第三十二話[1] 急転直下の同窓生
「クッソ、ゴミムシがゴロゴロゴロゴロ……」
五月某日東京駅。
見渡す限り人、人、人。
気分が悪い。
想像してみてくれ、自分の目の前を大量のウジ虫が這いつくばっているのを。
吐き気を催すだろ?
オレが置かれているのはそう言う状況だ。
それもこれも全部あいつのせいだ。
「どこにいやがる、イエロの野郎……」
「す、すみませぬ」
「あん?」
なんだこいつ。
食後の蛙みてーな体型してるくせにこのオレに話しかけやがって。
「レイヤーの方ですかぬ? 失礼ながら小生勉強不足でそのコスのモデルを把握しておらぬのだが、黒い羽で作られたローブに雪のように白い肌とブロンドのつんつんヘア。凛々しいジェンダーレスな顔立ちに、引き締まった衣装が実に似合っておりますぬ! 素晴らしいですぬ!」
「当たり前だろ。神であるオレの衣装だ」
「おお! しっかりなりきるタイプなんですぬ! 個人的にはかなりグッドですぬ!」
うるせーな、なんだこいつ。
ぬぬぬぬ……。
ニホン人っていうのはみんなこんな喋り方なのか?
「数枚写真をいただいていいですかぬ? もちろんお断りしていただいても構わぬですぬ」
「は? 写真?」
どっかで聞いたことあるな。
どうせイエロからだろう。
「勝手にしろ」
「ありがたき幸せぬ! ではそのあたりに立っていただきたいぬ!」
「あ? なんで人間ごときがボクに指示をしてるんだ?」
「おお、その表情良きですぬ! いいですぬー! いいですぬー!」
「な、なんだよ! んなの当たり前だろ?」
ふふっ、当然当然。
女神であるオレが女神であるボクのために作られた衣装を着てるんだ。
似合わないはずがないんだぞ?
ふふんっ!
「ポーズ! ポーズとか取ってもらっていいですかぬ?」
「はん? しょうがねーなぁ」
「おおー! いいですぬ、いいですぬ! あ、そんなにかがむと!」
ゴミムシは突然構えていた黒いものを下に向けた。
なんだよ、せっかくオレが付き合ってやってんのに。
「……そんなにかがむと、おっ、おお、おっ」
「あ? なんだよ、はっきり言えよ」
「おっぱいが見えてしまいますぬ!」
デブ虫は恥ずかしそうに頬を染める。
なぜだ?
なぜそんなことを気にしてるんだ?
おっぱいというのは胸のことだろ?
それが見えて何がいかんのだ。
「別に見ればいいじゃないか。何ならここで脱ぎ……」
「や、やめるぬ! 公然わいせつで捕まるぬ!」
「私が捕まるわけないだろ。警察、だったか? 全員塵にしてやる」
「結構やばいやつぬ……」
「ところで肥満よ。横浜市立青浜高校とはどこにある」
「うーん、申し訳ないのですが小生の生息区域は東京駅周辺と秋葉原、そしてビッグサイトに限られますぬ。しかし横浜に行くならこの路線に乗っていけばたどり着けますぬ」
「路線? これに乗るのか」
オレは飛び上がり、路線とやらの上に乗る。
あん?
何も起こらないじゃないか。
「おいクソデブ、どうなってんだよ」
肥満児は驚いた顔をしてこちらを見ている。
空いた口がふさがらないと言った感じか。
それどころか周りの虫けらどもも指をさして驚嘆している。
不敬なクズどもめ。
「ろ、路線図に足裏が張り付いてるぬ! いったいどうやっているぬ!」
どうやるも何もつっ立っているだけだ。
……。
そういや人間は重力に逆らえないんだったな。
無力な生き物だ。
人が集まりだしたな。
ちっ、イライラする。
あまり目立つべきではないと思っていたが、我慢の限界だ。
「ブラメア・ナンクルイゼ」
オレの右手が紫色の輝きを放つ。
超強力な魔力感知だ。
イエロといえども絶対に逃れられないはずだ。
……ほらな、見つけた。
あとは飛ぶだけだ。
「ガミアツク・チャルクルリゼス」
背中から大きな羽が姿を現す。
この感覚は好きじゃない。
虫けらどもが騒いでやがる。
まあいい、目的は果たした。
「さらばだ東京」
オレは駅舎をすり抜けて天高く飛びたち、力を感じたほうへと一気に急降下する。
見つけたぞイエロ、絶対に連れ帰ってやる。
小粒に見えていた虫けらの住処がだんだんとクローズアップされはじめる。
この家からだ、力を感じたのは。
見えてきた、茶色の屋根。
ここにイエロが。
ん?
屋上に見えるあの影は。
「お出迎え感謝する! お迎えだイエロ!」
オレは勢いよく彼女の前に着地し、顔を上げた。
その瞬間目の前に映るはずだったイエロの姿は何処にもとらえられない。
つーか。
「いっでえぇぇぇぇ!!」
いだだだだ!
もげる!
首がもげる!
着地した瞬間に殴られたのか!
普通に超痛い!
「てめぇイエロ! なんてことしてくれやがる!」
彼女は倒れたオレの腹を踏みつけ、つーかやばくない?
踏みつけてんのやばくない?
悪魔の所業なんだけど!
俺を見下す彼女の表情はかなーり機嫌が悪そうだ。
はぁ、とため息をついたイエロは吐き捨てるように言った。
「誰がイエロですか。私の名前は鈴木灵美です」




