8.久しぶりの我が家
ヒルドレードから南西に道をたどると、港町ラウにつく。ここで、フッセから南下した道と一つになり、南部の中心都市ソレスに至る。ラウは又かつて日の都と続く道への分岐点でもあった。
そして、このラウの神殿はカサネの実家でもある。
「ようこそ。おいでくださいました。」
カサネの父がミオを出迎える。
「ありがとうございます。お世話になりますね。」
ミオは次々と紹介していき、最後にカサネが残った。
「さ、カサネ。」
ミオはカサネの背を押した。
「えっと…ただいま。」
「おかえり」
親子は実に照れくさそうに再会した。
母はカサネをぎゅっと抱きしめると、神官の妻の仕事にもどった。
「おかーさん、私の部屋そのままよね」
挨拶に忙しい母にそう声をかけて、2階の自室へと移動する。ベッドに腰をかけて部屋を見回す。
「…自分の部屋なのに、変な感じ…。」
部屋に変化があるわけもなく、変わったのはカサネなのだが、まだそれに気づいてはいない。
やがて、一息つくと立ち上がった。
「スオウの練習、付き合わなきゃ。」
アカネに言われてスオウの奉納舞の練習に付き合うようになったカサネは、驚いた。
スオウは理解も早く、すぐ上達するのだが、それ以上にカサネの舞の邪魔にならないのだ。
カサネは自分でも自分の舞は「上」の部類になることは理解している。それだけに、一緒に舞う舞手のことが気になるのだ。他の舞手に気をとられてなかなか本気で舞うことができない。
それがスオウは気にならないのだ。一度などは完全にスオウのことを忘れていた。今度アカネに相談しようと思っている。
1階へと下り応接間に行くと、両親がミオ、カイ、アカネと歓談していた。カサネは、そばに控えていたスオウにそっと近づく。
「スオウ、練習つきあうよ。」
「いいの?ご家族と話したいんじゃない?」
「後でゆっくり話すわ。行こう。」
窓を開け、庭へとおり、すこし開けた場所に立つ。
「スオウ、今日は何の舞にする?」
「せっかくだからここの祭神の海の神にしよう?」
そう言うスオウの心遣いにカサネは微笑んだ。
「うん、じゃぁ、いくね。」
足で拍子をとり、旋律を口ずさみながら二人は海の神へと捧げる舞を舞い始めた。
4ヶ月ぶりの我が家で舞う奉納舞。
潮風に吹かれるうちに、カサネはいつしか微笑んでいた。口ずさんでいた旋律はいつの間にか笛の音に代わっている。ああ、父の笛だ。
スオウの舞いを心配することはない。私は舞うだけ。周りの景色が消え、笛の音も遠くなる。カサネはいつしか無心になっていた。神をすぐ側で感じたと思った瞬間、舞は終わりを迎えた。
ひざに力が入らず、崩れかけたところをあわてたスオウに支えられた。
「カサネ、大丈夫?」
「ふぇえぇ~。な、なんかすごかった~」
「うん、すごかったよ、どっかに行っちゃうかと思った。」
いつの間にか庭に来ていた人々からも賞賛の声がかかる。ミオは抱きついてるし、母は涙ぐんでいる。
「アカネ先生、娘は神官にして手元において置けると思ったんですが…。」
「…無理かもしれませんね。」
「嬉しいことなんでしょうが、寂しいですねぇ。」
アカネと父のこんな会話を、カサネは知らない。