スライムとソロ2
しばらく草原を歩いていると、青空に薄暗い雲が紛れてきた。
次第に雲が青を覆い隠していくと、ポタポタと水滴のようなものが降って来た。
「あ……雨だ」
掌でそれを確認すると、水滴は目に見えるくらいにまで数を増し、瞬く間に飛沫の幕になり、草原に降り注いだ。
突然の雨に、ソロは、「ひー!」と声を上げながら、その土の道を駆けて行った。
森が見え、雨宿りのできる場所についた時には、気持ち的に、もうどうでも良いと思える程にまでずぶ濡れになっていた。
神殿の柱のような大木が並ぶ中、天には緑がいくつも重なって広がっている。
雨音が打ち付ける音と、雨雲の中の薄暗さで、森は夜とはまた違った不気味さを醸していた。
荷物からタオルを取り出すと、ソロは頭をごしごしと拭き始めた。
「ん?」
ここまでついて来てしまったのか。
スライムは、ぜー、ぜーと息を切らし、きゅうんと甘い声を出し疲れ切っている様子だった。
ボサッと、スライムを白い布が覆うと、スライムはその布の中から顔を出し、それを渡した少女の顔をみた。
「それで体を拭きな。その、ずぶ濡れになったのはボクのせいでもあるし……」
その場で思い付き、足したのが明らかに分かる言い訳を言い、ソロが再び頭を拭き始めるも、スライムはその優しさに小さな胸のうちが温かくなった。
日が落ち、雨も止むと、雨中の暗さと取って代わり、夜の帳が森を包んだ。
着替えを済ませ、火を焚くも、肌寒さにソロは身を震わせていた。
無事だった毛布に全身包まり、顔だけをのぞかせているソロに、携帯食料を食べながら、幼女は言った。
「災難じゃったの。久々の雨天気じゃったわい」
「本当ですね、お蔭でモロに濡れましたよ。前の町で傘でも買っておくべきだったなぁ」
「ほれ、お前も食うか」
幼女が訊くと、スライムは、うんうんと頷いた。
ほれ、と差し出された食料に、スライムが嬉しそうにパクついているのを見つめながら、ソロは呟くように言った。
「口もないのに、どうやって食べてるんだろう……」
スライムが体を傾げて、ソロの方を見ると、つぶらな可愛らしい目の下、口があるべきところにに食べカスがついている。
「お主、スライムが苦手な割には興味はあるんじゃな」
「べ、別に! ただ疑問に思っただけです! ボクは疲れたのでもう寝ます!」
ふて腐れるようにソロはそのまま横になり背を向けると、幼女は、やれやれと声を漏らした。
少女がスースーと寝息を立て始めた頃、幼女は焚火の火を木の枝で弄びながら、スライムに訊いた。
「お主、こんな場所まで遥々ついて来て大丈夫なのか? お主ら魔物にも家族や仲間がいるじゃろうに」
スライムは、きゅうきゅうと返す。
「そうかそうか。それは良いものじゃな。地域が変わろうとそこに住むもの全てが家族か。わしら人間も見習わねばならぬの」
幼女が感心した様子で頷くと、スライムは、きゅうきゅうと鳴き訊いた。
「わしか? やはり野生のものには誤魔化せぬのぉ」
幼女はそう言うと、少し寂し気に微笑んだ。
「わしは、お主の言う通り、少し違った人間じゃ。いや、もはや人間というべきではないかもしれぬの」
幼女は、緑に覆われた先の遠い空を見るように、顔を上げると、昔を思い返すように言った。
「遠い昔の話じゃ。わしは神童と言われる賢者の一人じゃった。とにかく戦が絶えない時代でな、わしの父母は戦禍の中で生き絶えたのじゃ。幼いながらに死を目の当たりにした、わしは、兎に角死ぬことが恐くて耐えきれんかった。7の歳にして、不老不死の研究を始め、それからというもの、何かに憑りつかれたように、わしは魔法書物を読み漁ったり、危険を冒してエルフの里に赴いたりした。禁術を犯して神託を乞うこともあった。そして、8の歳、わしは遂には邪神にまで手を出してしまったのじゃ。邪神の呪術により、わしは願い通り、不老不死となった。当時のわしは天に舞い上がる程に喜んでおった。傷を負っても軽症であれば瞬く間に回復し、大きな怪我でも数日で完治した。戦で死ぬ心配もなくなった。恐怖がなくなった時の喜びはわしを狂うさせる程じゃった」
幼女は再び俯き、焚火の火を見つめた。
「しかしの、時を重ねるにつれ、それが絶望であることを知っていった。わしに知識を授けて下さった師も亡くなり、幼い頃からの友人も、あれほどまでに愛おしかった恋人でさえも、歳を取り、やがて土へ返って行った。いつしか、わしの知っている者は全ていなくなり、遂には故郷も荒れ地へと姿を変えていった。わし独りだけが取り残されていく。わしの時間だけが遠い果てで止まり、世界から置き去りにされていった。孤独と生の循環から外れた事への恐怖、わしだけが特別であるが故の未知、全てが悪夢のようにわしに襲い掛かった。わしはようやく気付いたのじゃ、あの時邪神がわしに不老不死の身を与えたのは、この絶望を与えるためだと。わしは嘆いた。嘆き、苦しみ、自身を傷つけた。傷つけても傷つけても終わることはなく、涙も枯れることもなかった。前向きに考えようと、知識を蓄え、世界に活かそうとし、賢知陣となり活躍した事もあった。しかし、何をしても、何を考えても、この絶望だけはいつも心の隅にひっそりとあった」
幼女は横になって眠っている少女に目を向けた。
「そんな中、わしはこやつと出会った。森の中で出会った時は、こやつもわしと同じ、独りじゃった。兎に角生意気じゃが無邪気で可愛い奴でな、こやつと旅をしていると飽きる事はない。それに、こやつは人一倍無知で愚かな奴じゃが、よく学ぶ奴でな、知識を1つ教えれば10の質問を返して来る。体験からは経験を学び、何かができるようになれば、子どものように喜んだ。こやつはわしに師としての生き甲斐を与えただけではなく、成長を見守る喜びも与えてくれた。我が子のようなものじゃよ」
幼女が優しく微笑むと、スライムも穏やかな表情で、きゅっきゅと鳴いた。
「はっはっ。そう言ってもらえると嬉しいわい。じゃが、今話した事はこやつには内緒じゃぞ。すぐに調子に乗るからの」
焚火を囲う森の中、2人の楽し気な笑い声は、空気に乗り夜の森に響き渡っていった。
「んん……」
まだ朝日が半分も出ていない頃、ソロは目を覚ました。
体が若干重い。
疲れが取れていないのだろうか、ソロは大きな欠伸を一つした。
「ソロ、ソロ!」
幼女が起きたソロに、まるで何か隠し物を見せたがる子どものように燥ぎながら言った。
「ソロ、聞いとくれ! 何とあのスライムが、昨日濡れた衣服を洗濯してくれとるんじゃ!」
「えっ」
「いいから、早くこっちに来るのじゃ!」
近くに小川か何かを見つけてくれたのだろうか。
次の町まで洗濯をどうしようか悩んでいたが、まさかその手間を省いてくれるなんて。
正直洗濯するのは面倒くさい。
それをやってくれるなんて、ちょっとはスライムも良いところがあるんだな。
そう思いながら、茂みをかき分け、幼女についていくと、幼女は立ち止まり指を差して言った。
「ほれほれ! 見てみるんじゃ!」
「どれどれ、ん……」
ソロはその光景に表情が凍り付いた。
そこには川も湖もなく、一匹の膨れ上がったスライムがいた。
ぱんぱんに膨れ上がったスライムのゼリー状の体内に、ランドリーのように複数のものがグルングルンと回っている。
「驚いたじゃろう! こやつ、何と体内に不純物を落とす機能があって、殺菌作用もついているらしいのじゃ! 昨夜ソロの役に立てる方法を色々二人で考えたのじゃが、中々良い案を思い付いたものじゃ。だからほれ、わしの貯まっていた洗濯物もこの通りピッカピカに……ソロ?」
ソロは、眉を突き立て、歯をギシギシとさせ、顔が見る見るうちに真っ赤になっていくと、雷が落ちたような轟音の怒声を二人に浴びせた。




