第三十八話 もはやハラスメントハラスメントハラスメントのある世界
「あ、松原先生」
「おお問題児コンビ」
「それはレビだけです」
音楽祭の練習を終えた俺たちは、校門の前で煙草をふかす先生を見つけた。
ジャージに煙草、地面に直置きされた缶コーヒー。
相変わらずだな。
「なんで先生になったんだこの人」
やべ、声出てた。
「あ? 公務員だからだよ」
いうなや。
「公務員っていうのはそんなに素晴らしいものなのですか」
「経済的安定が保障されてるって点ではな。露骨なブラック職もないし。教師以外」
教師ブラックなんかい。
部活なんか持つと大変って聞くもんな。
この人顧問とかできんの?
「ていうか私立高校だと独自の試験とか面接とかあるんじゃなかったでしたっけ」
「あったな」
「良く受かりましたね」
「お前はどこか私をなめている節があるな」
「節じゃなくて全てです」
「問題児コンビで間違ってなかったな」
彼女はたばこを持った方の手で頬に手を当てた。
この人も美人ってわけじゃないが独特の雰囲気がある。
それなりの経験をしてきたのだろう。
「他にはないんですか。教師になった理由」
「なんだ鈴木。お前教師になりたいのか」
「いえ全く」
全くかい。
「正解だな」
正解かい。
教師くらい教師という職業に対する夢を壊さないでくれよ。
教師だからこそなのかもしれないが。
「ちょうどいいからちょっと話でもしようや」
「先生とですか? 業務連絡とか?」
「いや、ただの雑談」
「ま、まあいいですけど」
松原先生は短くなった煙草を地面に捨てて足で踏む。
だめじゃない?
懐から煙草の箱を取り出し、次の煙草に火をつけた。
つけるな。
ふぅーっと飛行機雲のような白い煙が空を走る。
賺すな。
「お前らつがいとかいんの?」
いや言い方。
「恋人がいるか聞くのってこのご時世セクハラに当たるらしいですよ」
「は? なんで?」
「知りませんけど」
「不快に感じなきゃセクハラじゃねーだろ」
「先生はいるんですか、その、彼氏さん」
「セクハラですけど」
「ぶっ飛ばすぞ」
なんだこいつマジで。
人を腹立たせる特殊能力でも持ってんのか。
「先生好きなタイプとかってあるんですか?」
レビはホント好きね、恋バナとか。
ちゃんと女の子というか。
「多くの日本銀行券を持ち、それを使って私が経済活動を行うことを拒まない人間かな」
「金を使わせてくれるタイプの金持ちですね」
「貧相な言い回しをすればその通りだな」
別にお前の言い方も文学的じゃねーよ。
汚いものにふた文章やめろ。
「でもお前らと違って元カレはいるからな。はい私の勝ち」
こいつは生徒と何を競ってるんだ。
つーかなんで恋人いたことないってわかんだよ。
「私だって元カレくらいいましたよ」
嘘をつくな。
天界にいたのかもしれないが顔つきからして多分嘘だ。
つーかいてほしくない。
嫉妬とかじゃなくてこいつに負けるのはマジで嫌。
「ほう。そうだったのか。なぜ振られた?」
「なぜ振られた前提なんですか」
「百パーそうだろ」
僕もそう思いますね、ええ。
「とりあえずヤりたい猿にいいように持ち上げられて気を良くして付き合ってポイ捨てされされたパターンだろ」
「訴えますよ」
百パーレビの勝訴ですね。
完全に現代の教師の倫理観を逸脱してますねこれは。
「どんマイケル」
ギャグも古いし。
「しっかし鈴木はピュアなんだな。意外というかやっぱいというか」
「当たり前じゃないですか。私は女神ですよ?」
「そのぶっ壊れ具合、嫌いじゃない」
まあ確かにレビはじめ生徒への理解度は高い気がする。
女神ですなんて自称するやばいやつをうまいこと扱えているのは素直にすごい。
「オウシキとかの方が下ネタ得意だろ」
「まあ別に抵抗はないですね」
元男だからね。
女性に比べれば耐性あるやつの方が多いだろう。
「貫通済み?」
こんなこと言ったら教師の方はマジで解雇なのでよい教師のみんなはマネしないようにね!
「いや、膜付きです」
「マジ? 私の見立ててでは絶対清楚系ビッチだったのに」
こいつスゲーな。
解雇されたくて自暴自棄になってんのか。
「黒髪ロングで友達がうるさい静かな女は隠れヤリ〇ンだと相場が決まってるんだ」
説得力のある問題発言はやめろ。
納得しちゃうから。
「あとブス以外のスポーツ好きもな」
俺完全にアウトじゃねーか。
ほらレビ顔赤くして耳ふさいじゃってんじゃん。
かわよい。
「先生こそどうなんですか? もうアラサーでしょ」
「29だぞ」
「それはアラウンドサーティですね」
「正論言うな。ロジハラだぞ」
厄介な女かよ。
厄介な女だったわ。
「まあそんな性格だったら男が寄り付かないのも理解できますね」
「あふれ出るカリスマのこと?」
「寄せ付けないじゃなくて寄り付かない、な?」
かっこいい言い方してんじゃねーぞ。
正直そういうオーラもちょっとあるし。
この時代に若手教師が煙草に缶コーヒーって。
逆にかっこいいわ。
「でも先生学生時代はモテてそうですよね」
「まあぼちぼちな。顔はそれなりだし、授業サボって煙草吸ってたら雰囲気がいいとか言われてモテたもんよ」
ま、ちょっとわかるんだよね。
今でいうアンニュイってやつかな。
常識に縛られない女性にひかれるってあるよね。
そのまま成長しちゃうと不適合者なんだけども。
「あれは高校二年の冬。……ん? 一年だっけ?」
「覚えてないなら無理に回想しなくていいですよ」
「そうだ。三年の春だ」
全然ちげーじゃねーか。
「告られたんだよね」
内容うすっ。
「でも中学生ってまだそういうの恥ずかしかったりするじゃん」
中学の話かい。
さっきまで高校の話だっただろうが。
「だから振ったんだよね」
ご飯作ったから食べたんだよね、みたいな当たり前の話をするな。
「ていうか生理的に受け付けない顔だったからさ」
結局顔じゃねーか。
「そいつ今有名な銀行で働いててさ、付き合っときゃよかったなぁ」
間違いなく結婚まで至らなかったから大丈夫ですよ、杞憂です。
「離婚して慰謝料で暮らしたかった」
クズの権化かな?
「一緒にディナーしたら三万くらいくれねーかな」
アラサーでパパ活しようとしてんの?
むしろお前がママ活する年齢だろ。
いや、ダメだけども。
「ん? オウシキ、ライター持ってる?」
持ってるわけねーだろ。
新手の持ち物検査か。
「やべぇ、オイル切れたっぽいな。後でコンビニ寄るか」
高校生とするつなぎの会話じゃねーだろ。
話題切れたならもう解放しろ。
「そういや音楽祭の方針まとめたのお前ららしいな」
「いや、鶴瀬さんですよ。私たちは特に何も」
「そうか。クサい演技かましたと聞いてたんだがな」
「知ってるなら聞かないでくださいよ」
「ご苦労さん」
「いえ。大したことはしてないので」
「そうか」
彼女は空を見上げ、再び煙を吐き出す。
この姿を見ると、雰囲気でモテたというのもうなずける。
「人生の思い出はいつでも作れるが、高校の思い出ってのはこの三年間でしか作れない。全力で楽しむのも、やさぐれるのもいずれ思い出になる。どっちも許されるのが青春ってやつのいいところだが、まあ全力でやる方が多分楽しい」
「経験談ですか?」
「経験談と市場調査の結果だ。サンプルには事欠かない職業でな」
「それは信頼のおけるデータですね」
「この学校は三年間同じクラスだし、一年の時に頑張る空気感を出せるとおのずと二年時も三年時も頑張れる。逆もしかり。そういう意味で実は今年が正念場だったんだ」
「先生が直接言えばいいのに」
「過干渉はネグレクトと同意ってのが私の考え方だ」
「……そうですか」
横から見る先生のほほえみはとてもやさしかった。
なんだかんだ言っても教師なんだな。
過激な発言こそ多いけれど、人を導くという点においては天職なのかもしれない。
「悪いな、長話に付き合わせて。最後に一つだけ」
「はい。何でしょう」
松原先生は持っていた煙草を地面に落とし、ぐりぐりと足でこすって火を消した。
改めてこちらに向き直り、先ほどと変わらぬ顔でにこりと笑う。
「高校生と合法でヤれるのは今だけだ。ヤっとけ」
「また明日ー」




