暗殺者、騎士団長に抗弁する
「正規軍による……討伐……!?」
私は仰天してハメル団長を見た。
ハメル団長は灰色の瞳を私から逸した。
「そうだ。もはや《シジルの聖女》の存在は我が国にとって現実化した脅威だ。捨て置くわけにはいかん」
「で……ですが!」
思わず、私は大声を発した。
そこでハメル団長が驚いたように私を見た。
「ですが、あの《シジルの聖女》がもし本物であるとするならば、それを討伐するなどとはあまりにも恐れ多いことでは!」
私は必死に言い張った。
「ハメル団長、どうかご再考を! ウェインフォードの民たちの反感を買えば、王国そのものへの信頼が――!」
大声を出してから、私ははっと口を噤んだ。
そうだ、私は彼の臣下でも部下でもなく、奴隷――要するに、単なる所有物だ。
所有物が持ち主のやり方に口を挟むなどとは――あってはならないことだ。
私は自分の口を突いて出てきた言葉に驚き、そして震えた。
「あ、いえ――も、申し訳ございません! どうかご容赦を!」
私は床に這いつくばり、額を擦り付けるほどに下げた。
この瞬間にも素っ首叩き落されても文句は言えない失態をやらかしてしまった。
一体どうしてしまったのだ、私は――私は自分の発言に恐怖した。
「イーヴ、お前がそんな言葉を言うとは驚きだ」
ゆらり、とハメル団長は椅子から腰を上げた。
「お前との出会いは二年前。ヘマをやらかした盗賊団が騎士団の追撃を逃れる際に、囮にしたのがお前だった。自分の命の替わりに、お前は奴らの根城を洗いざらい吐き、盗賊団は壊滅した」
私の顔が、あっという間に冷や汗に塗れ、床に次々と丸い染みを作った。
「お前は、自分は生きるためならなんでもする人間だと言ったな。あの盗賊団も本当に心の通じ合った仲間ではなかった、ねぐらと食事を与えたから共にいただけ、自分は既に悪魔に魂を売った抜け殻だと。だから私はチャンスを与えた。この王国の影となって生きる道だ」
鎧の足が、私の前で止まった。
すらっ、という音とともに抜かれたのは、長剣だった。
私が目だけを動かして見ると、鋭い光を放つ鋒が私の頭上に移動した。
「お前がどれだけ矜持も恥もない人間なのか忘れていた。今度は王国をも裏切り、聖女に肩入れする気か? 流石にその背信は目こぼしができん」
そうだ、私は既に意志のない人形だった。
その時々で最もよい条件を与えてくれる存在にすり寄るだけの、意志なき影。
それが私の生きてきた道であり、これからも踏んでゆく泥の道だった。
「今の発言は――訊かなかったことにする。聖女の暗殺も、最初から期待などしていなかった。お前は使命を果たしたと考えよう」
もし次に同じような口を利けば――。
そう主張するように、私の頭頂部を冷たい鉄の感触が、二度触れた。
少し力を入れるだけで頭蓋を断ち割るだろうその鉄の感覚に、私はすっと気が遠くなった。
「安心しろ。お前がどれだけ絆されたとしても、我々は数日中にも聖女を討つ。そうすればお前の目も覚めるだろう」
ぐっ、と、床に貼り付けさせた手に力が入った。
そうだ、これは一時の気の迷い、あんな間抜けな女に絆されたなんてことはない。
今まで何度も裏切ってきたし、同じ数だけ何度も裏切られてきたはずだ。
特定の人間を養護しようとか、肯定しようとか、そういう気持ちから私は最も遠くあろうと決めたはずじゃなかったか。
ならば――この焦燥感はなんなのだ?
私は私に自問した。
私は一体、どうしてしまったというのか。
ハメル団長が部屋を去ってゆく気配を丸めた背中に感じながら、私は長く自問していた。
「面白そう!」
「続きが気になる!」
「温泉行きたい!」
「ホテルの朝食バイキング懐かしい!」
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