第三十二話[2] 急転直下の同窓生
「ついにやってしまったのか……」
家に帰りついた俺の目の前に飛び込んできた光景はいつも通りの我が家だった。
ただの一点を除いて。
「おかえりなさい。お目当てのものは買えました?」
「え、ああ、うん」
サイコパスという人種がこの世の中にはいると聞く。
最近はドラマや映画の影響もあってか、広く一般に使われている。
サイコパス診断なんてのもよく見るよね。
あ、俺サイコパスだわ……。
って事前に診断を予習したであろう人が神妙な面持ちで言っているのを見るとマジで笑うよね。
でも今日俺が目の前にした光景が本物なら、俺の同居人は間違いなくサイコパスだろう。
だってソファに死体あるもん。
死んでるかなんてわかんない?
だって泡吹いてるよ?
死んでなくても致命傷だよ多分。
それを放置してポテチ食ってるもん。
殺人を犯した家でシャワー浴びてテレビ見るくらいの余裕。
鳥肌止まらないんですけど。
「あ、それそのままにしといてください」
人のことそれって言ってるもん。
完全にsheじゃなくてitで扱ってるもん。
sheだよねこの人。
中性的だけどおっぱいあるし。
「レビ、お前ついに人殺しを……」
「はい?」
目を細め、意味が分からないという表情でこちらを見ている。
意味が分からないのはこっちなんですけどもね。
「だってこれ」
俺はソファに置かれた女性らしき人を指さす。
はっ!
俺もこの人のことをこれと言ってしまった!
まさか俺もサイコパス……。
違うね。
サイコパスって言われるとなんで嬉しいんだろうね。
実は怖そうだよね、とかも同意。
つーかこの人すごい服着てんな。
この黒いのなんだ?
羽?
もしかしてカラスの羽?
だとしたら超不衛生じゃね?
即座に追いだしたいんですけど。
「ぐっ……」
「うわぁぁぁぁぁ!」
キェェェェェェアァァァァァァシャァベッタァァァァァァァ!!
彼女は頭と腹を抑えながら体を起こし、首を振って周囲を確認した。
それを見たレビはダイニングの椅子から立ち上がって、手に持ったペットボトルを思いっきり彼女の頭部に向かって投げつけた。
なんで?
「いてぇ! てめぇ何しやがる!」
「起きたんですね。水でも飲んでください」
「お? おお……」
ほら困惑してるじゃん。
新手のDVじゃん。
彼女はおとなしくペットボトルのふたを開け、ごくごく水を飲む。
豪快だなぁ。
「じゃなくて!」
ナイスノリツッコミ。
「うるさいですね、何の用ですか」
レビは両の人差し指を耳にツッコんでいやそうな顔をしている。
随分機嫌が悪いな。
「何の用かなんて聞かなくてもわかってるだろ」
「……見当もつきませんね」
彼女の顔からはいつもの明るさは見られない。
「帰って来いよ、イエロ」
「イエロ?」
誰だそれ?
彼女の視線は明らかにレビの方を向いているが、レビはピクリとも反応していない。
なんとなくだけど、なんとなくだけどさレビ。
反応してあげた方がいいと思うよ。
え、あれ、聞こえてない?みたいな顔してるよあの子。
「帰って来いよ、イエロ」
ほらー、聞こえてなかったと思ってるじゃん。
カッコつけてるけどさっきより表情硬いよ?
頑張りすぎはいかんよ?
レビはいつまでポテチ食ってんの?
聞けって。
かわいそうだって。
もうちょっと泣きそうだよこの子。
「ねぇ、聞いてる?」
涙目よ?
見てられないよ?
でもちょっと性癖刺さるんだよね。
イケメン系女子のこういうところ。
よく見たらすげーかわいいし。
横に長く鋭い目、白い肌、ブロンドの髪。
お洒落な美容室に通ってる人っぽいつんつんの髪形。
それよりなにより何かしらの信念がありそうな凛々しさ。
それが歪む瞬間って、ね?
……ごめんなさい、キモいですね。
「イエロ?」
「返事してやったら? レビのことなんだろ、イエロって」
「ふふん、その名はとうの昔に捨てましたよ」
カッコつけやがって。
「少なくとも三か月前まではイエロだろ」
三か月じゃねーか。
「でも捨てたもん」
ガキか。
ハードボイルドな台詞が台無しだわ。
「そのー、話が見えないんですけど、レビの、あーイエロの同僚さんですか」
女神の同僚さんって意味わからんけどね。
俺もレビに慣れすぎたわ。
「あ? 虫けらがこのオレに話しかけるとはどういう了見だ?」
なんだこいつ。
「そうですよ虫けら」
「お前は許さん」
「まあ確かにこいつはオレの同僚だ」
「違いますよ」
「何? 人狼ゲーム?」
なんでいきなり主張食い違ってんの?
「しいて言うなら部下ですね」
「あん? てめぇ同期だろうが」
「どうでした? 同期がいつの間にか上司になっている気分は」
「うるせぇ……」
なんかつらいからやめろ。
非現実な存在がリアルな話するな。
「彼女はガライ。私の同期であり部下である女神です」
「女神って同期とかあるんだね」
「我々は誕生した瞬間がわからず、年齢もありません。なので訓示を受けた時期で同期が決まるんです」
ほぇー、よくわからん。
「女神って職業なんだね」
「まさに天職ってやつですね!」
ウワーオモシローイ。
「職業っつか、生まれた瞬間から与えられている役割だな」
「レビはそれに飽きて人間界に降りてきちゃったと」
「ゴミクズのくせに理解が早いな」
なんだこいつ。
「喋れるだけゴミよりはマシですよ!」
フォローになってないよ。
「こいつは超優秀な女神なんだよ。認めたかぁねーけど」
「いいですよ認めなくて。イラっとするので」
こっち見るなよガライさん。
悲しそうな顔やめてよ。
「なんですか認めるって。なんでそんな上から目線なんですか? 能力も低いし、出世も私の方が早いのに」
追い打ちやめたげてよぉ。
「もうお前は出世レースから外れたけどな。今は俺が上司だ」
「あ、はい」
興味もてや。
「いいのか? 早く帰ってこないとどんどん差が開くぞ?」
「今日ガンナーズ試合ありましたっけ」
聞いてあげて?
「……なんでこの世界にこだわるんだ? お前なら天界一の女神にもなれるのに」
「興味ないので」
「女神権限もはく奪されるぞ?」
「別に力を失うわけではないですし」
「堕天ってやつ? それはまずいんじゃないか?」
堕天使ならぬ堕女神か。
どっちかっていうと駄女神……。
黙りますね。
「お気になさらず。私はあんな退屈な生活に戻るつもりはありません」
退屈か。
そういやこの世界に来た瞬間から目を輝かせてたもんな。
無理やり天界に送り返されたらさすがにかわいそうだ。
「お前の仕事全部オレにまわってくんだよ!」
よし、送り返すか。
「やっぱり戻る気はないんだな?」
「微塵も」
「そうか」
ガライさんは懐から紙を取り出し、俺とレビの前に突き出した。
編入届?
「明日からお前と同じ学校に入って、ひたすらお前を説得し続けてやるからな!」
「待て待て待て! これ以上めんどくさいやつが入ってくるのは俺が困る!」
「は? てめぇには関係ねぇだろブス」
「あ? ブスではねぇだろ。この顔のどこがブスなんだよ。世界中の本物に謝れクソ女」
「おお……、急にキレるタイプかよ。まあいい。今日はこの辺にしとく。無理やり連れ帰るのも難しいし」
「不可能ですね」
「覚悟しとけよ、じゃあな!」
次の瞬間彼女の背中から羽が生え、宙に浮いた。
ほんとに女神だったんだな、スゲー。
「あの騒がしいんで玄関から出て行ってもらっていいですか」
「あ、うん。お邪魔しました」
根はいい子なのかな、うん。
「あと虫けら。お前は『ぬ!』って言わないんだな」
は?
最後に謎の言葉を残し、彼女は出て行った。
「まったく。こんなところまで追ってくるなんて」
「追手が来るほどレビが優秀な女神だったとは驚きだ」
「私が優秀なのは当然ですけど、彼女が追ってきた理由は他にありますよ」
「何?」
彼女は指で自分のほっぺをぷにっと押して、かわいく答える。
可愛いとむかつくからやめてほしい。
「ガライは私のこと好きなんですよ」
あ?
なんて?
「昔っからあんな口調だしつっけんどんなんで周りの神から煙たがられてたんですよ、あの子。それを私が助けたので」
「それだけ?」
「それだけです」
いや絶対好きじゃないじゃん。
仕事押し付けられまくってるから追ってきただけじゃん。
「つーかあいつも青浜高校に来るのかよ。洒落になんねーよ。しかも明日って……」
「少なくともあと三か月はこないので大丈夫ですよ」
「え、でも明日からって」
「彼女は私ほどこちらの世界の文化に詳しくはないんです。だから間違えちゃったんでしょうね」
「何を?」
「数字の6と9です。入学日が6月1日ではなく9月1日になってました」
言ってあげろよぬ!




