ラペーシュの町とソロ
「ふぅ……」
ソロは大浴場で組んだ腕に顎をつけ、もたれると、大きく吐息をした。
今日は、とにかく疲れた。
宿に着いた頃には、もうクタクタで、クエストそっちのけに今日は大浴場にさっさと行って、もう寝ようと思うほどにだった。
体中を泥のように塗り固めていた疲労が、湯船に溶けて行くような感覚に、快感の声を漏らしていると、隣で頭に折りたたんだ白いタオルをちょこんと乗せた幼女が、横目に言った。
「お主は、年寄りか」
「良いじゃないですかぁ。他にお客さんはいないようですしー」
ソロは緩んだ線目のままに、寝ぼけたような声で言う。
この町、ラペーシュに入ったのは昼頃の事。
町を囲んだ壁を入門所から入るなり、他の町とは一線を画す、その異様な雰囲気がソロをすぐに掴んだ。
ラペーシュは他の町と変わらず賑わっていたが、第一に違和感を覚えたのは、町にいる人々だった。
どこを見ても、カップルだらけであり、路上で女性を甘い言葉で口説いている男たちもいる。
単独でいる人の姿はほとんどなく、異性同士が一緒に歩いているか、同性同士で恋話に華を咲かせている人ばかりであった。
1つ前の町で、ラペーシュは"愛と恋の楽園"と聞いてはいたが、これほどのものは、とソロはたじたじとなった。
しかし、そんな様子も、宿へ向かう途中の大通りに入る頃には、すっかりソロから抜け落ちていた。
町には店も一望では見切れないほどに並んでおり、ソロは目をキラキラと輝かせ、甘味処の看板を次々と眺めた。
アップルキャンディーやオレンジパイを立ち寄っては購入し、ソロはそれを幸せそうに食べながら歩いた。
「あぁ、しあわせ~♪ こんなに美味しい食べ物がいっぱいあるなんて。もうボク、ここの町に定住しちゃおうかなぁ」
食べ歩くソロが、とろんとした甘い声を漏らすと、呆れたような声を小鳥は漏らす。
「なーにが、"ボク、この町に定住しっちゃおーかなー"じゃ。お主みたいなチンチクリンには定住は早過ぎるわい」
「しっちゃおーかなー、なんてそんな間抜けな言い方してません!」
そんなやり取りをしながら、甘味処の姿が消えると同時に、手持ちの甘菓子が小さなお腹に全て収まると、ソロは再び、周りの光景を気にするように、キョロキョロとし始めた。
「のぉ、ソロ。なぜこんな端っこを歩くのじゃ?」
その声に、ソロは恥ずかしそうに小声で答える。
「何でって……。だって、皆さんに迷惑じゃないですか」
「ははぁん。さてはお主、独り身なのが恥ずかしいのじゃろ?」
小鳥がニンマリとして言うと、ソロはボッと湯だった様に赤面した。
「そ、そんなんじゃありません!!」
「ここラペーシュは神話にもあるように、女神ラヴィエルと剣神イヴァラートが、愛の女神モザの祝福を受け、恋を実らせた地。お主のようなチンチクリンにも祝福があると良いのぉ」
「またチンチクリンって言いましたね!」と少女は怒ると、フンとそっぽを向き、
「ボクにだって、いつかはボクの良さが分かってくれる王子様が来るんですから……」
「ほぉ、王子様とな」
小馬鹿にするように小鳥がソロに言った、その時だった。
「や、やめてくださいっ」
その声に振り返ると、若い町娘衣装の少女が2人の男達に絡まれている光景が飛び込んだ。
一人はチャラそうな細い筋肉質の男であり、その後ろでは小太りの男がニヤニヤとして立っている。
「君、暇なら俺達と一緒にどうかな?」
「そうそう、あそこのお城で夢のような時間を過ごそうぜ」
小太りの男が指差した建物を見ると、見るからに怪しげなお城のホテルがあった。
男が強引に町娘の腕を引き、悲鳴が上がった時だった。
「ん?」
自分の腕と少女の腕が引き離された感覚に振り返ると、小鳥を頭に乗せた、淡い蒼い短髪の少年が2人の間に割り込む様に立っていた。
「やめてください。嫌がってるじゃないですか」
ソロが言うと、男は眉間にしわを寄せた。
「なんだよ、男はすっこんでろ!」
小太りの男は、何か違和感があるように、目を細めソロの顔をじっと見ると、ハッとし慌てた様子で男に言った。
「あ、兄貴っ! こいつ、女の子だ!」
「何だと!?」
胸はあまりない感じだが、よく見てみると、長い睫毛に二重の目。艶やかな白い肌にサラサラとした蒼みがかった髪。それに、男からは決してしない良い匂いがする。
「ま、マジだ……」
男は驚くと、すぐにナンパをしていた町娘に向けていた表情になり、ソロに向き直った。
「女の子なら問題ねェや。どうだい嬢ちゃん、俺とちょっと遊ばないかい?」
ソロは涼し気な微笑を浮かべ、男に言った。
「良いですけど、ボクに触ると火傷しますよ?」
「あぁ? 何訳の分からない事を言って……」
男がソロの腕を掴むと、ジューッと熱々の鉄板に触れたような音を上げる。
「ッ熱!? あッツ痛てエエエエエエエ!!!!!!!」
反射的にソロから手を離し、フー、フーと自分の手に息を吹きかけ冷ますと、男はキッとし言った。
「クソッ、覚えてやがれ!」
男がそう言い逃げる様に去ると、小太りの男も怯えた顔で去って行った。
「あの、今のは……?」
町娘の少女が訊ねると、ソロは「ああ」と少し微笑んで答えた。
「防寒魔法をかけて、熱の膜で自分の体を一瞬包んだんだ。暴走状態で発動させたんだけどね」
「わしごと包まんかったら、焼き鳥になって化けて出たわい……ふご」
ソロが小声で愚痴を溢した小鳥の口をふさぐと、町娘は不思議そうにそれを見つめていたが、丁寧にお礼を言うと、その場を去って行った。
それからというものだ。
あの男2人があの時、ソロの事を「女の子」と余りにも大声で言ってしまったことで、その場にいた男達からナンパの声がかけられた。
宿に着くまでには、追い払うのでクタクタになり、宿についても気が抜けず、受付につくなり、独り身の一般人が泊れる宿かどうか何度も確認をした。
「わぁ、ふかふかのお布団だぁ」
大浴場からサッパリし、部屋に戻ると、ソロは白いベッドの上に大きくダイブした。
「ボクもうお布団と結婚することにする~♪ こんな安心感持てる存在、この世に2つとないよぉ」
再びソロが甘い声で言うと、幼女はドライヤーで髪を無造作に靡かせ、「やれやれ」と息をつきながら、ルームコールに手を伸ばした。
「あー、もしもし。201号室のもんじゃが、このドンペリ・グランシャオーレ(:高級酒ドンペリアの1種)というものを1つ、大至急」
その言葉にクッションのような枕に抱き着いていたソロは思わず吹き出し、慌てた様子で顔面蒼白に言った。
「せ、先生!? 今なんて言いました!?!?」
「ん? あぁ、まぁ良いじゃろう。こんな酒滅多にお目にかかれないんじゃから」
すると、ソロはベッドから飛び出し、すぐに幼女からコールを奪い取ろうと掴んだ。
「ふざけないで下さい!! こんなもの頼んだら、せっかく少し回復したボクの財産が一気に底に!」
コールを奪い取ろうとするソロに負けじと幼女も、顔を赤くして引っ張る。
「何を言うか! お主はまたわしの生き甲斐を奪い取るつもりかぁ! 財貨ならまたクエストで貯めれば良いじゃろう」
「誰がそのクエストをこなすんですか!」
「若いんじゃから余裕じゃろう! お金にケチケチしているようじゃと、王子様は現われんぞ!」
「ボクは先生みたいな浪費家とは絶対付き合いませんから! それより早くコールを返してください!
――ッあ!」
ガチャン、と幼女が力づくでコールを切ると、2人は駆けっこでもした後のように汗だくで息切れをしていた。
「わしの勝ちじゃな……」
「むぅ……」
その夜、ソロは心から星々に願った。
神様、どうかボクの王子様は、倹約的な人でありますように。




