過去の象徴と因縁の音
「……え?」
「いや。え、じゃないが。誰だお前」
にこにこ顔を固めて聞き返してきたので、丁寧にもう一度同じ内容を繰り返す。2回言ったのだから、言い間違いとか聞き間違いではない。それが飲み込めないのか何なのか、訳が分からない、という顔で固まっている。
その裏で、なるほどと納得する部分があった。そうか。そういう方向性もあるのか。まぁ、あるか。あの戸籍上の妹が手にする能力として、恐らくは魅了と同程度に可能性のあるもの。
「見た目をそっくりコピーする能力か? 空を飛ぶ音もコピーできるとすれば、映像のつぎはぎみたいなもんか? 何にせよ、お粗末だな」
「な……」
「繰り返すぞ。これで3度目だ。――誰だお前」
意図して声を低くする。元から女性とは認識されづらい体型と声だ。あの満華が、初見だと性別が分からずに聞いてきたんだからな。意識して全身を隠した格好だったのも確かとはいえ、似たような恰好をした他の「申請者」はほぼ見分けられていたから、よほどなんだろう。
そう言えば、普段から意識して高めの声を出す癖がついたのも戸籍上の妹と比較され、「娘らしい」部分を増やそうとした努力だったな。結果は無残なものだったが、戸籍上の家族が覚えている「私の声」は、もう少し高いものの筈だ。
満華と行動するようになってから緩やかに本来の低さに戻っていき、いつの間にか声変わりが済んでいたのか、自分の記憶にもないくらいの低さで安定していた声を、更に低くすれば、どうなるか。
「あ、あっはは、やだなー。ちょっとしたジョークじゃん。ジョーク。そんな怒んないでよ、「おねーちゃん」」
あっさり、と。目の前で満華とひーちゃんの姿がぶれて、不本意ながら非常に見慣れた顔に変わった。服装こそ丈夫でしっかりとした登山服のようなものに変わっているが、見た目には愛想のよい笑顔は見間違いようがない。
手中愛娘……たなかあいこ。自称する時はあいこではなくあいにゃんと言うはずだから、それで最初の言葉になったんだろう。まぁ事前に聞いたところ、満華ならこの場合「あいちゃん」と呼ぶんだが。
「それにしても「おねーちゃん」。思ったよりハクジョーだったんだね。こんなに可愛い妹が困ってるのに駆けつけてくれないとか」
「……」
「泣いちゃうよ? いいの? お父さんとお母さんはいないけど、私の為に怒ってくれる人はいっぱいいるんだよ? ほらほら、美味しいご飯の1つも出しながら謝ったら許してあげるからさ――」
「だから、誰だお前、と、聞いている。耳が悪いのか?」
4度目。全く同じ問いをさらに繰り返すと、今度こそその笑顔が凍った。まさか自分本来の姿を見せて何の反応もないとは思っていなかったんだろう。私の扱いが雑、いや、都合が良いにもほどがある。
もう縁を切ると決めたんだ。それにようやくマインドコントロールされていた私の心も多少はまともになったのか、本人を前にするとそこそこ怒りが湧いてきた。
だから、拒絶する。徹底的に。目の前にいるのは間違いなく加害者であって家族ではなく、血の繋がりすらもない相手なのだから。
「な、なにを言ってるの「おねーちゃん」。とうとうその頭の中身、名前と同じようにからっぽになっちゃった? だとしても、流石に妹の顔は忘れないでしょ。何年一緒に仲良し家族をやってたと思ってるの?」
「他人の妹に強引に収まろうとする不審者の知り合いはいないな」
「不審者!?」
「第一身内を自称するなら、せめて名前ぐらいはちゃんと呼んでみろ。その呼び方、掠ってすらいないぞ」
「なーんだ、名前を呼べばいいの? 変なとこで欲しがりさんだね「おねーちゃん」。可愛い妹にそこまでさせるなら、ローストビーフぐらいは出さなきゃ許さないんだから」
名前を要求しただけでこれだもんな。とはいえ、外面は完璧だった以上、その辺何か契約を結ばせたり、言葉の真偽を判定するスキルぐらいは持っててもおかしくないか。スキルで判定するだけで自分に価値が生まれるならお手頃だもんな。
「ちゃーんと、いちから手作りコンソメスープもつけてよね! 「からはな」おねーちゃん!」
いつも通りに自分の勝ちを確信して、自分の思い通りに行くと信じて、高らかに名前を呼ぶ戸籍上の妹。そうだな。何もない、何もできない、迷惑しかかけられない、からっぽのはな。
「自分達の愛する娘」を飾る事も碌に出来ない、添え物に「してやっている」みじめな花。
「違う」
お前たちは、私の事をそう呼んでいたな。




