夜桜の中のソロ1
夜の闇の中、桜の花びらが淡い光を放ちながら、パラパラと宙を蝶の群れのように舞っている。
地面には白い雪の上に、桃色の雪が重なるように広がっていた。
無数に不規則に並ぶ桜の中に、雪をかき分けられてできた一本の道が走っている。
柔らかい雪を踏みしめる音を鳴らしながら、2人の少女が歩いていた。
1人は15,6歳ほどの容姿で、日に照らせレた海のように薄い蒼色の髪をしている。
すぐ後ろを歩くもう1人は、少女というよりも幼女という姿で、ぶかぶかの魔法法衣なものを身に付け、その手は袖に隠れて見えない。
「ぶぇっくしょんっ!!」
幼女が豪快にくしゃみをし、鼻水を垂れると、先頭を歩く少女は振り返り言った。
「大丈夫ですか、先生?」
先生と呼ばれた幼女は、袖で鼻を拭うも、まだ鼻の詰まった声で返す。
「大丈夫なものか。わしは寒いのは苦手なんじゃ」
幼女は腕で身体を包む様に身を震わせ言う。
しかし、実際はそう言うほどの寒さではない。
雪も降っていなければ風もなかった。
肌寒さはあるものの、防寒用の旅人服でなくても、十分に歩くことはできる。
「このままじゃ、凍え死んでしまうわい」
歯をガチガチ言わせながら幼女が言うと、先頭の少女は呆れたように微笑んだ。
「まったく。先生は大袈裟なんですから」
「……おんぶ」
後ろか聞こえた声に、少女は思わず聞き返すように声を漏らした。
すると、幼女は駄々をこねるようにもう一度言った。
「もう足が痛い、疲れた! おんぶじゃあ! おんぶしてくれぇ!」
幼女が雪の上でどたどた暴れ、駄々をこね始めると、少女は「もはやこれは手に負えない」と思い、ため息をついた。
「分かりました。その代わり、ボクの荷物を先生背負ってください。そうしないとおんぶできないので」
少女がそう言うと、幼女の顔は太陽のようにパァーっと明るくなり、うんうんと頷いた。
「そんなことはお安い御用じゃ! ソロ、さぁ、早くおんぶしておくれ!」
「はいはい」
ソロと呼ばれた少女は一度荷物を下ろすと、幼女はそれをせっせと担ぐ。
ソロが膝を折り曲げて屈むと、幼女は差し出された背にポンと飛び込む様に乗った。
よいしょっ、とソロは先生を担ぎ上げると、再びその足を歩ませ始めた。
桜の咲き誇る雪の道を歩きながら、少女はふと並ぶ桜の木々を眺めた。
砂を散りばめられたような星々が浮かぶ闇の中で、月光を反射し、光の木のように整然と立ち誇るその姿は、息を呑むほどに美しい。
辺りには雪の代わりに桜の花びらが舞い、まるで異世界にでも迷い込んでしまったかのように思わせるほど、幻想的な光景だった。
「綺麗ですね」
白い息と共にソロが言うと、後ろの顔がぬくっと桜を覗き、静かに返した。
「あぁ、綺麗じゃ」
「雪桜を見たのは初めてです」
「おお? そうじゃったか。それは良い経験をしたのぉ」
「先生は、何度もご覧になられているのですか?」
ソロが訊くと、先生はゆっくり頷き言った。
「あぁ、こうも長く生きていると見飽きる程に見て来たわい。最初に見た時は、それはそれはとても美しく、思わず立ち止まり、時を忘れるほどに見ていたものじゃ。仲間と共に桜の下で酒を酌み交わす事もあった。恋した者が先に老いて天上へ旅立った後も、桜に随分慰められたものじゃ」
幼女が昔を懐かしむ様に言うと、ソロは微笑み言った。
「思い出の木なんですね」
ソロが言うと、幼女も穏やかな表情で桜を見つめ言う。
「見飽きる程には見てきたが、どれ一つとして同じ桜を見たことはない。一人で見る時はその心情に浸り、仲間と見る時はそこでしか味わえない楽しさに浸り、別れた者との時を偲ぶ時は遠い過去に浸る。見る者のその時々で桜は幾度となく姿を変え映るものじゃ」
「じゃから、ここで見る桜も初めての桜じゃよ。お主と二人で見た、雪桜じゃ」
後ろから、桜の舞う夜に溶けて行きそうな声が聞こえると、ソロは何だか嬉しくなり、優しい微笑を浮かべた。
桜の雪道をしばらく歩いて行くと、ソロは二つに分かれている道で足を止めた。
雪の被ったその看板には赤字で「女」青字で「男」と左右に矢印を添えて示されている。
ソロは不思議に思ったが、そのまま左側に伸びる道へ足を進めた。
同じような景色が続く中、背中の幼女は疲れていたのか無邪気な寝顔を見せ、静かに眠っていた。
雪に足の沈む音だけが、桜の道に聞こえている。
その道の先に、霧のようなものが見えると、ソロは再び足を止めた。
それが霧ではなく、湯気である事に気づくと、ソロは声を上げた。
「温泉だ……!」
すると、ソロに気が付いたのか、奥から一人の女性が駆けて来た。
紺色の着物を身に付け、藁でできた雪靴を履いた女性は近くまで来ると、気前の良さそうな顔を浮かべ、丁寧な口調で言った。
「いらっしゃいませ。我が旅館へようこそいらっしゃいました!」
「え? 旅館!?」
ソロが驚き目を丸くすると、その声に背中の幼女も目を覚ます。
女性は得意そうな顔でうんうんと頷いた。
「はい。ここは私達自慢の旅館でございます。お客様が旅の疲れをしっかりと癒せるよう、先にこちらで温泉に入って頂き、奥の旅館に泊まって頂くというのが、我が宿のプロセスにございます」
女性の後ろの温泉を見ると、岩で仕切られ、大岩から湯が小滝となって湧き出ている、本格的な温泉があった。
ソロは、マズイと思いすぐに財布を取り出し、恐る恐る訊ねた。
「あの……、今ボクそんなにお金を持っていなくて。宿泊費のほうはどれくらいになりますか……?」
「あっはっは。心配はいりません! こんな所まで遥々来て下さった久々のお客さんです。宿泊費のほうは銅貨1枚で結構です。どうぞ、この夜桜をぜひ楽しんで行って下さいませ!」
銅貨1枚という安さにソロは驚きつつも、すぐに宿泊をすることに決めた。
女性は銅貨1枚を受け取ると、ソロ達に温泉を早速勧めた。
ソロが周りを気にしている様子でいると、女性は微笑み、
「心配はございません。他にお客様はおられませんし、殿方の湯は真反対の方にありますゆえ」
その言葉に、先程の分かれ道を思い出すと、ソロは安心し、温泉に浸かった。




