ソロと赤の大地7
【門】を通過すると、ソロはその地に1歩足を踏み入れた。
地盤は【門】を通る前の足場の悪い砂上地形と異なり、しっかりとしている。足元の土塊を掴み、少し力を加えると、ボロボロと崩れた。鉄分を多く含んでいる土だ。酸化の進んだ土で固められた大地は、まさにその名に相応しい色を帯びていた。
アルス達も、見慣れない景色に見入る様にゆっくりと辺りを眺めた。
青空の向こうでは、大地から土の表面を覆う砂が舞い上がり、赤色の煙が所々に見える。その他に目立って見えるものは、テーブルのような卓上丘陵や台地、そしてゴロゴロと転がった硬岩くらいで、植物の緑は一切見えない。
一望すれば、色は空の青と大地の赤のみが視界を支配した。
砂漠トカゲや蠍のような生き物の姿も全く見当たらない。
風音だけが大地を駆け巡り、どこか神秘的な、そして畏怖に近しい感情を思わず抱いてしまう、そんな場所だった。
あれほど暑苦しいと感じていた熱気も、気が付けば気にならないものになっていた。
この大地の雰囲気にあてられたせいか、それとも単に身体がこの環境に慣れてしまったのか。
しかし、その感覚を取り戻すのは間もなくだった。
ティアラに連られていくままに、赤に覆われた地面を歩いて行くと、再び忘れていたあの煩わしい暑さが戻って来る。
だが、その熱気は日照りと砂漠地帯という特有の環境から来るものではないと気が付くと、アルスはティアラの行く道の先に見えたものに、目を見開いた。
「おいおい、マジかよ」
前方に見える、大きな赤い穴。地面に開かれたその穴の周辺の空間は、その熱気によって歪められていた。
赤というのも、大地の土の色のような視覚的なものにとどまらず、全身を通してそれを実感できるものだった。
褐色の大地に大きく開いた穴は、まるで噴火口のように煮えたぎり、ドロドロとした溶けた土が、蟻地獄のように中心に向かってゆっくりと沈んでいた。
「火山か?」
ダイガが言うと、その穴の前で足を止めたティアラが振り返り言った。
「いいえ、火山ではありませんわ。これは、"地獄の口"です」
その単語を聞くと、ミーニャは思わず驚き、その語を繰り返した。
「ミーニャ、知ってるの?」
ソロが訊くと、ミーニャは軽く頷いた。
「詳しいことは分かりませんが、伝説と云われるものです。この世界のどこかに、現世で罪を犯した者達が裁きによって墜とされる罰の世界――地獄と呼ばれる世界に通じる道がある、と聞いたことがあります」
「じゃあ、これが……」
シエナも「何ということでしょう……」と息を呑む。
恐らく大臣達も知らなかったのだろう。唾を呑み込み、恐れを成したように立ち尽くす姿の中、威風堂々と立ちながら、ティアラは話を続けた。
「遥か遠い時代。人は、その業に従うままに生きることで、神々の怒り買ったと云われています。神々の怒りを鎮めようにも、荒れ狂う神々の憤怒に、それは叶わず、人々は聖霊の力を借りて、神々の怒りを大地に封じ込めたのです。
その大地こそが、この赤の大地。そして、今の時代もなお、荒れ渡る海のように地中を渦巻く神々の怒りを鎮めることこそが、このベラーノ王国の真の役割だと、お父様からよく聞かされました」
「あれを」とティアラが求めるように言うと、1人の兵士がティアラに歩み寄り、手に大切に抱えたそれを跪き、差し出した。
絵文字のような紋様の彩られた銀製の水差し。
それを手に取ると、ティアラは一礼をし、地獄の火口の前に立つ。
「"古の時代より、荒ぶる神々の怒りよ。我、人の子にしてその罪を負いし者なり。我等の罪許し難しもののことをよく心得、今ここに先の世もその身を清するが為に生きんことを誓う。これ決して赦し請うことにあらず。その怒りを鎮め、我等の清算をどうか見届け賜え"」
ティアラはもう一度一礼をすると、そっと水差しの中に入った水を、その煮える火口にゆっくりと注いだ。
澄んだ水が火口に注がれると、その光景に思わず一団から声が漏れた。
穴に溢れていた溶岩が、徐々に地下へ地下へと沈んでいき、水差しの水が全て注がれる頃には、その穴は赤い火口から闇の世界へと繋がる空洞と化した。
「姫様、これは……」
儀式の一式を終え、姫に水差しを手渡された大臣が、その光景に訊ねると、姫は穴を見つめ答えた。
「この水差しは神々の怒りを鎮めるため、聖霊様から授かった物と云われています。煮えたぎるあの溶岩こそ、怒れる神々の憤怒なのでしょう。しかし、怒りを鎮める事ができるのは一時だけ。直にあの溶岩は再び溢れ、元の状態に戻ります」
「そうなのですか……」
大臣が肩を落とすように言うと、ティアラは微笑んだ。
「しかし、また新たにベラーノ王国の王が決まれば、その者が水をくべ、神々の怒りは再び鎮められます。そのようにして、お父様も、祖父様も、長い時代に渡り繰り返してきたのですわ。だから心配はありません。きっとこの先も、この儀式は繰り返され、そしていつの日にか、神の赦しが下された時、この地獄の口は閉じられるのですから」
その言葉に、大臣も曇らせていた顔に微笑を浮かべると、ティアラは、
「さぁ、国に戻りましょう。戴冠式を経て、ようやく正式に王になることができます――」
ティアラが大臣から視線を移し、後退しようと足を踏み出した時だった。
その異変に誰よりも先に気が付いたソロは、大きなヒステリック声で姫を叫び、その者よりも先に飛び出すと、姫の盾になるように、その体当たりを受けた。
その勢いに、ソロと姫は覆いかぶさるように後ろの巨大な穴に呑み込まれるように落ちる。
一体何が起こったのかを理解するよりも前に、仲間の少女が落ちる姿に思わず身体が飛び出していた。
ソロに続き、アルスはその少女を追うように穴の中に飛び込むと、ようやく硬直が解けた様に、ミーニャがアルスとソロの名前を叫んだ。
しかし、状況を理解できたのは、ダイガとミーニャ、そしてシエナだけだった。
大臣と兵士たちは、挙動不審に目を動かし、ある者は、キョロキョロと周りの兵士たちを見渡す。
「し……司教様……?」
グーケンがようやく声に音を乗せると、司教は穴の底を見つめ、
「ク……クハッ……クハハハハ……クヒャヒャヒャヒャ!!!! あーっひゃhっひゃっひゃhhyひゃ!!!!」
額に腕をつき、人間ならざる高らかな笑い声を上げると、腰を抜かした大臣を支えるシエナの前に、ダイガは背負った戦斧を抜いた。
「貴様、一体何者だ」
ダイガが訊ねると、司教は首をねじる様にして振り返る。
その瞳は上下に動き定まらず、裂けるような口からは尖った舌が垂れた。
「わたし、わたくしですか? くひゃ! 良いでしょう、教えて差し上げます。私は、我々の神の代行者にして我等が世界の王たるセア様の使い、魔司教カルネージです!」
「クソッ、セアの使いか」
ダイガが舌打ちすると、魔司教はギュルンと振り返り、ゴキンと折れるように首を傾げた。
「姫を始末し、ベラーノ王家が途絶えてしまえば、赤の大地は神々の怒りに溢れ、やがては世界に業火災厄を振りまくことでしょう。それに加え、勇者アルスを殺せたとあらば、わたくしはセア様の右腕。さてさて皆さん、貴方達もわたくしの手で地獄に葬ってさしあげましょうぞ」
いつも読んで下さりありがとうございます!
なんと今話で【100話】突破になります!!><
ここまで執筆できたのも、読んで下さる皆様のお蔭です! もう、なんと感謝申し上げて良いやらTT
これからも、頑張って執筆を続けて行きますので、どうかよろしくお願いします!




