6-1「いつもと変わらぬ日常」
早朝に行われる礼拝の時間を知らせる教会の鐘をぼんやり聞きながら、目を覚ました。
アズエルとホーンラビット狩りに行って例の大虐殺を目撃してから、かれこれ数日が経つ。
目撃した当日、更にその翌日までショックを引きずり夜にうなされるような事もあった俺だが、それもようやく落ち着いた。その証拠に、今日の目覚めは嫌な汗はかいていないし、シーツも必要以上に乱れていない。――――とは言え、比較的朝に弱い元々の性根までは変わらず、頭は未だボーっとしている気がするが…。
二度寝しようか――、起きようか――。
そんな事をぼんやり考えつつも心の天秤が二度寝に傾きかけた時、部屋のドアが叩かれた。
「ふぇ!? はいぃ!?」
タイミング的な問題からくる驚きのあまり、慌てて返した返事は見事なまでに裏返っていた。
もう完全に目を覚ましてベットから身を起こしつつ、朝っぱらから変な声を出し「やっちまった」と軽く頭を抱える。鏡を見るまでもなく、おそらく今の俺の顔は恥ずかしさで顔が赤くなっていると思う。
「起きてるか!? メシ出来てるってさ!」
この声はアリーチェさんか。まぁ遠慮のない雑なノックの仕方で、大体の予想は付いてたっちゃ付いてたけどね。マスターのクラリスさんならもっと叩き方が優しいし。どのくらい違うかと言うと、コンコンとガンガンくらいには違う。どっちがどっちかは言うまでもない。
「何だったらアレで忙しいから遅くなりそうってクラさんに伝えとこうか?」
ドアの向こうでニヤニヤしている同居人の姿が容易に想像が付く――――ってかアレって何だよ!?
「着替えたらすぐ行くよ!?」
「もうナニは終わった、と?」
「朝っぱらからアレだナニだのうるせぇよ!?」
「はははっ! まぁんな事、どうでもいいや。じゃあねぇ!」
一方的にからかって、唐突に去りやがった!?
まったく、あの人は…。基本、いい加減で適当だからな。あれで冒険者としての実力はC級だと言うのだから――――アレで? いや、むしろアレだから、か? よくよく考えたら、彼女が依頼に出てる所を見た事がないな。……まぁいいか、困るの俺じゃないし。
そんな、どうでも良い事を考えながら俺は身支度に取り掛かった。
◆
今日も今日とて、とりあえずギルドに顔を出す。
時間的にもう各自目ぼしい依頼を取り終え、大半は仕事に向かったであろう時間帯。ギルドのホールは、比較的静かな雰囲気に包まれていた。
さて、ギルドに来たからには依頼を受けるつもりだが、(最後にあんな事があったとは言え)わざわざアズエルにスキルを利用した戦い方を指南して貰ったとは言え、討伐依頼を受けるつもりはまだない。いずれは何かしら討伐関係の依頼も受けてみるつもりではいるけど、少なくとも今日探すつもりの依頼は相変わらず雑務関係を予定している。むしろ、この先も雑務関係の依頼を中心にしつつ、時たま討伐や採取を受けるくらいの頻度で行こうかと思っている。
やはり命あっての物種って言うし、身の丈に合った生き方と言うのは重要だと思うわけで。よくラノベなんかでは異世界に渡ってすごいチートを貰った一般人が魔物相手に無双して俺TUEEEしている作品は最近特に見かけるし、それはそれで結構好きだったりするんだけど、俺自身がそれに該当するわけじゃないしね。異世界人で、スキルは貰ってるけど……ねぇ? 相手の自滅待ちで俺TUEEE出来たら苦労しないわけで、そもそも俺に日々魔物との血肉湧く戦いなんて出来るメンタルはない。アズエルの指導で必要とあれば魔物とも戦える――――気構えくらいは(多分)出来たと思うけど、それとこれとは話が別である。流石に狩りをメインに据えた生き方は、俺には厳しいと思う。
と、まぁ誰に言うでもない言い訳が長くなったが、とにかく今日の依頼である。
ここは相変わらず人気がないのか、依頼がより取り見取りな状態で残されている。ここをメインに据えている俺にとっては選び放題で楽な限りだけどさ。
『雨季が来る前に用水路に溜った土砂を除去して下さい』『製品の配達を頼む』『開墾地にある岩の除去依頼』『老木の伐採作業に人手が欲しい』『護身術を教えてくれ』『庭に花壇を作って下さいな』『店番と子守りをお願いします』『工房の雑用を引き受けてくれ』etc.
ざっと見ただけでも、いろいろある。数日前から張りっぱなしになっている依頼もあれば、新規で張られた依頼もあるようだ。――――って、よく見たら『庭に花壇を作って下さいな』って依頼者クラリスさんじゃん!? いろいろ良くして貰ってるし、相談してくれれば依頼関係なく花壇作りくらい何時でも手を貸すのに。これに関しては、後でクラリスさんに相談してみよう。
「おや? おはようございます、ハセさん」
そんな感じで依頼を物色していると、後ろから声が掛けられる。振り返ると、そこに居たのは見覚えのある穏やかな雰囲気を持った初老の男性――ギルドの調整事務員ジェロームさんの姿が。
「ん? あぁ、ジェロームさんでしたか。おはようございます」
「本日も雑用依頼を受けて頂けるのですか?」
「はい。むしろ、こっちをメインにしようかなぁ、なんて思ってたり」
「ふふ。冒険者にしてはなかなか珍しいお方ですね。野ネズミの名は伊達じゃない、と言った所でしょうか」
「やっぱ、変わってますかね?」
「いや、失敬。別段バカにしたり、悪い意味ではありませんよ。どうしても賃金の関係で人気がない分、それをメインに引き受けて貰えるのは私どもとしても助かります」
「雑用って時点で下に見てそうですしね、大抵の人達は。まぁライバルがほとんど居ない分、ある意味で俺は助かります。その、野ネズミ的にも、ね」
「冒険者が皆、あなたのような方なら良かったのですがね」
「いやいや、皆が皆、俺と同じになったら今度は他の依頼を受ける人が居なくなりますよ!? こんな変わり者は1人居るくらいで丁度良いんですよ」
「そう言いますが、私はあなたは十分に立派だと思いますよ」
「なんか、そう言われると妙に照れますね。俺としては、そんな言われる程の事してませんし」
「自分の行いは、案外自分では分からないものですよ。さて、これ以上、未来ある若者の邪魔をしたらいけませんね。年寄りはとっと退散するとしますか」
「邪魔なんてとんでもない。それに、ジェロームさんはまだまだ現役じゃないですか」
「ではその言葉を糧に、今日も外回りに行ってきますか。では、失礼」
いや~「自分の行いは、案外自分では分からないもの」って言葉、そっくりジェロームさんにお返したいね。自分では年寄りなんて言ってるけど、あの分ならまだまだ現役でギルド職員やってるだろ、あの人。パワフルと言うか、生涯現役を地で行く感じっていうか。
さてと、俺も負けずに依頼に励むとしますかね!
少しでも楽しんで頂ければ幸いですm(_ _)m




