イリオンとソロ2
翌日の朝、ソロは支度を整えると、イリオンのいる遺跡を目指して町を出発した。
朝の霧に包まれた深緑の森を抜けると、話にあった通り、一本の山道に入る。
山道は不安定な岩でごつごつしており、いくつものカーブでできていた。
山の腹部に到達したのは、ちょうど陽が空の真上を傾き始めた頃だった。
山の土は、黄金のような色をしており、本物かと手に取って確かめるほどだった。
「やっぱり、土塊かぁ」
ボロッと手に取った塊が崩れるのを見て、ソロが苦笑し言うと、肩に止まっていた小鳥が言った。
「当たり前じゃろう。これが金なら、今頃あの町は大金持ちじゃわい」
「確かに、先生の言う通りですね」
道なりにその山道を歩いて行くと、緩やかな斜面に、巨大な遺跡が現われる。
その遺跡は、西に傾き始めた陽の光を反射し、黄金に光り輝いていた。
四角い城壁に囲まれ、巨大な鐘のような屋根をした建物が遺跡の中心に並んでいた。
道を降り、高い城壁を辿って行くと、正面門に辿りつく。
正面門は、左右に大きな獅子を象った像が立ち、地上よりも高い位置に階段で繋がれていた。
黄金色に輝くその階段を、少女が昇ろうとした時だった。
「待て、そこの者」
老人のような、しかし威圧のある声に、ソロは城壁を見上げた。
門の横の城壁の上で、一匹の魔獣が、腕の上に頭を乗せ伏せ、ソロを見下ろしていた。
魔獣は、巨大に伸びた犬歯を持った獅子の姿をし、鷲のような翼を折りたたんで、ニタニタと階段の上の小さなソロを見ていた。
その姿を見て、ソロはそれが町長の言っていた、遺跡に住み着く魔獣、イリオンであることがすぐに分かった。
「小さき人間よ。我は知を愛し知を尊ぶ者。我が問いに応えよ。もし我が問いに答えることができたならば、その知を讃え、この道を通ることを許そう」
「……もし答える事ができなければ?」
「愚者には死あるのみだ。我が屠り葬り去ってくれようぞ」
ソロは少し考えるように唸ると、「分かった、良いよ」と微笑んで答えた。
「ソロ、戦わぬつもりか?」
小声で肩に乗った小鳥が訊くと、ソロは言った。
「それが相手の決まり事なら、それに従うよ。剣は抜かない。もし答えられなくてボクが食べられることになったら、それはボクの力不足のせいさ」
それを聞くと、イリオンは傲慢に微笑み言った。
「フン、愚かな人間にしては良き心掛けだ。では、我が問いに答えよ。そのものの姿は非常に不安定だ。時には背が高く、時には背が低い姿で現れる。そして、生きる者の前に現われる時には、その眼だけでは、決してその姿を捉えることはできない。このものは何だ?」
ソロは腕を組み、しばらく唸った。
しばらく考えた後、ハッと何かを閃いたように顔を明るくすると、ソロはイリオンに言った。
「分かった。答えは、時間だ。時には背が高く、時には背が低い。時間は長い時もあれば短い時もある。そして、ボクたちの目だけでは絶対に見る事ができない。違うかな?」
ソロが答えると、イリオンは悔しそうな顔をした。
しばらく獣のように唸ると、イリオンは立ち上がり、
「良いだろう、賢き者よ。さっさとこの道を立ち去るが良い」
捨て台詞のようにイリオンは言うと、城壁の奥へと飛び降りて消えて行った。
そして、ソロもその後を追うように、階段を昇り、遺跡の中へと入って行った。
城壁の中は庭園のように広かった。
草々の絨毯が広がる中、太陽の光の色と同じ色をした石造りの道が、奥の巨大な建造物まで一直線に伸びていた。
人の手にかなりの年月触れられていないのか、所々壁や像はひび割れし、蔦がしがみつくように生えている。
黄金色をした建物の全ては、山々の土とは異なり、触ってみると、紛れもない黄金でできていた。
何もかもが黄金で造られ、精緻な薄彫刻が至る所に彫られている。
正門から伸びる道を歩き、寺院のような建物に入ると、中は薄暗いどころか、日通しから太陽の光が入り、外のように明るい。
黄金が陽の光を反射しているため、眩しいほどだった。
好奇心が旺盛だったソロは、遺跡の中を探索せざるを得なかった。
遠い時代、この遺跡でどんな人が、どんな暮らしをしていたのか。そしてどんな文明が栄えていたのか、ソロの暴れんばかりの好奇心は、少女を探索へと突き進めた。
古代文字の書かれた壁を見ては解読を試み、土器や像はあちこちから見て回した。
大きな鐘型の屋根のある、建物の屋上に出ると、その背後から再びあの声が聞こえて来た。
「立ち去らぬとは、いい度胸だ」
振り返ると、鐘型屋根に巻きつくように、イリオンがソロを見下ろしていた。
「良いだろう、我が問いに答える事ができれば、この神殿に足を踏み入れたことは不問にしてくれよう。我が問いに答えよ。それは人であれば必ず一度は目にするものだ。ある時には人を喜ばせ、ある時には恐怖の闇へと陥れる。しかしそれは、目を閉じている時でしか会うことはできない、気まぐれなものだ。さぁ、それは何だ?」
イリオンの問いかけに、ソロは再び考え始めた。
今度は先程よりも少し時間が経ってから、ソロは答えた。
「夢、かな……? 幸せな夢を見れば嬉しくなるし、悪夢を見れば恐くなる。そして、目を閉じている眠っている時にしか会うことがない」
ソロが答えると、イリオンは先程よりもさらに悔しそうな顔で起き上がった。
「……良いだろう。賢き者よ、其方の侵入は不問にする。用が済んだら、一刻も早くこの遺跡から消えるが良い」
イリオンはそう言うと、屋根を飛び降り、再びソロの前から姿を消した。




