仲間とソロ2
それ以来アルス達と世界の各地を渡り歩いた。
魔物を倒して人々を救うだけではなく、己を鍛えるためにダンジョンに潜ったり、レアアイテムを集めたりもした。
今まで独りでクエストばかりをこなしてきたソロにとって、その何もかもが新鮮なもので、日々が輝いて見えた。
ソロの実力は、そのパーティの誰もを超越していた。
あの勇者でさえ、引けを取る程の強さであり、僧侶や魔法使い、武闘家、戦士、弓使いといったどんな職業も見事にやりこなしていた。
強敵が立ちはだかった時は、ほぼ前衛のソロの瞬殺に終わる。
「やっぱソロ、お前って凄い奴だな!」
アルス達は、ソロがいとも容易く手強い魔物を倒すたびに、歓喜の声を上げた。
ソロがいれば魔界にいる魔王でさえすぐに倒す事ができる、とまで仲間たちはソロを称賛していた。
しかし、ソロにとっては、魔物を倒す事よりも、こうして仲間に囲まれている時が幸せな時間だった。
ソロの噂は勇者たちの偉業と共にすぐに広まった。
その人離れした力に、人々はその少女を『最強の冒険者』と呼ぶようになった。
アルス達は、魔王の配下である宰相デモクレアとの戦いを控えていた。
どんな敵か分からない以上、できる限りの情報を世界中から集め、作戦を綿密に練った。
作戦会議を終え全ての準備が整った翌朝、デモクレアの手下に支配されていた町を出て、山の頂上に聳える城へとアルス達は向かった。
とんがり帽子のような屋根を持つ塔がいくつも立つ城に入ると、不気味なほどに静か雰囲気に包まれていた。
魔族や魔物をかたどった像がいくつも立ち並び、壁の蝋燭がゆらゆらと青白く燃えている。
城内を彷徨う様に探索し、一番奥の巨大な扉まで来ると、全員は息を呑んだ。
「この奥から、今までにない邪悪な気配を感じます」
ミーニャがそう言うと、全員は、この奥に宰相がいる事を確信した。
「よし、行くぞ!」
アルスが声をかけると、全員は強く頷き、扉を開いた。
扉を開き、部屋に入ると、一面に闇が広がった。
扉が閉まり、完全な闇に閉ざされると、ボウ、ボッと、左右に規則的に置かれた松明に、青白い火が灯りだす。
全ての火が灯り、部屋の全貌が露わになると、奥の玉座に座っていた魔物に、アルス達は武器を構えた。
「ここまで来たか、勇者達よ」
「貴様が、宰相デモクレアか?」
勇者の剣を抜いたアルスが訊ねると、山羊と爬虫類を足したような顔を持つデモクレアは不気味に微笑み頷いた。
「如何にも。其方らの活躍ぶりは、このワシの耳にも届いている。しかし、偉業を重ねるのも今日までだ。ワシの腕で、永遠の闇へと葬ってくれようぞ」
デモクレアが立ち上がると、その腕に、空気から浮かんでくるように、頭部に血のように紅い石のついた杖が現われる。
「よし、作戦通りにいくぞ」
アルスが声をかけると、全員は配置についた。
後衛のシエナとミーニャは協力して前衛のアルスとソロに回復を送る。
ダイガは後衛の二人を、デモクレアの攻撃から護りながら戦う、というものだ。
デモクレアが呪文を詠唱すると、巨大な紫炎の玉が宙に浮かび上がる。
デモクレアが詠唱を終えると、その玉からフレアのように多数の火球がアルス達に次々と襲い掛かる。
アルスとソロは、向かってくる火球弾を切り裂き、デモクレアに向かう。
ダイガは巨大な盾を持ち、後方にいる二人を攻撃から護った。
激しい火球弾の雨に、アルスは交わし、進もうとするも、中々前に進むことができない。
しかし、ソロは次々と体重がないかのように軽やかに攻撃を斬り避け交わし、デモクレアに向かって閃光のように駆けて行く。
デモクレアも驚き、追加詠唱をし、呪文の威力を高めた。
火球弾はもう避けきれない程の速度で放たれるも、ソロは難なくそれを凌ぐ。
そして、デモクレアの前に飛び出すと、銀色にこれまで見たことのない程に強く輝く剣を思い切りに振った。
火球弾が途絶えると共に、アルス達は再びその光景に、目が飛び出しそうなほどに見開いていた。
デモクレアの首が床に落ちると、その胴体はドシャっと音を立て倒れる。
その死体の前に立つ少女は、それをただ見下ろすだけであった。
その夜、宰相討伐に、支配されていた町は祝宴のムードに包まれていた。
どこもかしこも喜びの声が飛び交い、手を叩き踊る人までいる。
町長の家に招かれた勇者達も、酒に溺れて歓喜に包まれていた。
「あっはっは! ソロ、やっぱおめェ、凄ェよ!! 宰相を一撃で倒しちまうなんて!! お前を仲間にして本当に良かったぜ!」
酒に顔を真っ赤にし、高笑いして、アルスはソロの背中をバンバン叩いた。
「本当に、ソロさんは頼りになりますわぁ」
シエナも両手でしっとりと酒に浸りながらソロを褒める。
ダイガも力強く、うんうん、と頷いた。
称賛の声を四方八方から浴びるソロは、照れたように頬を赤くした。
「今日はもう祝宴だぁ! バンバン飲むぞー!!」
祝宴は真夜中まで続き、その興奮と勢いが最盛期に達した頃であった。
「ソロさん、ちょっと良いですか?」
眠りにつきそうなソロに声をかけたのはミーニャだった。
ソロは目を擦ると、ミーニャは話を続けた。
「ここで話すのはマズいですね。屋敷の外に行きましょう」
屋内の声がくぐもった様に聞こえる、夜の世界に出ると、大きな月が、建物から出て来た二人を照らしていた。
ミーニャは建物の入り口から離れた場所まで来ると、辺りに人がいないことを確認し、ソロに静かに言った。
「ソロさん、今まで何度もお話ようと思ったことがあるのですが、この場をお借りして、お話したいと思います」
嫌な前振りだった。
ミーニャが真剣な表情を浮かべると、ソロは心の底で、悪い話が来る、と覚悟した。
そしてそれは、その通りだった。
「申し訳ないのですが、単刀直入に言うと、貴方に仲間を抜けて頂きたいのです」
恐れていた言葉だった。
その言葉に、ソロは言葉を失い、「え」という声だけが漏れた。
「昨今のご活躍ぶりは見事であることは、近くで見ていた私も熟知しています。ですが、貴方が私達と一緒にいる事で、皆を危険に巻き込んでしまう可能性があるのです」
何で……?
言葉には出なかったが、きっとそういう顔をしていたのだろう。
ミーニャは、答えるように話を続けた。
「貴方はとてもお強い。最強の冒険者であることは恐らく間違いないでしょう。しかし、今のアルスさん達は、貴方に頼り過ぎてしまっている節がある。そう感じませんか?」
思い返してみれば、そう思うことは多くある。
強敵に立ち向かう時は、ソロ自身が先陣をきり、瞬く間に相手を撃破してしまっていた。
僧侶に回れば、シエナさんの仕事はなくなった。
それは戦士や魔法使いに回った時も同じだった。
「そうかも……ね」
ソロが少し俯き言うと、ミーニャは表情を変えずに話した。
「恐らくこの先も、アルスさん達はソロさんに頼り、次第には頼りきりの状態になってしまうでしょう。そうなれば、アルスさん達の成長はそれ以上見込むことができません。この世界を救うためには、貴方だけではなく、皆が力を合わせ、一丸となっていく必要があるのです」
「…………」
しばらくの沈黙後、ソロは消えそうな声で言った。
「ボクがこのままパーティにいれば、皆はボクに頼り切りになる。けど、ボクが仲間を抜ければ、そうなることは避けられる……」
その言葉に、ミーニャは静かに頷いた。
頷いて欲しくなかった。
そして、その言葉も、聞きたくなかった。
ミーニャは、ソロの両肩に手をそっと添え、
「貴方はこの世界に並ぶ者のない強さを持っています。しかし、貴方の最強は、人々を光へ導くものではなく、堕落させ、闇へと導いてしまう、そんな最強なのです。仲間を抜ける事はアルスさん達だけの為ではありません。貴方にはきっと世界を救うよりも、もっと他に道があるはずです。残念ですが、分かって下さい。これは貴方の為でもあるのです」
「ボクの……ため……?」
景色が白に包まれていき、再び目を開いた時には、バァッとバネのように上半身を起こした時だった。
息が上がっている。
寝汗もかいていた。
辺りを見渡すと、そこは昨夜から泊っている宿の一室だった。
「うなされておったの」
毛布をまき、ソファにもたれて眠っていた幼女が、ソロを見ながら言うと、ソロは額の汗をぬぐった。
「嫌な夢を見た。とっても嫌な……」
「そうか」
幼女が言うと、ソロは再び枕にうずくまり、独り言のように言った。
「今度は良い夢を見れると良いな……」




