82.最後のわだかまり
エーディクさんは戻ってきてくれたものの、まったくの平穏を取り戻した、と言い切ることはできなかった。里が夏の賑わいを見せる中、相変わらず戦の気配を感じ取ることもあり、まれにわずかな地揺れが起こったり、ということもある。
『あと、時々〈ポルードニッツァ〉が悪さをしているようだね』
オリガさんの言う真昼の精霊、〈ポルードニッツァ〉はいわゆる暑気あたりを起こす連中だそうです。日照時間が長くなりすぎるこの時期に、体調を崩しやすい原因とされていて、〈光〉の中でもあまりいい気質ではないらしいのだけれど……今年はすこし、その被害が多いみたい。
『マイヤちゃんはあんまり見かけないのか。ちょっとカリカリしたねーちゃんなんだぜ。俺でもわりと苦手なんだけどな。あれに比べたらレーナのほうがまだ話しやすいかも』
『そう言ってくれるローシャがすきー』
『だからって調子に乗んなよー』
ローシャさんとレーナさんのやりとりはいつ見ても和むなぁ。エーディクさんも多くは言わないけれど、こういう空間が嫌いではなさそう。
「エーディクさんは、〈ポルードニッツァ〉を見たことはあるんですか?」
『ああ、よく見かけるが、俺は話しにくいと感じたことはない。そもそも話しかけること自体が少ないわけだが』
『お前は気に入られてそうだもんなー』
「あ、じゃあ、たぶんわたしは駄目でしょうね……」
相性が悪いと、ほとんど無視されてしまうこともある。ほんと、親戚付き合いって難しいです……
『あ、私もこの間見かけましたよ』
デニスさんは暑気あたりで寺院に担ぎ込まれる人の手当てをしているから、やはりそういう機会があったらしい。すこし目撃体験を話してくれた。
『私の知る限りでは、特に真昼で男女ふたりでいると悪戯を仕掛けられやすいそうですよ』
「は……?どういう基準なんでしょうね」
『憶測で言うのも何ですが、どうやら妬みの類の感情で動いているような気がしますが』
「あ……なるほど。『リア充爆発しろ』ってやつですね」
『今ちょっと聞きなれない単語が出た気がしましたけど、だいたい意味は呑み込めました。つまり〈白〉の側に近い〈光〉でありながら負の感情を基盤にしているので、〈黒〉よりの存在だということですね』
「ふうん。そういうことってあるんですね」
そういえば雪娘やオーロラも〈黒〉側だけど〈白〉よりって言ってたもんね。〈光〉〈闇〉と〈白〉〈黒〉の違いってのは、やっぱり複雑だなぁ。
『で、エーディクさんの調子はどうですか』
「え? ああ、はい、今のところ安定しているようですが」
急に話題を変えられて戸惑ったけれど、どうやらデニスさんの中では関係しているようで、彼はポツリと呟きながら考えをまとめているようだった。
『ふむ、地震は少なくなってきていて、火事はほとんど起きていない。ただ暑気あたりだけが例年より少々多い……と』
「ええと……もしかして、暑気あたりの件もエーディクさんの体調に関係している、とお考えなんですか?」
『そう思っていますよ。破壊衝動の類はおさまってきている。その中で残っているのが〈嫉妬〉の感情……というわけなんですよ。つまり、彼のわだかまりがそこにある、と私は踏んでいます』
と、そこでデニスさんはわたしを見て
『先日の騒動ではなんとか、彼が自力で持ち直せるところまでいったようですが、この件に関してはやはり誰かがもう少し丁寧に付き合ってあげる必要があると思っています。どうかゆっくり、彼の話を聞いてあげてくださいね』
ああ、そういえば前にローシャさんともちょっとした諍いがありましたっけ。話せばなんとかなることでも、こじれてしまっているのかもしれない。やっぱり、わたしが力になってあげよう。
『ローシャさんも彼なりに心を砕いていらっしゃるようですが、マイヤさんもそれとは別に重要な心の支えになっているのではないかと思っていますよ。ぜひぜひ頑張ってくださいね』
最後だけ妙にノリの軽いデニスさんに見送られて、その日は寺院を後にした。
「ただいまでーす」
『ああ』
『お帰りー』
やっぱり普通にいるもんねぇローシャさん。エーディクさんも嫌そうにしてはいないし、ふたりは問題なさそうに見える。妬み、とかって、いったい誰にどう向いているんだろう……?
『マイヤ、何かあったのか』
「え? いえ、みんな少しずつ調子よくなってきてるんじゃないかって話をしてたくらいですよ」
『だといいけどね……んじゃ、俺帰るわ。頑張れよ、エーディク』
ローシャさんはここ最近は泊まっていったりいかなかったりが半々くらいの確率だ。いなくなるとちょっぴり寂しい。
『マイヤ……』
「はい?」
何事か言いかけたエーディクさんだったけど、やはり途中でやめてしまった。続きが気になったけど――いいや、エーディクさんの言いたい時に言ってもらえれば。
軒先で夕涼みを楽しみながら。短い夏の夜は、穏やかに過ぎていった。




