静かなる冬の…【冬絢編】
万物の力により生み出された個は様々な事を体験し、後は静かにある出来事をただ待つ。その行為は、この世に存在する全てのモノ達が無意識に体験している。そして、霜月の季節の如く寒さの中で紫檀の色を持つものはただ静かに自らの神器の鏡を見つめていた。
❄︎.*
『う〜寒い…ここは何処なんだろう?』
天音は余りの寒さに凍えながら、周りを見渡した。吐く息が白く染まり、静寂だけが耳に痛いほど響いていた。まるで世界そのものが眠ってしまったかのような、白銀の大地。天音の足元では、薄く張った氷が“みし…”と小さな音を立てる。見渡す限り雪と氷しか存在しないその空間は、空と地の境界すら曖昧で、方向感覚を狂わせていた。
『うぅ……本当に寒い……』
肩を震わせながら、天音は自らの腕を抱き締めた。しかし、不思議な事に吹雪いてはいない。風もない。その静けさが自らの心内を表しているいるようで、とても心細かった。
『誰か……居ませんかー!?』
試しにもう一度だけ、声をあげる。だが、何処かの御伽噺の様に誰かが助けに来てくれる筈もない現実に天音はガックリと方を降ろした。静寂しか存在しなかった白銀の世界に、微かな鈴音にも似た音が響くと天音はゆっくりと顔を上げた。
『……?』
音は一度きりではなかった。ちゃり……しゃら……水面を撫でる波紋のように、静かで澄んだ音が幾度となく遠くから連なって聞こえ、不思議とその音は恐怖を感じさせない音だった。長く艶やかな黒髪。紫檀色を基調とした重厚な衣。夜空と深海を織り込んだような紋様。その男は、まるでこの静寂そのものが人の形を得た存在だった。
『……っ』
天音は息を止めた。男の瞳は深い氷湖のような蒼。
けれど冷たい訳ではない。全てを見透かし、全てを受け止めるような静かな眼差しだった。
「まさか、こんな事があろうとはな…」
男は天音を見つめたまま、ゆっくりと口から発せられた低く穏やかな声。その声音だけで、不思議と周囲の寒さが和らいだ気がした。
「……」
男は自らの羽織を外すと、そっと天音の肩へ掛けた。
『あ……』
雪と氷の気配を纏っている筈なのに、その布からは穏やかな熱が伝わってくる。
「…寒いのは苦手か。」
『ゔ……は、はい。に、日本人なので寒いのは普通に苦手です……』
「そうか…」
半ば反射で答えると、男は一瞬だけ沈黙し、ほんの僅かに、口元を緩めた。それは氷が解ける瞬間のように淡く儚い笑みだった。
『……あの、貴方は?』
問い掛けると、男は静かに鏡を掲げる。
「静寂と冬を司る者…そういえば、他ならぬ貴女ならば…分かる。」
『"静寂と冬を司る者"…って!そんな、じゃあ貴方の名は!』
目の前に居る彼は冬の領分の守護神、玄武の力を授かりし主…その名は。
『玄…雪武?貴方、雪武なの?』
天音のその言葉に満足した彼は…まるで永い時を経て、ようやく辿り着いた答えを確かめるように。
「……あぁ。」
低く落ち着いた声音。その一言だけだった。けれど、その声が白銀の世界へ溶けた瞬間、周囲の氷湖に淡い蒼光が走る。まるで世界そのものが、彼の名へ応えるように。
『本当に……雪武なんだ……(滅茶苦茶クール系大人男!だが、本当は口数が少ないだけで優しい人という不器用系!)』
天音は目の前に存在している雪武を唖然としながら見上げていた。




