2-10「救いの手」
「伏せて!」
誰も居ないと思っていた樹海の中に響いた声に、間抜けにも俺は「え?」と呆けて声の主を求めて視線を彷徨わせる。
そして、そんな悠長な事を曝した愚かな獲物に対し、《奴》が再度、牙を剥いたのもほとんど同じタイミングであった。
ガサガサガサ……
「えっ!?」
俺が顔を横に向けた時、あいつはもう巨大な咢を大きく開け、こちらに向かって跳躍している真っ最中!
大人と言えども高が人間1人など容易く噛み砕く処刑具が瞬く間に迫ってくる。
――あぁ、コレは死んだな…
「《ウィンドブロー》」
巨大なトラの化け物に噛み殺されると諦めた俺だったが、誰かの声が再び森に響いた直後に吹き荒れた謎の突風に突き飛ばされる。
結果、迫るクレイジータイガーの顎は眼前で空を捉え、しかしながら、後続して振られた前足の鋭い爪が俺の頬を僅かに裂いて終わる。
無防備に突き飛ばされた俺は、文字通り地面を転がる事となったが、またも辛うじて死神による死の誘いを躱す事に成功したようだ。
尤も、爪が掠った頬からは血が垂れて地味に痛いし、猛獣が飛び掛かってくる様といい、すぐ目の前でその猛獣の口がガチン! と閉じる様をまざまざと見せ付けられて肝が冷えた。
あまり大っぴらに言いたくないが、不覚にも少しちびってしまった――。
「グルルル…」
不機嫌そうに唸り声をあげるクレイジータイガー。
その鋭すぎる眼光は、獲物である俺を一瞥するや、それとは違った方角へと向けられる。
「燃して穿て、焔の螺旋、《フレイムランス》!」
オレンジが混じった朱色の閃光が、薄暗い森を照らす。
何が何だか分からず、置いてけぼりを喰らった俺には成り行きを見ている事しか出来ない。
そうこうしている内に、ドリル状に押し固められた炎がクレイジータイガー目掛けて飛来。着弾と同時に爆音が木霊する。
「うおっ!? 何だ!?」
心構えもなく比較的近距離で爆音に曝された俺は遅ればせながら両手で耳を塞ぐも、とうに手遅れ。
キーンという音ならざる音と疼痛以外、耳の機能が麻痺したような状態となる。
すると。
「・・・・。・・・!」
その人が何を言ったのか耳がバカになってる俺には聞き取れないが、手を掴まれ引っ張られれば流石に理解する。
話と大分違う難易度最高レベルの異世界転生で、ようやく差し伸べられた救いの手。
――――正直、ちょっとマジ泣きしそうになったのは内緒だ。




