5.今さらだけど、お肌の大敵と戦う
案内されたのは、煙突があり雪国らしい傾斜のきつい屋根を持つ、丸太造りの家屋だった。近付いた頃に彼の肩に止まっていた鳥が羽ばたき、彼方の空へ飛んでいった。わたしの後ろをついていたオオカミも、茂みの奥へと去っていく。
中に入るとほんのり暖かく、少し前まで使われていたのがわかる。ランタンの灯りに照らされ、部屋の中で大きな煉瓦造りの暖炉が存在を主張している。
『とりあえずここに座れ』
「あ、りがとうございます……」
指し示されたのは木製のテーブルの傍、やはり木製の背もたれのないベンチタイプの椅子だった。もうほとんど限界だったので、お言葉に甘えてその椅子の端に腰を下ろす。
彼のほうはランタンを置き、帽子や外套を脱ぎ始めていた。帽子が外れると赤みがかった金髪がさらりと頬にかかり、それを振り払うしぐさの後に彼の顔がはっきりとわかる。あ、意外と若い感じ。わたしよりは年上だろうけど、おじさんと呼ぶような歳ではない。お若い熊さんだったんですねーと眺めていたら、またしっかり目が合ってしまって、慌てて目を逸らす。
自分も毛皮を脱ごうとしてマントの留め金を外……どうなってるのコレ。悪戦苦闘のうえようやく外したのだけれど、なんとなくパジャマ姿を晒すのも気が引けて、肩に毛皮をかけたままにしていたら
『一杯飲むか』
目の前に木製のジョッキが差し出された。これ、お酒……かな。
「いただきます……」
喉は渇いてたし、わたしはお酒はいけるほうだし好き嫌いもそんなにないので深く考えずジョッキに口をつける。……う、甘いのに強い! けっこう癖がある。彼はといえば私と反対側、壁沿いのベンチに腰掛けて自分のジョッキから飲んでいた。
……。
ま、まずい。疲労にアルコールが加わって急激に眠気が襲ってきた。そういえば夜通し寝てない、ってことになるんじゃなかったっけ?
「あ、あの……いま、何時なのかわかりますか」
『……お前を見つけた時には深夜を過ぎていたから、じき明け方かもしれん』
わぁあああやっぱり夜通し歩いてたってことになりますかね?! 聞いちゃったらまたどっと睡魔が襲ってきた感じですよ!
「あ、あの、大変申し訳ないんですが、部屋の片隅でいいので寝させてほしいんですが……」
もうだいぶ朦朧としかけた状態で立ち上がり、邪魔にならなさそうな場所を探してきょろきょろと頭を巡らすと、
『暖炉の上を使え』
……はい? 今なんと仰いました?
すると、彼は巨大な暖炉の一角に立てかけてあった梯子を指差した。視線を上げていくと上部スペースに空間が……なんか敷物が敷いてある?! 掛布もある?! もしかしてロフトベッドなのこれ、でも暖炉の上って危険じゃないの? 火傷しないの??
わたしが戸惑っているのを見て、彼は『嫌なら、こっちになるが』と、座っている壁際のベンチから立ち上がってその座面を軽く叩いた。あー……けっこう幅広で長いから、確かに寝れなくもないですね。そう思っていたら、彼が敷物や掛布になりそうな布を持って来て、はやくもベンチを寝床に変えている。
「あああああのっ、そちらでいいでしょうか」
『身体が冷えているようなら、〈レジャンカ〉の方がいいが』
そうしたら彼がいきなりわたしの手をとって――うぁあああしっかり握られた撫で回された!! 突然のことに硬直していると『極端に冷たいわけではないのか』と呟いた後、手を放された。
『なら、俺がこっちにしておく』
何の躊躇もなく暖炉の上に上がって寝転んだ……あ、本当に彼がいつも使ってるベッドなんだ、あれ……
せっかく用意してもらったのだし、ベンチの上につくられた寝床に入り、掛布――フェルトみたいだ、これ――の上に白い毛皮を重ねて寝ることにする。
「ありがとうございます……お休みなさい」
彼は壁側に顔を向けているようだけど、お礼だけは伝えておいて。すこし固いけれど充分快適なベッドに横になると、意識がズブズブと闇の中に落ちていった……
寝ていた時間はそれほど長くはなかったと思う。差し迫った睡眠欲求は解消されたけれど、まだ横になっていたいかも、くらいの意識があった時だったから、その音にすぐ気がついた。
入口から聞こえるノック音。ちょっと乱暴で大きい。誰かの声も聞こえてくる。
彼が梯子を降りて、入口の戸を開けに行ったみたい。わたしもそろそろと起き上がり、寝床に入ったままだったけど入口の様子を伺った。
『……ディク、お前、無事だったんだな?! 心配したんだぞ』
『心配かけたな、このとおり無事だった――すまんがもうしばらく寝させてくれ』
『あ、おい! あとで話聞かせろよ、絶対だぞ!』
二言三言で来訪者を締め出して終わらせたらしい、戻って来た赤い髪の彼はさっき言っていた通りに二度寝を――しないらしい、暖炉に薪を入れはじめた。




