150 似た者同士
● タヌキ【狸】
「こいとチュルチュル、まっこと美味いのう!」
① イヌ科タヌキ属に分類される哺乳類で、雑食性の野生動物。ずんぐりした体型と目の周りの黒い模様が特徴で、里山や市街地にも生息している。
② 人のよさそうなふりをしていて、実際にはずるがしこい者。「あの親父はとんだ—だ」。――院多熱徒書房 刊――
《読めましたか? ヴィヴィさま》
チエちゃんが、ヴィヴィに念話で辞典の映像を共有している。
辞典系の知識などは、重要かつ汎用性が高いので、常に一時記憶に格納しているそうだ。
「はい! 読めます! へぇ~、ずるがしこい人のこともタヌキと呼ぶんですね。知りませんでした」
《ええ。他にも『タヌキ寝入り』なども使われますね。続いては、こちらの世界の辞典で彼女……魔導士の事も調べてみましょう》
● まどうし【魔導士】
「ぷはぁ~! 本当でございますね! こんなに美味しいもの、初めて頂きました」
① 高い知能を持ち、魔力の扱いに長け、魔法を使いこなす人物を指す。ヒズリアでは帝国を中心に多くの魔導士が存在し、とりわけ帝国が認める『帝国魔導士』は、人々から畏怖と敬意を集める。
② 呼称については、総じて『魔導士』と呼ばれるが、魔法を扱う成人女性を『魔女』、成人男性を『魔導士』とする場合が多い。まだ成人していない少女は『魔女っ娘』、少年は『魔導っ子』と呼ぶ。――エストキオ学術院 刊――
「あ、これは知ってます! あれ? これ……エストキオ学術院の院長、マルーク氏が書いた辞典ですよね?」
《ご存知なんですか?》
「ええ! 『ヒズリアの辞典』と言ったらこれですから。ただ、あまり出回っていない為、希少価値が高く、かなりの高級品です」
《へぇ……そうですか、高級な書物……ふふふ》
「私も欲しかったんですが、さすがに高くて無理でした。どこで手に入れたんですか?」
《いえ、実はこの馬車の荷台の隙間に挟まっていました。全編ではなく一部のみでしたので、恐らく挟まって千切れたのでしょう。私も暫く気付かなかったのですが、くさコプターを発動した際、隙間が緩んだのではないでしょうか。今日の移動の振動で出てきたので、先ほど急いで読み込みました》
くさコプターの揺れは相当激しかったからなぁ。
あの揺れは二度と味わいたくない。
「ああ~、それで突然、『辞典風解説』をしてくれたんですね」
《差し出がましい真似をしてしまい、申し訳ありません》
「いえ! チエさまのご厚意、痛み入ります」
――《ふふ》「ふふ」――
などと、二人は微笑ましい会話を繰り広げている。
チエちゃんとヴィヴィは本当に仲がいい。
商店街の面々の中で、一番付き合いが長い二人だからな。
しかし、一部とはいえ、エストキオの辞典をチエちゃんが手に入れたのは嬉しい誤算だ。
タクロス会長……馬車の中、汚かったからなぁ。気づかないうちに挟まっていたんだろう。
だが――
『まじょっこ』は現世でも耳馴染みがあるが……『まどっこ』って初めて聞いたな。
この辞典をつくったエストキオの学者、マルークという奴……大丈夫か?
まあ、この辞典によれば、この魔導士の彼女の場合は――
まだ『魔女っ娘』と呼んでよさそうな年齢だな。
――「チュルルン」「じゅるるるぅ……」――
そのタヌキと魔女っ娘が並んでラーメンを食べている。
タヌキは真ん丸な身体をピンと伸ばし、僅かに楕円の状態で行儀よく椅子に腰かけている。
その短い手を器用に使い、レンゲと箸を見事に使いこなす姿は……
「こじゃんとえいのぅ。(とてもいいです)身体も温まるし、最高やねやぁ。チュルルルルン」
可愛すぎる!!!
それとは対照的に、魔女っ娘の食べ方は――
「じゅるるるるぅ……ぺちゃぺちゃ……」
背筋は曲がり、どんぶりに顔を近づけほぼ犬喰い状態だ。
麺もスープもこぼしまくっている。
『箸はなぜ二本あるのか』の意味を全く理解していないのか、がっつりグーで握り込み、ラーメンをかき混ぜながら口に運んでいる。
「本当に染みわたります……もう何日もまともな食事をしていなかったので、助かりました。うふふふ……ぺちゃぺちゃ」
汚い食べ方と丁寧な言葉遣いのミスマッチが過ぎる。
口の周りを豚骨スープでべたべたにして、歯にはネギが……
すごく可愛い顔をしているのに、何だかもったいない。
でも……この顔――
どこかで見覚えがあるような……気のせいか?
「おまさん、食べ方が汚いぜよ。こいと箸いうがは、こがぁに使うと教えてもろうたろう? しっかりしや」
「え? 汚い……のでございますか? 私の食べ方が?」
「……気づいちょらんのか? おまさん、相当いかんで? 箸はこう! 背筋は伸ばさんと!」
何だかチグハグな二人だな。
なぜこの二人が、同じ食卓を囲んでいるのか。
話は少し遡る。
俺がタヌキの可愛さに見惚れ、神槌を失敗したあと――
――
――――
――――――
「魔人パンチ腹ぁ!!!」
――ぽふぅ!
タヌキは魔女っ娘に『魔人パンチ腹』を何度も撃ち込んだ。
どうやら魔人パンチ腹には、魔力を散らす効果があるらしく――
「うへへへぇ……うぅ?! は、はわわぁ~、も、もう……魔力が……つ、尽きてしまいますぅ……」
魔女っ娘は魔力の枯渇による、ブラックアウト寸前だった。
そして、タヌキの方は――
「どうながじゃ! めったか! これが魔人の力じゃ! これに懲りたら、もう人様ん畑のもんをとるような悪さは――ぐうぅぅぅ……ほはぁ~」
勢いよく啖呵を切ったかと思うと、急に眼を回し始めた。
「し、しもうた……ま、魔人パンチは魔力を散らす代わりに、こじゃんと腹が減るがじゃ(大層お腹が減ります)……」
「ううぅ~、お、重いでございますぅ~」
「ちと撃ち込み過ぎたぜよ……がくっ」
タヌキは魔女っ娘のお腹の上に倒れ込んでしまった。
魔女っ娘はタヌキをどかそうとするが、力なくタヌキを抱きかかえる形になった。
経緯を知らない者が見たら、仲の良い二人が抱き合っているような……
ただただ、幸せそうな絵面がそこにあった。
「ありゃあ?! 二人とも動かんごとなってしもうたばい」
《どうやら二人とも魔力と体力の限界みたいですね》
「どげんするね? 蓮ちゃん……あ、鼻血、大丈夫ね?」
「ずるっ……ああ、止まった。大丈夫」
「なんか面倒そうやけん……こんまま逃げる?」
二人が何者か分からないが、このまま冬の寒空の元、放置するわけにもいかず――
「このまま放っておいたら、凍え死んじゃうよ……二人ともお腹が減っているみたいだし、とりあえず何か食べさせよう」
「そうやねぇ……ねぇ、これも人助けになるんやろか?」
「う~ん……なるんじゃない?」
「私、ちょっと聞いてきます」
ヴィヴィがトテトテと二人に近づき、目を回しているタヌキに話しかけた。
「あの~、タヌキさん」
「な……なんな?」
「とりあえず喧嘩はやめて、食事にしませんか?」
「め……めし?」
「ええ。彼女も悪気があってあなたの芋を盗んだわけじゃなさそうだし……このままじゃ、二人とも死んでしまいますよ? 温かいご飯あるので、食べましょうよ」
タヌキは黒いつぶらな瞳で暫くヴィヴィを見つめた後、敵ではないと判断したのか――
「うん……そうする」
可愛くひとつ頷いた。
――――――
――――
――
というわけで今、二人にはラーメンをご馳走している。
「食べ方が汚い……申し訳ございません。私、あまり人と食事をする機会がなく、気にしたことが無くて」
「……そうなが? 家族はおらんがか?」
「父も母も早くに他界しております。歳の離れた姉が一人おりますが、数年前に旅へ出て以来、食卓を囲むことはほぼありませんでした。あ、申し遅れました。私、帝国魔導士……のミルカと申します」
魔女っ娘の名前はミルカ。13歳。
詳しいことはわからないが、この幼さでエリートと称される帝国魔導士だそうだ。
帝国魔導士と聞き、俺たちは一瞬警戒したが……どうやら俺たちが赤札であることには気づいていないようなので、そのまま様子を見ることにした。
「そうながや……そりゃ寂しい思いをしたがやねや……わしは魔人……のポッコぜよ」
タヌキの名前は魔人のポッコ。5歳だそうだ。
この見た目でポッコは反則だ。可愛すぎる。
全く魔人感がない。
《蓮さま……少々よろしいですか?》
「なに? チエちゃん」
《ポッコさま……魔人とのことですが……こちらをお読みください》
● まじん【魔人】
① 原魔の呪いにより、亜人が魔族化した者の総称。見た目は亜人より人族に近い。非常に好戦的で人類・人族を敵視する。強力な魔力を持ち、個体ごとに特化した強力なスキルを保持する。
② エストキオ神話から現在に至るまで、聖騎士団による粛清の対象であり、人々に混沌と絶望をもたらす災厄の象徴である。
※ 魔族を見つけたものは、即、最寄りの聖騎士団へ連絡されたし。 ※
「ん~、エストキオ、徹底してるね……神話だけじゃなくて、こういった書物も魔族は完全に悪なんだね」
《プロパガンダの側面もあるでしょう。ですが問題はここ――『見た目は亜人より人族に近い』。ポッコさまはどうみても――》
どこからどうみても……タヌキだ。
《ですよね。亜人は『半獣半人』が基本ですから……ポッコさまは亜人でもなさそうです》
「ちょっと聞いてみようか……」
《ええ》
「ねえ、ポッコ……こんな事聞くのも失礼かもしれないけど……ポッコって本当に魔人なの?」
――カランッ……
突然の俺の質問に、ポッコは目を丸くして固まってしまい、お箸を落とした。
「なにをいっちゅーがじゃ!!! わしは本当に――ッ! 本当に魔人――ごにょごにょ――のポッコぜよ!!!」
な~んかさっきから『魔人』の後にごにょごにょ言っているのが怪しすぎる。
「えっと……なに? 魔人の後に何か言っているよね? なんて言っているの?」
「う……」
「魔人、なんなの?」
「…らな…」
「へ? らな? なに?」
「み……い」
「よく聞こえないよ。なんて言っているの?」
「うむぅぅ~」
しつこく聞きすぎたのか、ポッコは俺の問いに戸惑いを隠せないようだ。
黒い瞳が潤み、屋台のランプの光をゆらゆらと映している。
皆の視線に耐えられなくなったのか――
「あ~~~もう! 『見習い』ぜよ! 魔 人 み な ら い !!! 悪かったぜよ! そうちや! わしは魔人やないぜよ! 魔人になりたいだけの亜人ちや!」
そういうと、ポッコは屋台に突っ伏してしまった。
「……わしは生まれてこのかた、ずっと独りぜよ。どこに行っても、わしとおんなじような奴おらんぜよ……こん国は魔族の国や……魔人やない亜人は内陸には入れんがじゃ。やけんど、わしは魔人になれんやった出来損ないじゃ。ほんじゃあきにわしは、魔人になれるように、ここでひとり修行をしちゅーがじゃ。わしは魔人になって……仲間が欲しいがや……」
なるほどね……
魔人に憧れる亜人か。
でも――
《ポッコさまの場合……動物が『亜人になる手前』の段階かと……》
「うん……でも、それは言わないであげよう……不憫すぎる」
――カランッ……
屋台に突っ伏してしくしくと泣くポッコをみて、ミルカが箸を落とした。
「そ、そうだったのですね……わ、私も……正直に言います……実は私も『まだ』帝国魔導士ではないのです……試験中の帝国魔導士『見習い』なんです」
――「「「「え?!」」」」――
「もう何度も試験に落ちて……今は年に二回ある試験の為、このヨツシアに来ているのでございます……これで落ちたら10回目です」
――「「「「10回目?!」」」」――
「周りからは、『もうあきらめた方がいい』と言われておりますが……他に行く当ても、頼れる人もなく……私には魔導以外の取り柄がありません……ご覧の通り、食事のマナーも分からないポンコツでございます……せめてこの取り柄を活かして、生きていければと……なのでどうしても帝国魔導士になりたいのです」
ミルカもなんかごにょごにょ言ってたから変だと思ったが、そういう事だったのか。
「そうながや……なんかわしら……似いちゅーねや」
「そうでございますね……」
――チュルルン、じゅるるるぅ
二人は涙ながらに、またラーメンをすすり始めた。
《つまり……あれですね……このお二人は――》
● おちこぼれ【落ち零れ】
① 容器からこぼれて落ちたもの。
② 全部処理しきれないで残ったもの。余り物。「マンドラゴラの—を捨ててきてくれ」
③ ある組織や体制についていけない人を俗にいう。「あいつは、魔導の授業についていけない—だ」
《ということですね》
「ちえちゃん……追い打ちは良くないよ」
《すみません。新しい書物を手に入れて、嬉しくてつい……》
俺たちの憐みの視線の中、ポッコとミルカは無言でラーメンを啜り続けた。




