これだから嫌なんだ
猫の魔王は梟の魔王にかみつく。梟はそれを嘲笑った。
「お主たち、ここで悠長なことをしていてもよいのか? 兎の魔王はもう死ぬぞ。拙者たちの作戦の所為でな。あはひゃ」
「なんだと」
何てことだ。
「鶏の魔王が、兎を狩りに行ったぞ。お主たちはどうにもできない」
猫の魔王は吠えた。
「ネココの計画を狂わせるわけには」
「計画か。計画なんてどうでもいいな。どうでもいいけど」
僕はゆっくりと立ち上がった。
「リリを死なせるわけにはいかない」
僕と秘密の共有をした兎。拳に力を込める。
「狐の魔王。お前のハウリングはマヒだ」
「そうだ。それがどうした! どうにもできんだろうが。いひひ」
「ああ僕にはどうにもできん」
間違いなく麻痺の病気だ。狐は。筋ジストロフィーか小児麻痺かそのあたりだろう。
ヒヨコが狐の魔王に迫る。
液体窒素を僕の歯車にかけて銃に取りつけ回転させる。物質を再構築し、そして。
「この歯車は完成していない。この歯車は未完成ぃ。それでも、ヒヨコはうち放つう」
「そんなことしてもお前は私に勝てん」
「ヒヨコ、完成させて! 早く!」
麻痺した猫の魔王が最後の力で飛び跳ねる。
「魔王なんかに言われたくは……ないぃ」
本当の気持ち。ヒヨコの。従順なフリをして本当は憎かった。魔王なんて。僕と一緒だ。
梟の魔王がヒヨコの服をずたずたにする。
「完成させることなくくたばれ」
ヒヨコは転がりながら小屋を飛び出していった。
「お前セクシーだな」
「師匠の下ネタにはもう付き合いませんからあ」
「馬鹿なことを言うな。生きて帰って来い」
「はいぃ」
ヒヨコが戻ってくるまで僕らは持つだろうか。全力で跳ねる。昔の歯車が激しく鳴いた。
それは悲しい音だった。いろんな人たちの思いの音だった。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
ヒヨコは森をひた走る。
父親を思い出す。
父は弱い人だった。
弱い人。病室に繋がれた春香を涙目で見つめていた。いつもめそめそ泣いていて大手術の日に、私がついに動けなくなった日に、泣きながら出て行って二度と来なかった。
もう一度会いたい。でももう、死んでしまったのかもしれない。
「あの人に会って、ヒヨは元気だって伝えたいよお。病気に負けてないって伝えたいよお」
ヒヨコは歯車を削り出す。必死に作り上げる。水の歯車を。
「師匠が私を引っ張ってくれるう。高い場所までつれて行ってくれるう。私はそんな師匠を助けたぃ」
ヒヨコは祈る。お祈りをする。
「誰か助けて」
一心不乱に祈る。その時、天から光が現れた。
水の雫。その一滴。
露は歯車を強化する。最強の形に。
「完全なる形。絶対零度の歯車」
ヒヨコはそれを装填した。
お兄ちゃんがいなくなった後、励ましてくれたのは師匠だった。
「僕は何もできないが、傍で何かを教えてあげることはできる。それだけだ。どうする? そんなことに意味はないがな。散ったものたちの前では」
嬉しかった。
あの言葉が大事だった。
ねえ、師匠。お兄ちゃんがいなくなる前。
あの時にこの歯車があったならみんなを守れただろうか。お兄ちゃんを守れただろうか?
あの時に。でも、それはもう昔の話だ。
「完成しました。対狐の魔王専用の歯車ですう」
心が軽い。私はもう一人で泣いたりしないぃ。戦う手段があるからもう草原にうずくまって泣くだけの子供じゃないぃ。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
僕は須賀大樹。僕の目の前で猫の王は体を捻った。伸びあがるように飛び上がる。
「フクロウの魔王も狐の魔王もリリの天敵だ。ここで倒しておかなければ、あの子が苦しむ」
「仲間意識か?」
「ネココを守るのに必要だ。それに旧知の仲だ。殺したくはない。きみたちの言葉ではそれを仲間意識というの?」
「そんな理由でか」
「リリはね。不器用なんだ。人間があんなに大好きな奴僕は知らないよ。守ってやりたいんだ。可愛いからね」
「そうか」
僕は、須賀大樹は昔の無の歯車を構えた。爆発するかもしれないと今まで封印してきたものだ。
今まで。僕は苦しみの中にいた。
僕の無の歯車は輝きを放った。
僕の歯車は願いの歯車だ。願いの輝き。思いの力。
「お前の鍵穴を探す。梟の魔王!」
回転しながら切り結ぶ。梟の魔王の伸びる爪をそぎ落とし、前に進む。梟の魔王の羽ばたきで、体中に衝撃がはしる。体が苦しいのも構わず前に走る。必死に走る。
届け。梟の魔王にツインダガーを伸ばす。届かない。
「殺られるか!」
フクロウの魔王の顔がゆがむ。梟の魔王は透明な液体を流す。こいつのウイルスがなんなのかわからないが倒せる。
昔の勘が揺らめいた。やれる。その時、狐の魔王が僕の背をえぐった。そうなっても僕は痛みを感じないし、死なない。
死なないが、目の前が真っ暗になった。どさりと倒れる。もう動けない。大事な部分をやられたのだろう。しばらく動けない。
僕をかばって猫の魔王が戦っているが一人では敵いなしないだろう。あいつは全身痺れているのだ。いくら回復が早くても無理なことだ。
猫の魔王。その性格はどこか過去のコダイ四十七を彷彿とさせる。懐かしさに薄い心が揺れた。僕は愚かだな。何もかもに肩入れするつもりか。本当に最悪だ。
「これだから嫌なんだ。戦闘は」
僕は梟の魔王に串刺しにされそうな猫の魔王に覆いかぶさった。そこに梟の魔王の爪が伸びる。もう駄目だ。絶体絶命だ。
その時、ヒヨコが現れた。息を切らして泣いていた。帰ってきたのか。間に合ったのか。歯車はどうした。
「トンボの師匠は死なせませんからあ」
雫の歯車が回り、辺りが凍てついて行く。液体窒素の属性だ。仕上げることが出来たのか。歯車に必要なのは祈りだ。何者にも負けない力。
「この銃ではこの歯車は一度しか打てませんからあ」
「良く狙え」
僕は垂直に跳んだ。狐の魔王が僕を追いかける。しっぽが迫る。
「くたばれ、トンボ。雛の魔王を殺したトンボ! いひゃひゃ」
「そんなに雛の魔王が好きだったのか? 狐の魔王」
猫の王のようにこいつらにも感情があるんだろうか。だとしたら戦いを回避する余地はあるのだろうか。
回避できるのだろうか。
「いいや。あれは我々のカモだったのだよ。我々のカモを殺しておいて平気な奴はどこのどいつかってね。いひひ。許せないよな。都合のいい下僕を殺しておいて。いひゃひゃ」
狐の魔王の目が炎のように燃える。
「あれは良いカモだった。すぐ騙されるカモだった。私は私の庭を荒らしている支援小学生を見張りに行かせたんだ。そうしたら、雛の魔王は死んだというじゃないか。私は腹が立ったよ。くくく。トンボ、お前が憎い。憎いんだあああ。思い通りにならない奴が一番憎いんだよおおおおおおお。よくもよくもよくも」
「ひょっとして、愛していたんですかあ」
ヒヨコは震えていた。震えて泣いていた。
「まさか。君はヒヨコによく似ているね。私の部下にしてやってもいいんだぞ。くくくく。馬鹿でくだらん雛の魔王の代わりにいいいいいい。あひゃひゃ」
怒りで震えるヒヨコ。
「魔王の部下なんてお断りよう」
狐の魔王は意地悪く目を細めた。
「ならお前が愛する者が死ぬところを見るがいい」




