大事なもの
美亜はコダイ四十七を伴って僕らをジャングルの奥のテントに連れて行った。
テントには誰もいなかった。
僕と美亜はがっかりしたが、スネイクはほっとしたようだった。
「よかったわ。これ以上、巻き込まないで」
「その巻き込む、巻き込まないってなんだ?」
「何よ。私たちは未来人よ、旦那様。古代人を巻き込んで歴史が変わったどうするのよ。大変でしょう?」
そうだった。それがあったんだ。
僕に欠落していた思考。
過去を変えてはいけない。
未来を変えてはいけない。
「ここで釘一本でも落としてみなさい。何らかの法則で歴史が変わって、私たちは死ぬかもしれないわ」
「そんな怖いことを言うのか?」
帰ってみたら駆逐艦草薙が崩壊していたとしたら目も当てられない。
「いいですか? 旦那様。そこに座ってください」
スネイクは草むらで僕を正座させた。美亜は向こうの方でカードを使ってシステムエラーと戦っている。 スネイクは声を潜めた。
「いい、旦那様。風が吹けば桶屋が儲かるんです」
「意味が解らん」
「風が吹いたら大風が吹くでしょう。砂埃が舞って、目が悪くなる。目が悪くなったら三味線が流行る」
「メガネが流行るんじゃないか」
「それも同時に流行ったでしょうね。とにかく。ネズミが増えて桶屋が儲かるの」
「つまり」
「釘を一本落としたら、私たちが滅びる可能性だってあるってことよ」
「そこまで気が回らなかったぞ、スネイク。僕はもう致命的な失敗を犯したかもしれんぞ」
「何よ」
僕は息をひそめる。
「一司のお尻にしっぽがあった」
「旦那様、下ネタはもういいです」
「何を言っている。僕は下ネタ大王ではない」
「隠れ下ネタ大王です」
「隠れてなどやるものか!」
「オープンな下ネタ大王だったというの!」
お前の中で僕は一体なんなのだ。
「大王じゃないやい。とにかく、スネイク。美亜のお尻にはしっぽがあったんだ。トカゲの魔王のしっぽだ。誤魔化していたが、気になる」
「トカゲの魔王!!」
スネイクは絶句した。
「嘘でしょう?」
「嘘じゃない」
「私たちをどうするつもりなのかしら。コダイちゃんを作った人たちが魔王だったってこと?」
「その可能性があるんだ。僕たちはこんなに暢気にしていてはまずいぞ」
「なら、もう一回作って。遺跡の石で歯車を」
「わかった」
怖がってなどいられない。いくら、あいつが、馴鹿の魔王と敵対しているとしても、よく考えると危ないかもしれない。魔王は敵だ。許せない。眠っている怒りがふつふつと湧いてくる。どうしてこんなに僕の心は歪なんだ。
僕はひざまずいた。
遺跡の石を削り出す。スネイクがホルスターにセットされた銃に手をつけた。
気がつくと地上を浮いて音もなく近づいてきた美亜が歯車を覗き込んでいた。
「それなあに?」
恐ろしく思った。優しそうな目の奥の燃えるような何かを感じる。
興味深そうに美亜は熱い目で僕を見ていた。
「それが歯車なんだね」
「ああ」
スネイクは美亜に銃をつきつけた。撃鉄を起こす。
「動かないで。トカゲの魔王」
スネイクは声をこわばらせていた。
僕も全身を緊張させた。
「やだな、何の真似?」
「トカゲの魔王、旦那様をだまそうなんて許さないわ! 絶対許さないわ」
美亜は首をかしげた。そして結論にたどり着いたようだった。
「ああそうか。なんだ、勘違いしたの?」
一司はにこにこ笑った。
「お風呂場で勘違いしたんじゃないの?」
「どうなの、旦那様、足首と胸しか見ていなかった旦那様」
そんなお前は一体どこを見ていたんだ。
「いや、確かに」
あった気がしたのだが。気の所為だったのか。僕の視力はトンボの魔王と戦った時から暗い場所では安定しない。だが確かに。
美亜はへらへら笑った。
「私は君たちの味方だよ」
「信用できないわ!」
スネイクは炎の歯車をセットする。つまりどういうことなんだ。
「良い魔王もいるってことか?」
そんなこと言われてもと一司は言った。
「だから魔王じゃないんだってば。システムエンジニアって言ったでしょう! 須藤君は呑み込みが悪いんだから。理解してよね。あれはアクセサリーだよ。姿を借りているんだ。着ぬぐるみだよ」
「僕は須賀だ。やっぱりついているんじゃないか!」
スネイクは厳しい顔をした。
「システムエンジニア」
スネイクは確信を持って銃を下した。その顔には安堵が浮かんだ。なぜだ。
「信用してもいいかもしれないわ。システムエンジニアなら」
あっさり手のひらを返すスネイク。
「憎くないのか? 魔王が」
僕は憎いぞ。絶対に信用しない。
美亜はため息を吐いた。
「須摩君の方が信用してくれそうだったから話したのに」
「僕は須賀だ」
スネイクは僕の肩を優しくたたいた。
「旦那様。大丈夫。怖がらないで。この人は信用していいわ。私の勘がそう言っているわ」
「そうなのか?」
「そうなのよ」
僕は座り込む。まだ不信感はぬぐえないが。
「私が信用できないの? 旦那様」
何を知っているんだ、スネイク。
「スネイク。僕はお前が時々わからない。お前の頭が良すぎてついて行けない」
「わからなくてもいいの。私は旦那様を裏切らない。それだけが真実。それだけなのよ」
「それだけか?」
「そうそれだけ。他に何もないの」
何にもない。全幅の信頼を寄せてもいい。スネイクは仲間を裏切らない。
絶対に。
「私が旦那様を信用しているように、旦那様も私を信用して。お願い」
「仕方がない奴だ。信用してやる。今回だけだぞ」
そう思ったことにだって特に意味はない。
「コダイちゃんが美亜を信用しているのよ。きっと平気よ」
美亜の仲間も信用しても平気か?
そんな意地悪なことは言わずにおいた。ほんのわずかスネイクに少し優しくなった僕だった。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
帰れない。あれからいろいろ試したが帰れない。
僕らは美亜の巨大なテントの中に居座った。ジャングルの中のテント。謎のべたべたしたクリームで虫除けをする。
「仲間はまだ帰っていないみたいだ。どうしたのかなあ?」
僕がすっぽり入るほど体の大きなコダイ四十七は美亜にごろごろ甘えている。
凄い構図だ。美亜がコダイ四十七に押しつぶされているようにすら見える。
「美亜、御腹すいた。食べたい。食べたい。食べたい~~~」
「ちょっと待ってね」
美亜はコダイの中に座る。
そしてレトルトのハンバーグを食べた。
「おいしい。おいしいね。ボク、ハンバーグ大好きだよ」
コダイ四十七が浮かれている。暢気なものだ。
コダイたちはマスターの血中のエネルギーで動く。
美亜は一つ一つのコダイに入ってたくさんのハンバーグを食べている。
飽きないんだろうか?
「私ならおなか一杯よ、旦那様」
スネイクが僕に小食をアピールしていたが、お前はオカワリをすることもあるからな。
トナカイの魔王が辺りにうろついていると言うのに暢気なものだ。
僕はコダイ四十七の隣に座った。
「質問だ。コダイ四十七。美亜はトナカイの魔王と戦っているのか?」
「戦っているよ。ずっと昔から。凄いだろう? 須賀」
「ああ、すごいな」
コダイ、お前は未来で前の主人を亡くしたと言ったな。
まさか。
「コダイ四十七、お前は……」
「何も言わないでよ」
コダイは両手でタンクを開けてオイルを飲んだ。油分だよと笑う。
「ボクは遺跡の探索機械であの遺跡のことはほとんど知らないんだ。連れてこられたばかりなんだ」
ああ、あの遺跡か。あの小山みたいな遺跡、過去にきてみたらピラミッドのような形をしていた。
「そんなに重要なものがあの遺跡に?」
「ボクもよくは知らないんだ」
コダイ四十七はふふふと笑った。
「コダイ四十七。お前の主人はお前に優しいか?」
「うん」
「お前は今幸せか?」
「うん」
「コダイ四十七。お前は……主人が好きか?」
「大好きだよ」
子供のような性格のコダイは幸せそうに笑った。
幸せそうに。コダイの画面が笑顔をたたき出した。
僕は何も思わなかった。何も思わなかった。
これからコダイたちは主人を亡くすのだろう。
そう。ただそれだけのことだ。そしてあいつは悪魔のような表情を画面に浮かべることになるのだろう。
よくあることだ。大切な人を亡くすなどよくあることだ。僕等のところでは。
仕方のないことだ。
スネイクは鋭い目をしていた。
「私はそんなこと認めないわよ」
認めない。やはりか。お前はそういう奴だ。
引っ張られるように僕も関わることになるのだろう。どこか他人事の僕だった。
でもどうせそうなるのなら。
「スネイク。僕はコダイたちの幸せを守ろうと思う」
「旦那様はそう言うと思ったわ。私もそのつもりだしね」
スネイクは何かに挑むように苛烈に笑った。
やっぱりいい女だ。眩しい女だ。僕はスネイクといると矮小な気持ちになる。
いたたまれなくなる。僕は僕だけが大事なのだ。




