちの宿の方が料理も豪華」
"先生"と呼ばれたその鳥は、冒険者の体の上に止まると、開いているメニューをのぞきこんだ。
「本当じゃ。酒はどうなんじゃ、酒は!」
小鳥が急かすように言うと、冒険者はページをめくり、ずらりとお酒の並んだページを開いた。
「おっほぉ! あるではないか、あるではないか! 今夜は盛大に祝宴じゃのぉ」
小鳥が嬉しそうに言うと、冒険者はメニューの下に書かれた注意書きに気が付いた。
「あっ、けどこれ別料金ですよ。しかも高い……」
「なぬぅ?! ソロ、わしの生き甲斐を奪うつもりか!?」
ソロと呼ばれた冒険者は、うーんと唸り悩んだ。
「分かりました。だけど、1本だけにしてください。浪費は旅中では命取りですから」
宿のガイドを読んでいるうちに、いつの間にか眠ってしまったのか、ソロが目を覚ますと、窓の外の空は茜色に染まっていた。
少しばかり町を探索してみようと、起き上がり部屋を出ると、カウンターに飾られていた町の地図をみた。
「すいません、この町ではクエスト(:住人等から寄せられる魔物討伐やアイテム収集といった依頼)はありませんか?」
カウンターにいた受付の女性に訊くと、女性は「ああ」と手を打ち、納得したような声を上げた。
「冒険者の方ですね。クエストなら、この町では酒場で扱っていますよ。もうすぐ、新しいクエストが公開されると思うので、行かれると良いです。こちら、町の地図になります」
女性から地図を受け取ると、ソロは微笑みお礼を言った。
「分かりました。ありがとうございます」
地図を手に取り、酒場に向かうと、すでに平屋の建物の中から賑わう声が聞こえていた。
クエストライセンス(:クエストを受ける資格があることを示す手帳)を店員に見せると、店員はライセンスに書かれている、ある文字に目を丸くした。
屈強そうな男から美女に至るまで、酒の前に盛り上がっていた。
「さぁ、さぁ。次はクエストの発表だ。まず最初は……、サンドスライムの駆除! 報酬は銅貨2枚だ」
カウンターにいる店主が声を上げ叫ぶと、我こそは、と名乗りを上げる声と共に勢いよく手が次々と上がる。
店主が早かった人物を指名すると、その人物に封蝋された依頼書を手渡した。
封蝋の中には、正式な依頼内容、依頼主の名前が記された紙と、その依頼主の住所が示された地図が入っている。封を開けば依頼引き受けを了承したという刻印が、開いた本人の手に刻まれる。依頼を引き受けている間は他の依頼を受ける事は出来ず、依頼主に刻印を解除してもらうか、依頼を成し遂げるか、もしくは引き受け人が死亡する、のいずれかの条件でのみ依頼が解除される。
報酬次第で荒稼ぎをすることもできるため、冒険者達にとっては、良い小遣い稼ぎの機会となっていた。
店主が次々に依頼を発表しては、我先にと、男たちが手を上げていく。
その難易度も徐々にあがるにつれて、上がる腕の数も段々と減っていった。
「さぁ、さぁ、次は本日最後の依頼だ。内容は……、おぉ、これはハードだ! 南にあるグロンダの洞窟にいる巨人モンスター、ビッグアームが持っているビッグルビーをドロップするという内容だ! 報酬は……、おお! これは凄いぞ! 大金貨5枚だ! さぁ、これを受ける我こそはという者は!?」
店主が叫ぶと、酒場は一気に静まり返った。
この町一番の強さを誇る冒険者、ジャガンだけが、この依頼を成し遂げることができ、この難易度の高い依頼を受けるのも、毎回のように、ジャガンだけだと誰もが思っていた。
店主も思わぬ光景に、目を丸くした。
上がっている手は、ジャガンの屈強な筋肉質の腕と、ひ弱そうな白い肌の腕だった。
ジャガンも思わず、手を挙げたもう一人に目を向けた。
それは、小さな円テーブルの席でミルクの入った瓶を掴んでいる、蒼い髪の15,6歳くらいの子どもだった。
「おうおうおう! そこのちびっこいの! このジャガン様に楯突くとはいい度胸じゃねェか!」
暗黙の了解で、この町では最強を誇るジャガンが受け取る最後の依頼は、誰も手を出してはいけなかった。
手を挙げれば、それは最強を誇るジャガン同等の力を保持しているという主張であり、手を挙げるのは、この町に来たばかりの新しい住人か旅人くらいだった。
ジャガンが、立ち上がり、子どもに近づき言うと、その子どもは落ち着いた口調で謝った。
「あっ、ゴメンなさい。ボクはまた別の依頼を受けますから、この依頼はお譲りします」
ソロがそう言うと、ジャガンは勢いよく、ソロの机を叩く。
「そういう問題じゃねェ! このジャガン様と同じ依頼に手を挙げるとは、いい度胸じゃねェか! それもミルク飲んでる小僧なんかにナメられたもん……」
ジャガンが嘲るように、指でソロの胸を突っついた時だった。
違和感のある柔らかい感触。
ジャガンは、ハッと気づくと、驚いて叫んだ。
「こ、こ、こ、こいつ……! 女だ!!」
その声に酒場に動揺が波紋のように広がると、それは可笑しさを含んだ、笑い声に変わった。
笑い声の中、ジャガンの取り巻きの男の一人がソロの側に行き、顔の横で小馬鹿にするように言った。
「嬢ちゃん、見たところアンタ旅人だな? よそ者のアンタには分かんないだろうが、ジャガン様が受ける依頼は、と~~~~っても大変なもんなんだ。子どもの、それも女の子じゃ、できない、できない。あっはっは」
「サルド、どけ!」
ジャガンは、その取り巻きを一声で退けると、ソロに向き直り、持っていた一丁の銃を机にスライドさせた。
「ガキだろうが女だろうが、ジャガンに楯突いたからには、それなりの力を見せてもらわねぇとな。見た所、剣の使い手らしいが、そんなことは関係ねェ。俺と一勝負しろ」
酒場の前は、話を聞きつけた野次馬たちで囲まれていた。
建物の前で、ジャガンと見知らぬ子どもが向き合っている。
ジャガンと諍いになった旅人の数知れない。その度に、ジャガン勝負といういわれる一本勝負が行われ、その度に町の墓が一つ増えていった。
そんな光景を何度も見て来た町の男たちは、賭け事をし始めていた。
「お前どっちにかけるよ?」
「じゃあ、俺嬢ちゃんが勝つに5万賭ける。」
「へっへ、じゃあ俺は7万で」
「良いか、どっちかが死ねば終わりだ。生き残っていた方が勝ち。弾は一発。シンプルだろう。そこの店主が落とした瓶が割れた瞬間に打つんだ」
ジャガンが、目の前にいる子どもに言うと、ソロはため息をつき、片手メガホンにして声を返した。
「殺すっていうのは何しにしないかい? 銃を弾いたほうが勝ちじゃダメ?」
怖気づいたか、とクスクス笑う声が群衆から聞こえてくる。
「ダメだ! そいつが俺の信条で、この町の決まりだからな!」
ジャガンが返すと、ソロの肩にあの小鳥がどこからか飛んできて止まった。
「ソロ、本当にやるつもりか?」
「決まりなら仕方がない。弾が当たるといけないから、先生は離れてて」
鳥が飛び立つと、ソロは弾を装弾し、撃鉄を引いた。
さっきまで、ざわついていた群衆も、緊迫に静まり返る。
ジャガンとソロが銃を構えると、店主は瓶を持った腕を掲げる。
間を見て、そして、店主が瓶を手放した瞬間だった。
一瞬だった。
瓶が割れる音と共に、その刹那、銃声が鳴り響いた。
鳴り響いた銃声の音は一つだけ。
ソロの前に立っていた、巨体が崩れ落ちる様に倒れると、その光景が信じられず言葉を失ったような沈黙が広場を包んだ。
ソロは銃口から出ている硝煙をフッと、吹き消すと、銃を地面に置いた。
「依頼書のほう、お願いします」
ソロが店主に歩み寄り言うと、店主は驚きで手を震わせ、依頼書を手渡し、目の前にいる少女に声を震わせ訊ねた。
「あ、貴方、一体何者ですか……?」
少女は振り返り、答える。
「ボクは、ソロ。ごく普通の冒険者さ」




