アルスとダイガ3
ミーニャは王座の間からアルスを連れだし、廊下の角を曲がる所まで来ると、周りに聞き耳を立てている者がいないか確認し、アルスに向き直った。
アルスに、ハルトから聞いたこの国の状況と魔物の軍勢の事について話すと、アルスは快くダイガ達の助けをすることを引き受けた。
しかし、話の最後。ミーニャがアルスに1つ注意をすると、アルスは首を傾げた。
「魔王の正体が闇の勇者ってことを話すなって、何でだ?」
「前にもお話した通り、魔王とは世俗で通っている闇の勇者を示す言葉。しかし、闇の勇者を知る者はこの世界ではごくわずかです。下手に真実に触れる事になれば、混乱を招きかねません。それに、万が一聖戦について世に知られる事となれば、世界は大混乱に陥ることになりかねません」
アルスは、なるほどと頷いた。
「確かに。なら、俺が勇者って事も黙っておいた方がいいのか? シエナさんにも?」
「アルスさんは活動的な方。貴方が勇者の1人であることは、嫌でもそのうちに世間に知られることになります。ただ、自ら公言する必要はないでしょう。シエナさんには、闇の勇者や聖戦の事については追々話して行けば良いと思います」
「分かった。じゃあ、当面は魔王に立ち向かう勇者様、ってことで良いんだな」
アルスがそう言うと、ミーニャは少し可笑しそうに含み笑いをした。
暗夜の幕が空から地に降りると、アスピス王国は深閑に包まれた。
その静寂の中、アルス達はダイガ達に用意された部屋で体を休め、床に就いた。
どこの町とも変わらない夜の静けさだが、その空気は、いつ敵軍が襲来してもおかしくはないという不安と恐怖、そして緊張を帯び、手に取るように伝わる。
眠りにつこうにも、そのせいか、アルスは中々眠りに付けずにいた。
隣の2つに並んだベッドを見ると、それぞれミーニャとシエナがスヤスヤと寝顔を見せている。
昼間の戦いで疲れたのだろう。深く音の無い呼吸をしている。
思えば村を出てから半年が経とうとしていた。
窓の外を見ると、城内から漏れている灯りや松明の火の光以外、明かりは見えない。
しかし、この夜も、アルスは空を見上げると故郷の村に思いをはせた。
村の皆、親父は今頃どうしているのだろうか。変わらぬ安穏な日々を送り、今頃は月の見える空の下で眠りについているのだろうか。
きっとそうなのだろう。
何事もなく長閑な生活を送っているその姿を想像すると、胸の奥で渦巻いていた何かが晴れ、漠然とした不安も忘れることができた。
アルスがいよいよ眠りにつこうとした、その時だった。
外の異変に閉じた目を開くと、部屋の扉が勢いよく開いた。
その音にミーニャとシエナも目を覚ます。
兵士は余程慌てて来たのか、膝に手をつき、言った。
「て、敵襲です! 直ぐに王の間に来て下さい!」
寝具から着替えを済ますと、アルス達は急いで玉座の間に向かった。
広間には屈強ななりをした兵士たちが揃い、緊迫に包まれていた。
アルス達が間に入ると、座についていたダイガとハルトは立ち上がり迎えた。
「深更に起こしてしまい申し訳ない」
ダイガとハルトがアルス達に駆け寄り言うと、ミーニャが訊ねる。
「状況はどのようなものですか?」
「こんなこともあろうかと、城壁の護りは固めていたが、芳しくはない」
ダイガの話を遮るように、戦士長を呼ぶ声が間の扉を開く音と共に聞こえると、広間にいた者の視線が1点に集中する。
全力で疾走してきたその兵士は息を切らし、よたよたと歩き跪くと、ダイガとハルトに言った。
「も、申し上げます。今しがた、前線で交戦していた者の報告によれば、敵軍は日中と同じ竜兵部隊。そして今回は、大将シュヴァルツも襲来したとの事です!」
「シュヴァルツだと!?」
ダイガが声を上げると、その名に広間が騒めく。
ダイガは驚くも、表情を戻すと頷いて兵士に言った。
「分かった。兵士をかき集め、城壁の戦線に回せ」
「ハッ」
兵士が踵を返し、広間を出て行くと、ダイガは難しそうな顔つき腕を組み唸った。
「まさかシュヴァルツが直接来るとはな……。しかし、この機を逃すわけにはいくまい」
「兄さん、まさか……」
心配そうな顔で見るハルトにダイガは頷くと、
「大将がわざわざ出向いたという事は、向こう側もこの長らくの戦に終止符を打つつもりなのだろう。いずれにせよ、いつかは打たねばならぬ敵だ。やるしかあるまい」
ハルトにそう言うと、ダイガはアルスに向き直った。
「済まない、アルス。旅人にこのような事を頼むのも情けない話だが、今一度、俺達に力を貸してくれないか?」
ダイガが頭を下げ言うと、アルスはすぐに答えた。
「断る理由を見つける方が大変だ」
アルスの返事にミーニャとシエナが頷くのを見ると、ダイガは微笑み、「忝い」とアルスと片腕を交わした。
「皆の者! 此度の敵は、敵大将の率いた強軍勢だ。だがしかし、我等は負けぬ! 今宵の戦いで大将を討ち取り、長き血戦に終焉の杭を打とうぞ!」
ダイガが腕を上げ威勢の良い声で言うと、広間は多数の腕と共に大音声が上がった。




