暗殺者、召喚師に囚われる
タオルで全身を隠し、「私」はオンセンにおっかなびっくり足をつけた。
下僕の男が言った通り熱い――が、それは全身の血液が逆流するような熱さではなかった。
膝まで浸かり、耐えられそうな温度だと悟った私はゆっくりと腰を下ろしていく。
腹まで、胸まで、そして肩まで――。
全身をお湯に浸けた「私」の口から、ああ、というため息が漏れた。
「気持ちいい――」
全身にぶるっと心地よい震えが走った。
ただの湯浴みの湯とは違う、差し入れた瞬間に肌から染み通ってくるような湯の心地よさ。
一瞬で全身の疲れがほぐれ、温められた血液に乗ってどこかへと流れ去っていくような快感。
今まで経験したことのない心地よさに、私の全身の筋肉ひとつひとつが快哉を上げているのがわかる。
「どうだ、オンセンの感想は?」
木陰から男の声がした。
「私」は思わず、思った通りのことを口にしていた。
「気持ちいい――! なんていうか、湯浴みとは違う気がするわ」
私が言うと、フッ、と男が笑ったのがわかった。
「俺もここに来たときはお前と同じことを思った。そら、疲れているところがあるなら湯の中でよく揉み解してみろ、疲れが取れるらしいぞ」
そう言われて、「私」はここに来るまでにパンパンに張ってしまったふくらはぎを揉み解した。
確かに、力を入れて揉むたびに、着実に疲労が身体から抜けていく気がする。
「温泉で温められているから血流がよくなるんだ。そこでマッサージすれば癒やしの効果が高まる。オンセン療法――とか言うそうだ。あの女の受け売りだがな」
「オンセン療法? そんなものがあるの?」
「ああ、ここのユモリの女がそう言っていた。この世界には存在しない言葉だ」
えっ?
その言葉に、私は背後を振り返った。
「この世界には、って――《シジルの聖女》は異世界の人間なの? まさか」
「私」がそう言った瞬間、男が一瞬だけ沈黙した。
そして、木陰でふーっと長くため息をついた後、低く言った。
「やっぱりか――」
「えっ?」
「お前、ウェインフォード王国の人間だな?」
その一言に、「私」はぎょっと目を見開いた。
「俺はコノヨが異世界の人間だとは言ったが、《シジルの聖女》だとは一言も言っていないぞ。――それに、ダークエルフは何かとワケアリが多い。万が一を考えてコノヨから引き剥がして正解だったな」
しまった――!
「私」は自分の失策を悟った。
ついついこのオンセンに温められるがまま、言ってはならないことを言ってしまった。
慌てて湯船から上がり、服の上に置いた弩を取り上げようとした、その途端――。
「求めに応じて我が腕に寄り至り来たれや、《召喚》」
不思議な詠唱が耳に聞こえたと思った瞬間。
ボン! という轟音とともに発した閃光が「私」の周囲を取り囲み――。
その閃光が治まったかと思うと、巨大な石の壁が私の周囲をぐるりと取り囲んでいた。
「なっ――!?」
「やれやれ、俺がただの下僕ではないことまで伝わってると思ったんだがな――」
男が木陰から這い出してきて、巨石に囲まれて目を白黒させている「私」の目の前に立った。
「しかしお前、思いっきり拓けた場所から人を射ろうとするわ、どう見てもそうは見えないのに猟師だと名乗るわ、進められるままホイホイとオンセンに浸かって丸腰になるわ……正直、いつかは送られてくる刺客がこんな脇が甘いヤツだとは思わなかったぞ。本当にそうなのか、流石にさっきの決定打までは俺も半信半疑だった」
男は、私を哀れんだように見下ろし――。
そして何故なのか、とても嬉しそうに笑った。
「暗殺者としてはなかなかのポンコツだな、お前」
「面白そう!」
「続きが気になる!」
「温泉行きたい!」
「ケロリン桶って東西でサイズが違うんだよ!」
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