9.過去は苛む(さいなむ)
また帰りに寄るね~と明るくラウの街を立った一行は、最終目的地のソレスへと南下した。ソレスは大陸第二の都市であり、カイは領主ゼント公爵の次男なので、今回の警備に就くこととなった。
ソレスまでは3日の距離なのだが、どうもアカネの様子がおかしい。授業にも身が入らず、次第にミオに任せるようになり、到着前日にはだまって窓の外を見つめるだけ。
「ミオさん、アカネ先生どうしたんですか?」
「さあ、ソレスのご出身のはずなんだけれど…。カイに聞いても、知らないっていうし。」
馬車の中は重苦しい空気につつまれ、ぼそぼそと勉強が続けられた。
滞在先であるゼント公爵邸についた。50代の公爵夫婦と思しき男女が待ち構えている。
ミオと公爵のあいさつと紹介がすむと、公爵夫人がアカネに駆け寄った。
「アカネ…!あぁ、よく顔を見せて?何年ぶりかしら…。」
「27年ぶりよ、キリエ。主人がなくなってすぐに都に呼ばれたから…。」
アカネはさびしそうに微笑む。公爵夫人は涙ぐみながら、アカネを抱きしめる。
カサネは、アカネの様子がおかしかった理由を理解した。ソレスはアカネにとって夫を亡くした悲しい思い出の街なのだ。一行に動揺が走った。
「お母様、入って休んでいただきましょう?」
カイの姉シアが、そううながして、公爵夫人はやっとアカネを解放する。公爵が夫人とアカネをエスコートして館の中へと入っていった。とりあえず、部屋に分かれようとなったところで、カサネはカイに声をかけられた。
「あー、カサネも被害にあうかもしれないので、言っておく。母は、女性を着飾らせるのが好きだ。すまんが、付き合ってやってくれ。」
それだけ言うと、カイはさっと姿を消した。
「え、あの、ミオさん…?」
カサネがミオに助けをもとめると、ミオは遠い目をしている。
「多分、部屋のクローゼットにドレスが詰め込んであるわ~。前回来た時は着せ替え人形になったの…。」
聞けば、都のカイの屋敷にまでミオのドレスを送ってくるのだという。それで、ミオの私服は見るたびに違うのかと、変に納得するカサネであった。
案の定、通された部屋のクローゼットはドレスでぎっしり詰まっていた。その前で固まっていると、やってきたメイドさんに有無を言わせず着替えさせられ、髪型も変えられた。お下げをほどかれ、丁寧にブラッシング、下のほうの髪はたらしたまま、上部を結われた。
ぐったりしてると、夕食の時間だと連れ出された。廊下でスオウと出会うと、一瞬丸い目をした後、声を出さずに「お疲れ様」と慰められた。カサネは神官服のままのスオウを見てズルイと怒る。公爵夫人は男性の着せ替え人形はいらないらしい。
食堂につくとまだ少し早かったらしく、カイとミオしかいない。カサネの格好を見て苦笑している。ミオももちろん、先程までの侍女の制服とは違うドレスだ。カイはミオに一つ頷くと、話がある、と二人の元にやってきた。
「姉の話なんだが。」
少し言いにくそうに切り出した。
「すぐ耳に入るだろうから、オレから言っておく。姉は、両親に似ていないだろ?養女なんだ。実の姉は幼い頃に亡くなっている。8年前に記憶をなくした状態で保護したんだ。亡くした姉が生きていたら同じ年頃だというので、母が気に入って養女になった。それを心に留めておいてくれ。」
カサネとスオウはコクコクとうなづいた。
すぐに公爵夫妻とアカネ、それにシアがやって来て、夕食が始まった。
「カサネちゃん、そのドレスよく似合ってるわ!ミオさんも!明日のドレスは何にしましょう?楽しみだわ~。」
公爵夫人は、これが地らしい。アカネが変わらないわねぇとつぶやいているのをカサネは聞いてしまった。
「ほどほどにしなさい、キリエ。仕事もあるんだから。」
夫人をいさめる公爵を見て、改めてカイは公爵似だとスオウは思う。姿形だけでなく、上に立つものの存在感も。その隣のシアは、この家にあってやはり異質だ。どこがとははっきり言えないけれど、スオウは何か引っかかるものを覚えた。あぁ、いけない、食事中だと思考をとめる。
ミオとカイは公爵夫妻のやりとりに慣れているらしく、普通に食事を進めている。夫人に質問責めに会っている隣のカサネを横目にスオウも食事に専念することにした。
ソレスの初日は、穏やかに幕をおろしのだった。