4.教師の一日
カサネとスオウは教師といっても、神官なので、朝の祈りには参加する。むしろ、見習いたちの監督のために参加しなくてはならない。
朝食が終わると、一度部屋に戻って授業の支度を整え、教室へと入る。
午前中いっぱい座学の授業をこなし、昼食を取る。ちなみに、授業はカサネが儀式作法、スオウが神学、奉納舞は交代で担当する。
午後は、《鏡の舞》の授業だ。今年の舞い手のうち、一人はヒルドレードのニイナの娘である。カサネとスオウが訪問したときに一緒に遊んだ少女だった。
自分たちのことを覚えているかと、カサネが聞いたところ、もちろん!と返ってきた。
「お二人の舞の練習をみて、神官になるって決めたんです!」
といわれて、思わず抱きついてしまったカサネだった。
《鏡の舞》の授業は約2時間。一般の生徒たちの当番時間もほぼ同じである。この後夕食時間までが、自由時間であるが、教師の二人は、人と会ったり、書類仕事をしたりと忙しい。女王のお茶会に呼ばれるのもこの時間帯だ。
現在、カサネとスオウは神殿の応接室で、記者と向かい合っていた。
「この間はぜんぜん話できなかったから、今日はいっぱい聞きたいのよ~!」
相変わらずテンションの高い人だ。あれからかなり出世して、名刺を見ると副編集長になっていた。
「ああ、もうどこから聞こうかしら!」
「あの~、一度聞きたかったんですが、何で私たちにインタビューを?」
カサネが記者に質問をすると、記者の顔つきが変わった。
「もちろん読者の要望もあるけどね、僕自身も君たちに興味がある。《鏡の舞》の舞い手が、大神殿の神官になることは珍しくない。だが、二人そろってというのは話が別だ。陰陽の一対しか記録にない。しかも君たちは女王自ら呼び寄せている。君たちはね、特別なんだよ。」
記者の説明にカサネは首を傾げた。
「え~、王のいとこのスオウはともかく、私はただの神官なのに~。」
スオウがため息をつき、カサネの肩をたたく。
「…カサネ、いいかげん自分の立場を理解しようよ。」
「え~!?」
カサネはまだ納得がいかないようだった。そんな二人を記者が面白そうにみている。
記者は二人の経歴、仕事内容、交友関係などを確認していった。ゼント公爵家やカイ総督夫妻との交流の噂の真偽も聞かれた。二人は婚約間近という噂もあるそうだ。全力で否定したが、噂とはおそろしいと、カサネは思うのであった。
「うん、ありがとう。とりあえず、これで充分記事になる。そうそう、今度ね、カメラを導入するの!届いたら写真とらせてね!」
と、撮影の許可をもぎ取って記者は帰っていった。
「はぁあ~、普通の神官でいいのに…。」
「カサネ…。」
なおもブツブツ言っているカサネを促して神殿の廊下を歩いていると、図書館から出てきた見習いたちが目に入った。こそこそと挙動不審である。一人が古そうな本を大事そうに抱えていた。二人の視線がその本に留まった。
「…スオウ先生。見たことのあるような本なんですが―。」
「ええ、僕もそう思いますよ、カサネ先生。」
「ですよねぇ。」
カサネは大きく息をついた。
「今夜はゆっくり休もうと思ってたのに。」
「どうやらそういうわけにはいかないですね。」
カサネは仕方ないというように、肩を落とした。
その夜、戸締りを確認し、消灯後の見回りも済ませたカサネは、そっと部屋を抜け出た。共用部への扉の鍵が開いていることを確かめると、眉をひそめる。静かに神殿内へ入ると、祭壇の後ろでスオウが待っていた。
「やっぱり?」
「うん、もう入ってるね。」
スオウが開いている扉を指差す。
「開けられたら封印した意味がないじゃない。スオウ、手抜いた?」
「返す言葉もないです。じゃ、行きますか。」
扉を抜けて、通路をしばらく行ったところで、遠くの悲鳴が聞こえた。バタバタと複数の足音が近づいてくる。
見習いたちが半泣きで駆け寄ってきた。
「せ、せんせい!?」
「はいはい、この先の泉のほとりに竜の石像があったんでしょう?」
「え、石像…?本物じゃない…?」
カサネの冷静な言葉に、見習いたちはちょっと落ち着いたようだ。
「4人いるね。これで全員かい?」
スオウが尋ねると、見習いたちは仲間を見回す。
「ト、トウルがいませんっ。」
「僕が見てくるよ。カサネ、後よろしく。」
スオウは、ひらりと真っ暗な道に吸い込まれていった。
「さあ、あなたたち。本を出しなさい。」
カサネが見習いたちに手を差し出す。
「え?何で知って…。」
一人がおずおずと本を渡した。
「何で知ってるかって?それは、私たちも昔この本を読んで、ここに来たからです。あの石像は、伝説をもっともらしくする為に置かれてたの。」
見習いたちは、皆納得したようにうなずいていた。
「さて、今日はもう遅いから、速やかに部屋に帰って休むこと。お説教は、明日、朝の祈りの後にです。いいですね?」
見習いたちは、しゅんとしながら素直に約束した。
見習いたちが寮に帰っていくのを見送ると、カサネはクロスの元へと急ぐ。
「さ~てと。あっちはどうなったかしら?」
スオウとトウルの姿はなかなか見つからない。どうやら、クロスのところにいるようだ。
「スオウ、クロス。トウルは?」
泉まで来たカサネは、そう声をかけた。
「カ、カサネせんせ~。」
苦笑するスオウとクロスの前に、半泣きのトウルがへたりこんでいた。
「あらら、見つけちゃったんだ。」
カサネは、トウルの前にかがみこむ。
「クロス、おじいちゃんになってあげて。」
戸惑うトウルの前で、クロスが人型になった。
「あ、あ、あれ?」
白髪の老人に、トウルの恐怖は消えたようだ。
「クロスじゃ、よろしくの。」
「よ、よろしく?トウルです。」
条件反射で挨拶するトウル。
「お前さんもたまに来てくれるとうれしいのう。いいじゃろ、坊?」
スオウはため息をついた。
「仕方ないな。週に一度だけですよ。」
「ですって、トウル。おじいちゃんの相手してあげてね。」
こうして、おじいちゃんこと竜のクロスの遊び相手が一人増えた。
カサネとスオウは、まだ混乱しているトウルを寮へと送り届けて眠らせてから、ようやく自分たちの部屋に戻ることができた。
長かった教師の一日は、終わった。




