アルスと小さな冒険者1
突如現れた賢者ミーニャに導かれ、ユアノの村を旅立ってから、ちょうど1年近くに経った。
聖職者の旅人シエナ、アスピス王国の戦士長ダイガを仲間に加え、アルスはクエストを受けて回り、世界各地を旅した。
小さなクエストでは、ダンジョンでレアアイテムを採集したり、大きなクエストでは、国を救い、王からその名を讃えられ、英雄とまで呼ばれることさえあった。
そうしていくうちに、アルスの名は、現世界に再び降り立った"勇者"として世界中に広まっていった。
稀にその事を切欠に、ならず者達から喧嘩をかけられる事もあったが、未遂に終わったものを除いてはアルスが勝利し、その度にミーニャの雷が落とされた。
そんな旅の中、アルス達が次の大陸に渡った時の事だった。
港町に入り、中級クラスの宿で体を休めていた夜、1羽のコンタクトバードがアルスの元に訪れた。
封蝋された手紙を首から下げた、その鳥は、一般冒険者の扱うコンタクトバードとは異なり、金色に近い豪奢な羽毛を生やしていた。
アルスは手紙を受け取り、その鳥に認印を押した専用紙を代わりに付けると、コンタクトバードは初更の空へと飛び去って行った。
「何だそりゃ?」
ルームサービスの夕刊を読んでたダイガも、アルスの手紙を覗き込むように見る。
その手紙に記されていたのは、勇者として名声高いアルスに依頼をしたい、というものだった。
「差出人は……オルス王?」
「オルス王? オルス王と言えば確か、リアーフ国の王だな」
ダイガが心当たりがあるように言うと、アルスはその国名を疑問符を付けて繰り返した。
「ああ。この町を西に進んだ場所にある国だ。国王とは俺も会ったことはないのだが、太平な国と訊いている」
部屋の扉が開くと、天然温泉に浸かり、着物姿になって帰って来たミーニャとシエナの姿があった。
ミーニャとシエナは、アルスとダイガが見ているのもに気付くと、
「どうされました?」
「いや、さっきコンタクトバードが来て、こいつを渡して行ったんだ」
アルスがミーニャに手渡すと、ミーニャは手紙を開き内容を見た。
「国王陛下直々のご依頼ですか」
「まぁ、行って見ればどんな依頼かはっきりするさ」
ダイガが机上に置いていた飲みかけの酒の入ったコップを口につけ飲み干すと、「そうだな、明日早速行って見るか」とアルスも頷いた。
翌日、アルス達は港町を白い朝日がまだ照らしている時間に出発すると、平原の先にあるリアーフ国に向けて出発した。
太陽が真上近くに昇った頃、アルス達は入国門を通ると、オルス王のいる城へ向かった。
町の様子も活気があり、陽気に音楽を奏で踊っている人の姿も見られる。
ダイガの言っていた通り、魔物の脅威を感じている様子もなく、これといった事件もなさそうな、平穏を絵に描いた国だ。
城には城壁がなく、開かれており、どこの国と比べても警備が薄い。
赤い絨毯を歩く中、王座の間に近づくと、ダイガはアルスに耳打ちするように言った。
「アルス、済まないが俺が一国の王ということは黙っていてくれないか。何かと堅苦しい空気になるのは苦手でな……」
アルスは頷くと、ダイガは安心したような表情を浮かべた。
玉座の間の扉が、護衛兵によって開かれると、赤い絨毯の先に、白いふわふわの毛で口から顎まで包み込んだ優しそうな顔つきの老人が玉座に座していた。
1人の兵士が王の元に駆け寄り、彼らが例の勇者達であることを伝えると、王は嬉しそうに微笑んで言った。
「よく来て下さいました、アルス殿。このような形で呼び出してしまい、申し訳ない」
王がそう言うと、アルスは首を横に振り、挨拶をすると、手紙の内容について訊ねた。
アルスが訊ねると、王は、顔を曇らせ頷いた。
「実は、アルス殿には竜退治をお頼みしたいのです」
「竜退治?」
アルスはミーニャ達と顔を合わせると、王は話を続けた。
「この国は数年前までは魔物にも襲われることのない平和な国でした。しかし、ある時から夜になると、どこからか緑の竜がこの国を襲うようになりましてな。昼間は民も変わらず穏やかで陽気な生活を送れていますが、夜になるとその竜の恐怖に一変して、廃墟街のように静まり返ってしまうのです。その竜の討伐に、かれこれ何人もの冒険者の方にご依頼してきたのですが、誰も彼も返り討ちにあってしまい、とうとう手の打ちようがなくなって困り果てていたのです」
すると、隣にいた大臣が話のバトンを受け取り、
「そしてつい先日、ある冒険者が自らその竜討伐に名乗りを上げ、この城を訪れたのです。しかしながら、その者の歳はまだ10歳を越えた程の少女。断ろうと思ったのですが、藁にも縋る思いでその者に討伐を依頼したのです。そんな中、アルスさん達がこの大陸に上陸したという話を受けまして、この討伐に力を貸して頂きたいとコンタクトバードを飛ばした次第です」
「今思えば愚かな事をしたものだ。幸いにも今の所あの竜による死者は出ていないが、あんな小柄な少女にこんな危険な依頼をするとは、何と愚かな事をしてしまったのだろう。あの少女の事も心配です。アルス殿、竜の討伐依頼を引き受けては下さいませんか」
王が訊くと、アルスは「分かりました。お引き受けしましょう」と返事をした。




