アルスとダイガ2
アスピス王国は円形の城塞都市国家だった。
鞏固な壁の内側には町が広がり、中央には砦のような城が聳え立っていた。
戦場から立ち昇る煙と同じ色をした空のせいか、アルス達の目には、城壁の中にある町の建物も同じような色に映った。
人の姿は長槍や剣を身に付け武装した兵士以外見当たらない。
家屋の中には屋根が崩れ落ちているものや、完全に焼失し黒い土から火の粉がパチパチと音を立てているものもあり、魔軍勢との戦いが如何なるものか一目で分かるものだった。
赤い髪を持ち少し褐色がかった筋肉質の戦士、ダイガに連れられ、アルス達は奥にある城の中へと入って行った。
城の内部は騒然とし、今まで見て来たどの国よりも緊迫した雰囲気に包まれている。
城の上層階へ上がり、巨大な木造りの扉が敬礼をした兵士によって開かれると、金色に装飾された赤い絨毯がアルス達を迎えた。
少し長めの背もたれの玉座に座り、大臣らしき人物と話していたその人物は、開いた扉に気が付くと、話を止め視線を向ける。
金髪の癖がかかった短髪をしたその少年は、大体アルスと同じ程の歳だろうか。
まだ幼さの残る顔立ちには、優しい表情とどこか弱弱しさを感じさせる印象があった。
戦時中の為か、鎧を身に付けているものの、その鎧は他の兵士たちとは明らかに一線を画すものだった。
少年は間に入って来たダイガに気が付くと、顔をぱぁっと晴れさせ、すぐ様に立ち上がり歩み寄った。
「お帰りなさい、ダイガ戦士長。よくぞご無事で!」
少年がそう言うと、ダイガは微笑み言った。
「心配をかけて済まなかった。危機にあった所を、このお方達が救って下さったのだ」
ダイガが紹介すると、アルス達はそれぞれ簡単に自己紹介をした。
それを聞くと、少年も穏やかな顔つきで名乗った。
「僕はこのアスピス王国の第2国王のハルトと申します。ダイガ戦士長そして我が国を魔の手から救って下さったことを国民を代表して感謝申し上げます」
「第2国王?」
アルスが気になったその言葉を繰り返すと、ハルトは「ええ」と頷いた。
玉座を見ると、座は大小2つあり、ハルトが座っていたのは小さい方の座であった。
「もし機会があれば、第1国王様にも謁見を賜りたいのですが」
ミーニャがそう言うと、ハルトは苦笑を浮かべ、ダイガに助けを求めるような目を向けた。
すると、ダイガは「ガッハッハッハ」と突然に笑い出し、
「いやいや、大変申し訳なかった」
ダイガはそう言うと、中央の玉座の前に立ち、右手で作った拳を胸に当て言った。
「アスピス王国戦士団団長、そして現国家当主、ダイガだ。アルス、ミーニャ、そしてシエナ殿、挨拶が遅れてしまい済まない」
突然の紹介にアルス達がポカンとしていると、ハルトが事情を話し始めた。
「実は兄は昔からこの国を守る戦士となると言ってきかず、"戦士団団長の座に就かせてくれないのであれば王権の継承は破棄する"とよく父上と母上を困らせたものでした。その後、話し合いの結果、国政は僕が担う事になり、兄は国防を担う事になったのです。お蔭で兄には助けられてばかりです」
「そうだったのですね」
ミーニャがそう言うと、ダイガはハルトの肩に腕を回し、
「流石は俺の自慢の弟、ハルトがいなければ俺もこうして国の為に力を振るえることはなかったのだ」
「知らずとはいえ、一国の王に知らずの無礼を働いてしまっていては礼節に反します。どうか、お許しください」
ミーニャが手を胸元に当て、深く礼をすると、ダイガは言った。
「賢者殿、そう堅くなる必要はない。お主達は俺達の救世主でもあり、この国を護って下さった方々だ。戦場の友のように振る舞ってほしい。というのも実は俺自身……、その、堅い言葉がどうも苦手でな……」
ダイガがそう言うと、アルスは笑い声を上げて共感した。
「俺も同じです、ダイガさん。どうも堅いと変に緊張しちゃって」
ミーニャがアルスの言葉に「こら!」と叱責すると、ダイガは、
「お、分かるか、アルス殿!」
「アルスで大丈夫です」
「おお! そうか! ならば俺も名で呼んでもらって構わない。等身大で語る事以上に気楽なものはないからな。アルスとは良き友になれそうだ。ガッハッハッハ!」
アルスとダイガが親睦に華を咲かせていると、シエナも「仲睦まじいですわ。友情とはいつ見ても素晴らしいものですわね」と感心の声を漏らした。
ミーニャは、少しぎこちなく微笑しシエナに頷くと、ハルトに訊ねた。
「ハルトさん、一つお伺いしたいのですが、この国を襲う魔物とは一体……」
ミーニャが訊くと、ハルトは真剣な顔つきになり、頷いた。
「最近に開かれた魔界の門からの軍勢です。2000年前の"大災厄の時代"以来、魔界の門は勇者によって閉じられたと聞いていました。しかし、世界各地で話を聞くように、魔界の門は開いたり閉じたりと不安定になりつつあります。今この国を襲うのは、魔王の遣いを名乗るシュヴァルツという竜兵の長です」
「……そうだったのですね」
「シュヴァルツの真なる目的は何かは分かりませんが、この地を支配する事が明らかな目標のようです。日に日に奴らの勢力も増し、この国も兄の率いる戦士団でようやく持ちこたえる事ができているのですが……」
ハルトが顔を曇らせ言うと、ミーニャはハルトに言った。
「もし宜しければ、お力にならせてください。賢知陣の一人としても、窮地にあるこの国を見過ごして行くわけには参りません」
ミーニャが力強くそして優しい声で言うと、ハルトは驚きつつも微笑み、返した。
「ミーニャさん、ありがとうございます。兄を救って下さった皆さんがいれば鬼に金棒です」
ミーニャは微笑むと、ダイガとシエナと話に華を咲かせているアルスに声をかけた。
「アルスさん、ちょっとこちらに」
アルスは、何だ、と思いつつもダイガ達に簡単に挨拶をすると、ミーニャに連れられ、玉座の間を出て行った。




