聖女と召喚師、工兵隊を指揮する
数日後。
帝政エルナディアから続々と到着した兵士たちの数は、ざっと五十人もいただろうか。
てっきり十人程度、バイトのシフトレベルの「人手」を予想していた私はその数に仰天した。
しかも、どれもこれも人相が悪い。
ずらりと立ち並んだ兵士たちの視線は鋭く、若干やさぐれたような雰囲気がある。
その顔の険しさに、召喚前所属していた会社で経験した現場の殺伐とした雰囲気を感じ取り、私は大いに肝が冷える思いを味わった。
「聖女様、とりあえず、土木や工事に手慣れた工兵隊の者たちを派遣させていただきました。人手は足りましたでしょうか」
ヘルムで顔を隠した兵士にそう言われて、私は全力で首肯した。
彼は数日前、ハイゼンの首筋に刃を突きつけたあの兵士だった。
相変わらずそのヘルムに隠されて表情がわからないから不気味だった。
「う、うん――予想より数が多いぐらい、十分よ。今は戦時なんでしょ? こんな山の中に人手割いて大丈夫なの?」
「アダム第三皇子たってのご希望です。本来ならば一個師団を派遣するつもりでおりましたが――流石にそこまでの余力は」
ヘルムの兵士が済まなさそうな声を出して、私は慌てて否定した。
「いや全然! 全然足りるから! 一個師団も送ってもらわなくていいよ!」
「そうですか、それならば安心です」
ヘルムの兵士はそれからきちんと踵を合わせ、大声で言った。
「エルナディア帝国工兵大隊五十名! 本日より《シジルの聖女》様とその下僕様の指揮下に入ります! なんなりとお申し付けくださいませ! ――皆の者、よいな!」
応! という、男たちの怒声が山の中にこだました。
私はその迫力に押され、岩の上でもじもじと身をよじらせた。
「お、俺のことまだ下僕って……」
ハイゼンが小声で私に言った。
「ま、まぁ、下僕でいいじゃない。元王宮付き召喚師だってバレたら何されるかわかんないわよ、アンタ」
「そりゃそうだが下僕って……」
「見なさいよあの顔つき、ああいう人たちにはナメられたら終わりなのよ。現場とは対等に、そして誠意を持ってハキハキと、いい?」
そう、それは私が数年間のサラリーマン生活で得た教訓だった。
こういう手合いには下手に出たらおしまいなのだ。
私はゴホン、と咳払いをひとつし、若干震える声で指示を飛ばした。
「よ、よし! 皆さん、まずは温泉の周囲の整備をお願いします! 麓の道からここまでの道を整備してください! ここに来る人々は傷病人です! なるべく段差等がないようにお願いします!」
私が言うと、人相の悪い男たちは皆手に手に土木道具を持って三々五々と散っていった。
ふう、ひとまず言うことは聞いてもらえそうだ……と安堵したところで、隣に立ったヘルムの兵士が少し遠慮がちに訊ねてきた。
「しかしコノヨ様――恐れながら、このオンセンと呼ばれるものはそんなによいものなのでしょうか?」
えっ? と私はヘルムの兵士を見た。
「あ、うん、まぁ、この世界じゃ一般的じゃないようだけどね……もしかして気になるの?」
私が言うと、ヘルムの兵士が少し戸惑ったような気がした。
フルフェイスのヘルムで顔が隠されているために表情がわからないが、それでも少しそわそわとしているのがわかる。
「……少しワガママを言わせてもらえば、この鎧というものは蒸れるのです。重い上に熱気も籠もります」
ややあって、兵士はそう言った。
なんだか入念に外堀を埋めるような話の内容だった。
「ここまで来るのに少し汗をかいてしまいまして……もしよければ私もこのオンセンに浸かってみたいのですが……」
ほほう、奇特なヤツだ。
あのドワーフのおっさんなどは顔と口調に見合わず尻込みしたというのに。
この度胸は買う以外にないだろう。
「ああ、全然いいよ。後でみんなにも浸かってもらう予定だから。ささ、脱衣所とタオルはあそこにあるからどうぞ」
「ありがとうございます」
言うが早いか、兵士はヘルムに両手をかけ、ずぼっとヘルムを脱いだ。
その途端、ヘルムから溢れるように出てきた赤を見て、私はぎょっと目を瞠った。
「どうにも、この陽気でこのヘルムは蒸れてかないませんね――」
しゃらっ、と、効果音が聞こえてきそうな勢いでこぼれた、長い赤髪。
本人の言う通り、少し上気した白い肌。
きっちりと整った眉目。
すっと通った鼻筋。
そして長いまつげの下の、切れ長で鋭い瞳。
この人は――女性だ。
「面白そう!」
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「温泉行きたい!」
「酸性の温泉に浸かると布団まで臭くなるよ!」
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【追伸】
3/7、異世界転生/転移ランキングで3位を頂きました!
これからも温泉の魅力を伝えてゆきます!
ここのサイト名が『温泉名人になろう!』に変わるまでこの作品をよろしくです!




