四章「天才ピッチャーと天然スラッガー」
時間さかのぼって小学校時代です。
あれ、主人公変わってね? まあいいか。
常南小学校6年2組の教室にて、生徒が真っ二つに分かれてにらみ合っていた。
男子と女子、お互いに主張を譲るわけにはいかない。
黒板には『最後のお楽しみ会 何をするかみんなで決めましょう!』 と、書かれている。
「絶対にドッヂがいいって!」
男子の一人が言う。
「何でお楽しみ会でドッヂボールやるのよ! 休み時間にやればいいでしょ」
女子の一人が反論。後ろで他の女子がそうよそうよ、と同意している。
「休み時間じゃ、時間短いし一面しか使えねーじゃん。クラスを8チームくらいにわけてさ、トーナメントでやるんだよ。優勝チームには豪華賞品あり! どうよ。おもしろそーだろ?」
おおっ、と他の男子が盛り上がる。
「バッカみたい。男子だけでやれば? お楽しみ会はゲームとか劇とか、そういうのをやるものよ」
女子がコドモな男子をバカにする。
「そんなの誰がきめたんだよー」
「常識よ、常識。だいいち、雨だったらどうするのよ」
「ウテンジュンエン」
「話にならない!」
「何をするかは、みんなで話し合って決めましょう」
小学六年生、最後のお楽しみ会の内容をきめようと担任の教師は言い、話し合いを通じて相手に自分の意見を伝えるにはどうしたら良いか学びましょう、相手の意見を聞けるようになりましょう……などと教育上のなんやかんやを述べて、じゃあ先生は席を外すからみんなで話し合って決めてご覧、と子供たちだけにしたらこうなったのだ。
「じゃあ、勝負だ! 男子対女子で、勝った方の意見にしようぜ」
「ダメよそんなの! 男子の方が有利に決まってるじゃない」
「なんでだよ! そんなのわかんねーじゃんか」
「わかるわよ! 男の方が力も強いし……」
女子の意見に、男子は反論する。
「山田は、俺らより力強いぞ?」
女子の集団の、後ろの方で興味なさそうにしていた山田薫子は、急に自分に話が振られて驚いた。
「な、なんだよ。アタシがどうしたって」
男子の一人がからかうように言う。
「山田が出てきたら、俺たちは何やっても負けるぞ。すもうでも、ドッヂでも……山田のタマなんか、とれねーもん」
「山田さんは野球部のエースだもんね」
「いや、野球少年団だけど。それにアタシ、キャッチャーだし」
でもさ、と女子の一人が言った。
「男子にも、エースがいるじゃない」
その声で、同じく後方でおとなしくしていた男子に注目が集まった。
「え、俺?」
「山下は、スゲーんだよな。将来はプロになるんじゃないかって、父ちゃん言ってたぞ」
その少年、山下 塁希は面倒そうに手をふる。
「いや、そんなのわかんねーよ。 ……まあ、T高校の人が試合見に来たことはあるけど」
と、関西の強豪高校の名を挙げる。
「T高って、何度も甲子園出てるとこじゃん! スゲー」
野球好きの男子が反応する。
「まあ、俺がやってるのは硬式だから。少年野球とは、ちょっとレベルが違うっていうか」
内心の優越感が表に出てしまった意見を、少年野球女子が聞きとがめた。
「ああ? なんだ山下。軟式バカにしてんのか」
男子も含めたクラスの中で、一番背の高い山田薫子が言う。
「別に。ただの事実じゃね?」
二番目に背の高い山下塁希はひるまずに返した。
「……上等だ。この勝負、アタシが受けた」
完全に座った目でそう言った。
「え? ちょ、ちょっと山田さん……?」
「さっきの勝負、アタシが山下のタマ打てるかどうかで決めればいいだろ」
言われた彼は、余裕のある笑いを浮かべた。
「山田、言っとくけど俺はジュニア・スーパーノヴァのエースナンバー付けてんだぞ? 常南野球少年団なんて、地区大会も勝ち抜けないチームじゃんか。悪いけど相手に」
「逃げんのか」
山田は完全に勝負モードだ。
「なに?」
「逃げんのか、って聞いてんだよ。じゃあ女子の不戦勝って事でいいんだな」
あからさまな挑発に山下は顔色を変える。完全に、他のクラスメイトたちは口を挟めない雰囲気になっている。
「わかった、そんなに三振したいなら投げてやるよ。一球でも前に飛んだら女子の勝ちでいい」
その言葉に彼女は首を横に振る。
「ヒットだ」
「なに?」
「内野越えのヒット性の当たりが出たらアタシの勝ち。勝負は1打席でいい」
「……よし、あとで泣いても知らねえからな」
「泣くのはどっちか、まだわかんねえぞ」
にらみ合う二人。もはやお楽しみ会どころではなくなっているところへ、担任の教師が戻ってきた。
「はーい、どうかなみんな。ちゃんと話し合って決めれた?」
脳天気に教壇に立った教師(29才女性、独身)は、生徒たちを見回した。
何でみんな立ち上がって、きれいにふたつに分かれてるんだろう、と思いながら。
生徒の一人が手をあげる。
「あのー、先生。何をするかを決めるのに野球で対決することだけ、決まりました」
「はい?」
生徒の自主性を重視する、という方針を貫くべく、担任教師は学校から放課後の校庭使用許可を取った。
そして、お楽しみ会に何をやるのか決定権をかけた、硬式野球チームのエースピッチャーと、野球少年団の4番バッターの対決の火蓋が切っておとされた!
入念に肩慣らしをする山下。相手をするのは隣のクラスの硬式野球のチームメイトである。
勝負に本気、というよりも普段使っていない軟式球なので指の感覚が違うのと、重さが軽いので腕を振り過ぎないように調整するためである。
「オッケー、いいんじゃね?」
投球練習を終え、普段は外野を守っているチームメイトが駆け寄ってくる。
「サンキュ。悪いな、関係ないのに付き合ってもらって」
6年2組には野球をやっている生徒が他に居なかったのだ。
「いいけどさ。油断しねー方がいいっぽいよ。あの山田って女、すげーホームランバッターらしいぜ」
少し声を潜めるようにして、離れたところで素振りをしている薫子の方を見る。下半身が安定した、きれいな軌道でバットが振られている。
「……口だけじゃないな。すげえ音、してるし」
バットの空を切る音がここまではっきり聞こえる。スイングスピードも小学生離れしている。
「リードはしねえから、好きに投げてくれな? ……まあ、さすがに塁希のタマは打てねえって」
キャッチャー用の防具を付けに行くチームメイト。
「……当たり前だろ」
口には出さないが、山下塁希は本気でプロを目指しているのだ。2年生から県内最強の硬式チームに入って厳しい練習に耐え、エースとして活躍してきた。すでに強豪高校のスカウトマンが親に挨拶に来ている。
少年野球の選手、しかも女子なんかに負けるわけにはいかない。
そして、校庭の一角を貸し切っての一打席勝負が始まった。
6年2組の生徒はもとより、話を聞いた他のクラスや下の学年の生徒たちまで集まって、結構な数のギャラリーとなってしまった。
審判には、どこで聞きつけたのか少年野球のコーチが駆けつけた。平日の夕方にご苦労なことである。
「山田、がんばれよ。常南の意地みせてやれ」
審判の防具をつけたコーチ(46才、建設会社経営)が言う。
「うっす。任してください」
ヘルメットをかぶり、普段着のまま薫子はバッターボックスに入る。
マウンドで足場をならす山下も普段着のままだが、足元は野球用のトレーニングシューズを履いている。
「プレイ!」
審判のコール。ギャラリーから声援が飛ぶ。
……一応、慎重にいっとくか。
山下は振りかぶり、鋭くしなる右腕から白球を放った。
上から大きく振り下ろすオーバースロー。小学生離れしたスピードのストレートが内角に決まる。
「ストライーク!」
ギャラリーから声が上がる。
「危ないじゃない! 山下くんサイテー」
「ナイスボール!」
女子と男子で意見は反対。
胸元、内角へのストレート。ストライクゾーンギリギリではあるが、決して危険球ではない。
けど……まったく動じなかったな。
内心、驚いていた。かなり厳しいところへ速球を投げ込んでいるのに、薫子はよけようともしなかったのだ。
ボールのスピードに反応できなかったわけではない。彼女の目は最後まで白球を追っていた。
つまり。
「見た上で、見逃したって事か。 ……でもな」
再びワインドアップ。
「振らなきゃ、打てねえぞ!」
ギィィィン。
金属バットが鈍い音をあげた。
2球続けて内角へストレート。バットの根っこに当たったボールは大きく後ろへ飛んだファール。キャッチャーがフライの行方を追おうとするのを山下は止めた。
確かに、いいバッターじゃんか。まさか同じクラスにこんな奴がいるなんて。
一瞬だけ迷ったが、3球勝負に決めた。ここでボール球を投げるなんて、硬式チームのプライドが許さない。
おおきく振りかぶって、第3球。
外角低め、ストライクゾーンいっぱい。打てるもんなら打ってみろ!
スピード、キレ、コントロール、すべてが完璧。しかしそのボールは澄んだ音を立てた金属バットによって弾き返され、はるか後方の南校舎三階にぶつかった。もう少しで校舎越えの特大ホームランだ。
一瞬の静寂の後、ギャラリーから歓声がわき起こった。
その後、山下塁希は硬式チームを退団し、野球推薦で来て欲しいと誘いを受けていた私立・開明学園への進学を決断した。
開明は中学高校一貫教育の進学校で、野球部にも力を入れている強豪校である。
専用グラウンドを三つ持ち、高等部は何度も甲子園出場経験がある。しかし中等部は軟式野球となるため、高校ほどのレベルの選手が集まっているわけではない。
彼がそこへ進学したのは、もちろん山田薫子と再戦するためである。なにしろ相手は女子、中学までしか公式戦には出られない。公立の常南中学へ進んだ薫子とは、春、夏、秋の大会の地区予選で対決する可能性がある。
その望みは中学一年の秋に叶った。
一年生のみが参加する『一年生大会』を前に、開明と常南中学の練習試合が組まれたのだ。
場所は、常南中校庭。予想通り薫子はスタメン出場。4番キャッチャーだった。
予想と違ったのは、選手全員が女子だったことだ。しかも野球部員は4人だけで、あとは他の運動部員が試合だけの応援で出場しているのだという。
「まあ、いいさ。どうせ敵は山田だけだ」
試合前のキャッチボールをしている彼女を見る。小学校の時よりも背が伸びているようだ。自分も中学に入ってから伸びているので、多分同じくらいだろう。
今度こそ、本当の勝負だ。
そして試合開始。一回の表は気合が入りすぎのピッチングで三者連続三球三振。
一番、二番は話にならない。三番に入っていた大人っぽい女子は結構いいスイングをしていたが、今日の山下は、バットに当てることすら許さなかった。
あっという間に攻守交替し、常南のベンチで派手な緑のジャージを着て「なんだお前ら、もっとこんじょーだせー」とか何とかわめいているちびっ子は誰だろう、などと思ううちに一回の裏。
常南のピッチャーは背の高い左投げの女子。体の柔らかさとリーチの長さを活かしたキレのあるボールを投げるピッチャーで、開明打線を二点で抑えた。
……へえ、結構いいピッチャーじゃんか。薫子のリードも基本を押さえつつ強気に攻める配球で、打線の勢いを断ち切ろうとするのが伝わってきた。
さあ、やっとだ。やっと借りを返せる。
父親や、硬式チームの監督やコーチ、みんなに反対されながら軟式野球部に入り、一年からピッチャーの先発ローテーションに入った。2年からはエースナンバー確定だろう。だが、そんな事よりも山下塁希はただ、山田薫子に勝ちたかったのだ。中学時代を逃したら公式戦で戦うことができなくなる女子選手には今しかないのだ、リベンジのチャンスは。
バッターボックスに入った薫子はあの時と同じ、力の抜けた自然体のフォームでバットを構えた。
俺はあの時と違うぞ。山下はグローブの中で軟式球を握り締めた。
「プレイ!」
ワインドアップから1球目。
内角、ボールコースからストライクゾーンギリギリに切れ込むスライダー。全力の勝負球だ。
果たして審判がストライクとジャッジできるか微妙だが、次の球への布石としても有効になる……。 彼女が見逃すと思って投げたボールだった。さすがに身体をのけぞらせてよけるだろう。でもな、ちゃんとストライクコースに行くんだよ……!
きぃぃぃぃん。
澄んだ金属バットの音色。
うまく折りたたんだ腕でコンパクトに出したバットが球を捉え、そこから右腕で押し込んでいく。きゅうくつな姿勢から振り切ったスイングは、白球を常南中学の校舎にライナーで叩きつけた。
三塁審の腕が上がり、ぐるぐると回される。特大のホームランだ。
「う……嘘だろ……」
マウンド上の山下は信じられなかった。自分の投げたボールは完璧だった。硬式の全国レベルの選手だって、簡単には打てないはずだ。それを、あんなに軽々と……
打った薫子は軽い足取りでベースをまわってホームへ。よっしゃまず1点、などと言っている。
「タイム!」
開明ベンチから監督が出てきた。
そのままマウンドへ。山下の目を見て、一言だけ「交代だ」と告げた。
……その後、ピッチャーが交代し、試合は5回まで行なって開明のコールド勝ち。
山田の打席はあっさりと敬遠されてしまった。
次こそは絶対に負けない。二年生になり、エースとしてチームの主軸を務めるようになった山下は心に誓っていた。
しかしそれ以降練習試合が組まれることはなく、どの大会でもベスト4まで確実に進む開明と、いつも一回戦負けの常南とは公式戦での対戦もなかった。
そして、中学二年の五月。
夏の大会。常南と早く当たって欲しい。できれば一回戦でと切実に思う山下であった。
彼の願いが天に通じたのか。
それとも。見た目は小学生にしか見えない中学校教師の運の悪さか。
「常南中学校、Fブロック第一試合。対戦相手は、開明学園中等部」
……やっちまったぁぁぁぁぁぁぁ!
富士川あずきは、夏の大会の組み合わせを抽選会場の某公立中学校の体育館で、魂の叫び声をあげていた。
今年こそは、何とか一回戦突破の悲願を達成したかったのに!
よりにもよって、開明?
まじありえねー。夢? 夢なんじゃねえの?
現実逃避を始めたちびっこ先生の願いは届かず、市立常南中学校野球部の、夏の大会初戦の相手は県内最強の、私立開明学園と決まった。
なんか、急に野球小説っぽくなってきました。
と、自分では勝手に思ってます。
いかんいかん。まともな野球小説書くつもりなんかないのに……。




