聖女、平和の湯を開湯する
「えー、皆さん。本日いよいよ、二号泉の完成に漕ぎ着けることが出来ました」
うおおおお! という野太い雄叫びとともに、最初の数倍に膨れ上がった群衆が拳を突き上げた。
その中にはまだ松葉杖をついているもの、全身に包帯を巻いた男たちも散見されるものの、温泉の癒やし効果が遺憾なく発揮されているのか、顔は一様に晴れやかで元気そうだ。
「この二号泉の完成には随分困難も伴いましたが、皆さんのご助力のお陰で今日、晴れて完成することができました。えー誠に喜ばしい限りで……」
「おいコノヨ! 挨拶が長い!」
そう野次を飛ばしたのはハイゼンだ。
早くオンセンに入れさせろ、満面の笑みを湛える顔にはそう書いてある。
「うるさいわねぇ! こういうのはきちんとするもんなの! ……えー、邪魔が入りましたが、本題に入ります」
私は冴えない声で冴えない挨拶をした。
「この二号泉の名前をずっと考えておりました。最初は『エルナディアの湯』というのを考えましたが、ここ二号泉の建設にはウェインフォード王国の兵士の皆さんの力もお借りしております」
そう言って、一団の隅っこにいるウェインフォードの兵士たちを見た。
エルナディアの兵士たちに囲まれて所在なさげにしていたものの、今ではすっかりと互いに打ち解けている。
最初の兵士たちが投降してからも、ウェインフォードのはぐれ兵の投降はぽつぽつと続いた。
今では全体の一割ぐらいがウェインフォード兵になっており、無論のこと彼らもこの温泉地建設には大きく貢献してくれた。
「 今は互いにいがみ合い、戦争状態となっておりますが、いつかその戦争も終わり、ここのように互いに裸で付き合いができる日が来ることを願って、私はこの温泉に『平和の湯』という名前をつけたく思います!」
わあっ、と男たちが拳を突き上げて快哉を叫んだ。
エルナディア兵とウェインフォード兵は肩を組み合い、お互いに大笑いしている。
本当に敵兵同士なのかわからないような有様だった。
「それでは! 『平和の湯』、いよいよ開湯します!」
私がパウラに目配せすると、パウラがすっと手を挙げた。
「樋を開け! 全員、源泉周囲から退避!」
源泉の位置から延々と張り巡らされた木製の樋から仕切りが取り外される。
私は沈黙している源泉を見て、言った。
「『平和の湯』、開湯!」
《スキル【源泉操作】により、温泉の湧出が再開します》
その途端だった。
ゴゴゴ……! という地鳴りのような音とともに、地下の岩盤の隙間を伝って、湯が地面を突き上げるのがわかった。
バシュッ! という鋭い噴気音と共に、湯の柱が天を衝いた。
見上げる空にきれいな虹がかかり、噴き上がる湯が樋をあっという間に満たした。
源泉温が80℃近くに達する『平和の湯』は、木製の樋を通る間に冷やされ、適温になって湯船に到達する。
湯船にはタイルを敷き詰め、荒々しい岩を組んで大いに広く取ってある。
百人は浸かれる大露天風呂に、湯はごうごうと唸りと湯気を上げて流れ込み始めた。
男たちが『平和の湯』の周りに駆け寄り、徐々に水位を上げてゆく温泉を覗き込んだ。
「ヒャッハー! もう我慢できねぇ!」
喝采の中で、誰かがそう叫び、その場で服を脱ぎだした。
うわっ! と私が驚いているうちに、何人かの兵士たちが同じように服を脱ぎ、まだ溜まりきっていない露天風呂に飛び込み始めた。
「こっ、こら! ちゃんと服は脱衣所で……!」
「そんなもの知るか! 俺も行くぞ!」
私の横にいたハイゼンがローブを脱ぎ出し、私は慌てて視線を明後日の方向に向けた。
「ははは! なんだこの湯は! ヌルヌルするぞ!」
「うわっ、しょっぱい! こっちの湯は何だか塩味がする!」
「こいつは俺の尻にできた湿疹によさそうだ!」
「全く、オンセンは天国だぜ!」
丸裸になった男たちはまるで子供に戻ったかのように大はしゃぎし、湯を互いにかけ合ったり、肩を組んで汚いものをブラブラと揺らしながら『平和の湯』で騒ぎまくっている。
「全く、オンセンの前には敵も味方もありませんね……」
パウラが呆れたように笑い、私を見た。
私もその微笑みにつられ、失笑してしまった。
「面白そう!」
「続きが気になる!」
「温泉行きたい!」
「緊急事態宣言解除されたらすぐに風呂!」
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