第三十七話 合コンとは合同コンペティションである
「お待たせ―。男子はもうそろってるー?」
暖簾をくぐるとそこには四人の男性がずらり。
木のテーブルと気の長椅子。
小さな、いや特別小さいわけではないかもしれない部屋に俺たちは順に入っていく。
奥から順に有村先輩、斉藤さん、レビ、俺。
こういう時でも端っこになってしまうあたり、俺ってやっぱ、ね?
「おー! 来た来た! さっき着いたとこだよ」
ううん、今来たとこ。
ってね。
「うわっ、皆めっちゃ可愛いじゃん!」
「もー、またそんなこと言ってー」
おっぷ。
すでに吐きそう。
この偽りの薄っぺらい言葉に満ちた空間。
何らかのアレルギーが俺に襲い掛かっているとしか思えない。
「じゃあ注文だけしちゃって、早速自己紹介と行こうか」
全員分の飲み物とシェアできそうな小料理をいくつか頼んでくれた。
ぱぱっと注文を済ませてくれるのは正直助かる。
俺がメニューを選ぼうとなると十分くらいはかかる。
なんで皆あんなにポンポン注文決められんの?
「じゃ、女子から!」
え。
こういうのって男子からのイメージだったけど。
有村先輩気合入りすぎじゃね?
「ご存じ! 有村〇純です!」
どっ!
ここでひと笑い。
さすマネージャー。
いきなりボケを突っ込む勇気。
「っていうのは嘘で、有村柚子でーす! 青浜高校二年、サッカー部マネージャーやってます! よろしく!」
うぇーいと声が上がり、全員がパチパチと手をたたく。
俺が最後の一拍したろ。
パン。
うぇーい。
「じゃあつぎ! 薊ちゃん!」
薊?
斉藤薊?
名前怖くね?
「ども、斉藤薊です。有村先輩に無理やり連れてこられました。よろしくです」
「ちょっとー!」
ここでもひと笑い。
やるなサッカー部。
「つぎ、レビちゃんお願い!」
「ふっ」
ちょっと待て。
その『ふっ』は嫌な予感がする。
彼女は立ち上がり、両手を横に広げる。
ブラジルワールドカップでそういう像見たよ。
「お待たせしました。お待たせしすぎたかもしれません」
大爆笑である。
レビはわかってないと思うけど、それね、下ネタの一種よ?
「我こそは青浜高校に舞い降りた女神。天上天下唯我独尊」
キリストなの? 仏教なの?
「立てば芍薬座れば牡丹歩く姿は百合の花」
立てば災厄座れば傲慢歩く姿は神の恥。
「どうも、鈴木灵美です。よろしくお願いします」
ピン芸人かな?
「ははは、面白い子来たな!」
「おっとりしてそうなのにイメージ変わったわ!」
有村先輩、顔顔。
大丈夫だって。
ネタキャラはワンナイまでしかいけないって。
「最後、楓ちゃんお願い!」
あ、俺最後か?
まあでもウケ狙いとかいらないよね。
我、女子だし?
きゃるん!
そう思っていた矢先、レビが俺に耳打ちをする。
「頑張ってくださいオウシキ、オチですよ」
ふざけんなお前。
ねぇ面白い話して、と同罪だぞ。
全員ある程度笑い取ってきやがって。
俺が一番常識人なんだぞ!(多分)
常識人(つまんない奴)なんだぞ!
最後に回すな!
「えー、えっと、黄色楓です。黄色ってかいておうしきって読みます。よ、よろしくお願いします」
鳴り響くうぇーいアンド拍手。
正直嘘でも助かる。
泣きそうだから。
チャンスだよ男子。
今なら落ちるよ。
再びレビが俺に耳打ちする。
「おもしろーい」
本日この瞬間に限り刑法199条の無効を求めます。
こいつ皮肉なんて芸当も使ってきやがるのか。
「私の勝ちですね」
「お前は今のとこ一人いると助かるおもしろ枠だぞ」
「せいぜい吠えてればいいですよ。誰ともREIN交換できずに一人寂しくいきつけのバーで男の見る目に文句でも付けててください」
「行きつけのバーもないし酒も飲まん。お前こそ万年独り身のくせに彼氏持ちに偉そうにアドバイスする未来が見えるぞ。身に着けるものこそ女の価値とか言って似合わないブランドものでも買い漁っとけ」
「買い漁ってるし似合ってますけど」
ぐうの音も出ねぇ。
「そこまで言うなら勝負します?」
「韮崎君の時はよくわからない感じで終わったからな。終了後にREIN求められた人数でいいか?」
「構いません」
ここに俺とレビの仁義なき戦いが火ぶたを切ったのであった。
俺は戦いにおいて優れた武器を持っていたことは一度もなかった。
ずば抜けた才能、並外れた身体能力、割れた腹筋、甘いマスク。
スポーツにおいても恋愛においても神のギフトは俺の元には届かなかった。
それならばどう戦う?
もちろん頭を使ったわけだ。
戦術? 心理戦?
任せてくれ。
男の気持ちがわかるのは男。
この勝負、頭で勝つ。
自己紹介だってただただコミュ障を披露したわけではない。
最初の三人が陽キャまではいかないものの、こういう場になれた感じを出していた。
確かに明るくて話しやすい女の子は人気がある。
だがそれ以上に人気があるのは、自分しか気づかない魅力のある女の子。
これに限る。
クラスの中心にいるみんなのアイドルとクラスの端っこで小説を読んでいる女の子。
どっちがモテるか。
……ん。
みんなのアイドルの方がモテそうだな。
例え間違えた。
何が言いたいかというと、男はしおらしい女に弱い。
これに限る。
場に合わせてちょっと頑張ってる女の子。
自己紹介で俺が演出したのはこれだ。
清楚厨と処女厨はまず俺に目が向いたはず。
勝負に勝つには己を知り、敵を知らねばならぬ。
分析するんだ。
男子の自己紹介を!
「じゃ、俺から。今回の幹事兼柚子の友達、倉本晴馬です。白砂高校でサッカーやってます。彼女募集中! よろしくー」
守備範囲狭そう、肩弱そう。
ちげーや。
高校生らしい茶髪にそれなりの顔面、明るいキャラクター。
特別チャラいわけではないがそれなりに恋愛経験はありそうだ。
最初から全体に向かって彼女募集中と投げかけている。
その視線はきっちり全体に向けられていたから、この中に意中の相手がいるわけではなさそうだ。
こういった個室で出入り口付近に座りたがる人は緊張しいや不安を感じやすい人間だ。
心理的にすぐ逃げられる位置を求めている。
逆に言えば、一番奥の席に座れる人はこの場に対して不安を抱いていないということになる。
場慣れしているかコミュ強か。
おそらく両方だろう。
「甲斐田愁です。どうも」
「もっとなんか言えよー!」
「そうだよ、かい君ー」
クール系だな。
何より顔がいい。
少女漫画のクール枠がそのまま出てきたような顔をしている。
正直タイプ、だが。
俺はちらりと有村先輩の顔を見る。
そんな顔もできるんですね。
……甲斐田君はやめとくか。
「ども! 斉藤昂輝っす。俺だけ後輩なんすけど女子は同学年多いみたいなんで、気軽に話してほしいっす。よろしくっす!」
すっすっすっ。
安易な後輩キャラ付け乙。
まあでもつんつん茶髪の犬系後輩、いいね。
「最後テルよろしく!」
「う、うん」
最後に残ったのは俺の正面。
なんというか、圧倒的に普通の青年。
「高木光希って言います。光に希望の希って書くのでコウキとかミツキって間違われるんですけど、テルキです。よろしく」
パチパチと拍手が起こる。
ああ、なんか親近感覚えるわ。
そうだよねそうだよね、緊張するよね。
落ち込まないで、私も同じ。
「緊張するよね。私もこういうの慣れてなくて」
はいかわいい。
はい落ちた。
完璧なフォロー、勝ち卍。
光希君いただき。
「ありがとう。僕もこういうの初めてで。オウシキさんみたいな人がいて安心しました」
そうだろうそうだろう。
共感は最強の武器。
男女ともに共感してくれる人のことは大好きさ。
「オウシキさんって綺麗なのに親しみやすいっていうか」
「あはは、そうですか? 良く目が怖いって言われるのでうれしいです」
「そんなことないと思うけどな」
おうふ。
そんなに見つめられると楓ちゃん困っちゃうな。
この辺でちょっと周りの様子を見ておくか。
「お前マネージャーちゃんとできてんのか?」
「当たり前じゃん。何なら一番頑張ってるから。ね、薊!」
「そっすね」
「言わせてるやんけ!」
「晴馬こそどうなの? また適当やってんじゃないのー?」
「は? 俺二年のリーダーだし。来年キャプテンだし」
「え、マジ?」
「マジらしい」
「え、ありえなくない? 白浜ってサッカー部弱いの?」
「少なくとも青浜よりはつえーわ」
「は、うちの方が強いしー」
なんだこれ。
こんな会話聞いててもなんも面白くない。
もうそこ二人がくっつきゃいいんじゃねーの?
斉藤さんはずっとポテト食ってるし、甲斐田君はジンジャーエール飲んでるし。
でも有村先輩はちらちら甲斐田君のこと見てるし、話に巻き込もうともしてる。
さあレビは……。
「おー、サッカー好きなん? 俺も俺も!」
あ、その話題は気を付けないと。
「そうなんですね。好きなチームとかあるんですか?」
「チームっていうか、俺はあれが好きなんだよ、デリクセン! サンダースの!」
「デリクセンはインターに移籍しましたよ」
「あ! え! そうなんだ、最近見てないからさ!」
あーあ。
だめだよ半端な知識でレビの趣味に踏み込んじゃ。
ガチ勢なんだから。
趣味の共有は強力な武器だが、失敗するとこういうことになる。
気を付けるよーに!
「楽しそうだね」
「ねー」
ほんとだよ光希君。
俺の味方は早くも君だけさ。
しかし俺にはできるだけ多くのREINを獲得するという使命がある。
君だけにかまっているわけにはいかないのさ。
他の男子に話しかける機会をうかがっている俺の様子を見て、光希君はクスクス笑う。
あ? なんだ?
バカにしてんのか?
「どうしたの?」
「ごめん。でもよかった」
「よかった?」
思わず首をかしげてしまった。
良かった?
他の男を見てるのが?
「本命がいなさそうで安心しちゃった」
え、あ、うん。
まあいないけど。
よくわかったね。
よかった? 安心?
ん?
両の頬に手を当ててみる。
なんだか顔が熱い。
やばいやばい、ほかのやつら見て落ち着こう。
「へぇ! 愁君書道とかやってたんだ、意外―! 今度見てみたいな」
「小学校の話だけどね」
「そっか。今は茶道部だっけ」
「うん」
「今度お茶たててよ」
見境なしか。
あふれ出る必至感がつらい。
中学生の恋愛を見ているようだ。
いや、むしろアラサーとかの感じか?
本人は気づいていないだろうが、有村先輩は甲斐田君の方に向かって少し身を乗り出している。
興味の表れだ。
少し声も高い。
好意的に思っている男性と話すときに現れる女性の特徴だ。
有村先輩は相当甲斐田君に入れ込んでる感じだな。
最初はこいつ面食いかよと少し引いたけど、あそこまで熱意があるならむしろ健気に見える。
誰かに恋をしている女の子というのはやはりかわいく見えるものだ。
少し臭すぎただろうか。
空気を読んだのか、幹事の男子と斉藤さんが有村先輩と甲斐田君の穴を埋めるように会話している。
もうお前ら席変われよ。
「まさかお前がサッカー部のマネージャーやるなんてな。肌が荒れる―とか言ってないのか?」
言いそう。
「言ってないですよ。私真剣にマネしてますから」
「ダウト」
正解。
斉藤さん、場のカード全部回収です。
「先輩こそどうなんですか。中学の時はだらけてましたよね」
同じ中学出身なのか。
有村先輩と幹事マンは同じ中学っぽいこと言ってたよな。
ってことは斉藤さんと有村先輩って中学からの先輩後輩だったのか。
「言ったろ? 来年は俺がキャプテンだから」
「クソ高校」
倉本君、そんなひどかったの?
でもうまいのに練習嫌いの人っているよね。
そういう人ってなんだかんだちゃんと練習するから好きじゃないんだけどね。
マジでサボるやつはガチ天才か才能ナシのどっちかよ。
アレン・エイバーソンか俺かって言われてるから。
「ま、そんなに言うなら見に行ってあげてもいいよ」
「何? 見に来たいの?」
「やめときます」
「ごめんて。いつでも来いよ」
なんだかんだ言ってこの二人も相性よさそうだな。
「そもそもオーバーロードっていうのは今やどのチームも取り入れている戦術の一つであり……」
何やってんだレビは。
いいんだよ自慢のサッカー知識ご享受しなくて。
ほら犬系男子も引いとる。
「ほぇー、そうなのか! ほんと詳しいな」
引け。
「ツァッリだけじゃなかったんだな、使ってるの」
「オーバーロードはあくまでツァッリボールの一部。彼の美しいサッカーの代表的な例として独り歩きしているだけの話です。もちろんその戦術を世界レベルに落とし込んだ彼の手腕は褒めれてしかるべきですが……」
「うんうん」
レビは鼻高々に自信の知識をひけらかし続ける。
モテる気あんのかこいつ。
ま、子犬君が聞き上手なのかもしれない。
それにしてもあんな浅い知識しか持ってなかったのによくレビの話が聞けるな。
これはモテる、多分。
レビ持ち帰っていいぞ。
むしろそんくらいしないと割に合わないだろ。
あいつマグロだろうけど貴重な女神のヴァージンだから大目に見てやってくれ。
……。
ちらり。
俺がよそ見をしている間も光希君はどうやら私を見ていてくれたようで、視線を戻すとにこりと笑ってくれた。
ねぇ、なんかすごくうれしいんだけど。
これどういうことだと思う?
違うよね?
違うよね!?
彼はにししと悪い笑みをする。
女声には比較的Mが多いというが、その理由がなんとなくわかった気がする。
結局その日は一カップルもできずに会は終了。
まあそんなもんか。
一日でカップル成立なんて方が早すぎる。
俺とレビの対決も、結局全員REIN 交換するというオチでドロー。
桜木町駅で解散し、レビと二人の帰り道。
「REINの数で言えばドローですが、私の方が男子を魅了できたと思います。よって今回の対戦は私の勝ちという事で」
「ああ」
「え、いいんですか?」
「ああ」
俺の様子を怪訝に思ったのか、レビは俺の顔の前で腕をぶんぶん振って見せる。
「どうかしました?」
「ああ」
「ああ、って。ゾンビみたいに同じことしか言わないですけど」
「ああ」
返事が適当になっているのはわかるが、思考回路は導線切れ。
頭に浮かぶのは『ああ』だけ。
こうして俺の初めての合コンは終わった。
自らが女の子になったんだという確証を残して。




