7.よくあることってどういうこと
「あの、わたしは日本人で、いまは都心に近いアパートに住んでいますが、故郷は雪の多い地方なんです。でも、このあたりの景色に見覚えはありません。冬の故郷とは違うように思えます。ここは……何という場所でしょうか?」
『……フォークスの里、という名で知られている。今はノーヴイ・クリャートヴァという国の一部とされていて、その北東の端に位置している。お前の言うニホンという国の名前は、俺は聞いたことがない』
「わたしも、そういう国の名前、聞いたことないです……」
がっくり項垂れて、思わずハーブティーの入った木製のマグカップを両手で包み込んだ。……あれ? てことは、ええ? 落とした顔をふたたび上げて彼をまじまじと見つめる。
「でも、エーディクさん、日本語お上手ですよね?」
彼は、数度瞬いてからこう言った。
『俺は、セーヴェル語を話しているつもりだが』
「え、ええ?」
『なるほど、マイヤにはニホン語、という言語に聞こえるのか。俺には、マイヤの言葉はセーヴェル語で聞こえている』
「えええええ?!」
何それ、どういうこと?! わたしは疑問を隠しもせず驚嘆するしかなかった。
『――が、マイヤが違う言語を話していると言われてむしろ納得した。開いている口の形が全然違うからな』
口の形って?! あ、そういえば確かに彼が話してる時も違ってるかもね、今更気づいた!
それにしてもエーディクさん、なんでそんなに冷静なんだろ?!
『声の響き方からして、〈意識のほうに直接〉語りかけているようだと思っていたから、お前は〈それができる者〉だと思っていたんだ。だが、お前にはその自覚がなかったのか』
「ななな何ですかその会話方法。それってそんなに平然とできるものなんですか」
『……誰にでも、というわけではないんだが。昨晩一緒にいた鳥と狼を覚えているか?』
「はい。なんか少し変わった毛色の……あ」
『あれらも似たような話し方で意思疎通を図ってくる。だから、ここでは珍しくない』
「め、珍しくないんですか……ここって、そういう場所なんだ……」
や、やっぱり単純に外国のどこかとか、そういう場所じゃないぃいい! 動物さんとお話ができるのが普通のファンタジーでメルヘンな世界なんだ!!
『――ふむ、マイヤはそういうものに縁がない場所で暮らしていたということか。それだと少し、俺が思っていたのと違うな』
「え……?」
『俺はてっきり、お前がスィムやリグルと同類のモノ、だと思っていたんだが――ああいった連中は、自分の言葉が通じるかどうかの心配などしない』
スィムとかリグルってのはあの鳥さんとオオカミさんのことですよね、同類ってそれ、わたしメルヘンな動物扱いだったってことなんでしょうか?!
『俺はお前のことを、姿が限りなく人に近い妖精――かと思っていた。だがお前は言語の違いというものを知っているし、文化は違うようだが人間らしい生活を送っていたように思える』
「は、はい。わたし、人間ですから」
『……ということは……本当に〈迷い人〉なのだな。違う国、違う場所に住んでいた人間が、この里に迷い込んできたと』
うん、ようやくわたしとエーディクさんの認識がすり合ってきたようで……
『そうなると……そういう土地に心当たりがなくはないが、まだ絞り込めるほどではないな。容姿からすると南方の民に近い気がするが』
……あれやっぱりまだちょっとズレてる気がする、単純に地理的なものじゃない気がするんですよ!! でも、〈世界が違う〉って言い方して、わかってもらえるんだろうか……?
『待てよ、つまり――〈素養がある〉ということか? それだと……』
エーディクさんが謎の思索にはまり込んだ様子、なんかちょっと近寄り難い。
『――そうだな、ひとり、そのあたりに詳しそうな人物を知っているから、これから会いに行くか』
「そ……そうですね、差し支えなければ、ぜひ」
『オリガという。里で最も古い知識に詳しい者だ。すぐ近くに住んでいるから、準備が整い次第出かけることにしよう』
「わかりました。出かける支度、です……ね……」
思わず視線が下に落ちて、自分の身なりを再確認する。パジャマだ、うん。紛うことなきパジャマ。足元は靴代わりに使うしかなかった、底がぺらぺらになってるルームソックス。
「え、エーディクさん」
この格好は……人に会いに行くのに相応しくないと、思います。