予想外の対決図
「え、銀髪だったのあなた!?」
呆気に取られるエレノアとは違い、ジュリアンはどこか渋い顔付きになる。
「やはり……。どうしてあなたがこんな事に関わっておいでです、第三王子殿下?」
「ええっ王子殿下!? ジュリアンこの人王子様なの!?」
「あの髪と瞳の色、そして顔立ちはそうだと思う」
「顔立ち?」
「王子方の中で最も国王に似ていると言われているのが、そこの彼だ。君も王様の顔くらいはわかるだろう」
そう問われてエレノアは正面に立つクマ男の顔をじっと見る。言われてみればそうだった。今まで目のクマと長めの前髪のせいで自分は王家のおの字にも結び付けなかったが、ジュリアンはさすがだ。
混乱と困惑がごっちゃになっていると、クマ男改め第三王子は堂々とエレノアの真ん前に立った。
ジュリアンは、震える腕でエレノアを自分へとより抱き寄せ庇う意思を見せたものの、実質防衛にはなりえていない。そこは本人も十分わかっているのか眉根をきつく寄せている。
第三王子は手を伸ばしてエレノアの顎先を捉え、それからまだ残っていた目尻の涙を指先で弾いた。
「ちょっとあなた何す…」
「エレノア・メイフィールド――俺の下に来い」
エレノアもジュリアンも目を瞠った。
「どういう意味ですか?」
「現在の王室の争い事を一掃するには至宝が、つまりはお前が手元に居れば事は優位に運ぶ。お前だって王位を巡っての内乱が勃発するのは嫌だろう?」
「それは嫌ですよ。でも宰相もですけど兄弟と話し合う努力もしないで迷信に頼るとか、非建設的です。大体至宝至宝って、私は物じゃないですよ」
「細かい娘だな。では言い方を変える。――俺の妃になれ」
「は!? そんなの御免です!!」
気付けば責めるように即答していた。
隣のジュリアンがどこかホッとした顔をしたが、事態は実は全然楽観視できないのだと思い出して表情を引き締めた。何しろ王子直々の求婚なのだ。ここで断ったとして果たして敵うのか。
くっくっと第三王子は額に手を当て肩を震わせた。
「……即答とは恐れ入る。俺が何かを誘って断った女はお前が初めてだ」
そんな事を言われても嫌なものは嫌なエレノアだ。
「今日初めて会ったような相手に頷くとか普通有り得ませんから」
「王族にはそういう夫婦もざらだがな。国家の平安のために協力してくれないのか? お前を強引に連れて行く事も可能なんだぞ?」
「そ、そんなの宰相と同類じゃないですか!」
何が「協力」だ。物は言いようだ。
エレノアだって国のために尽力するのは嫌ではない。だがそれが自分の結婚となれば別だ。
「エレノアを、王家の道具にするのは、止めて下さい」
後ろからジュリアンがよろめきながら前に出る。彼は拳を握り締め気を抜けば再び膝を突きそうになるのを必死に抑えているようだった。
急いで立って片側から彼を支える。
「ジュリアン、無理しないで」
「無理だってする。君を奪われるくらいならたとえ殿下でも、敵です。――エレノアは、渡さない」
「ちょっジュリアンッ」
不敬罪どころか大逆罪にも問われかねない危うい言葉にエレノアは大いに焦った。その反面、全身全霊で護られているのだと感じきゅうっと心臓が痛くなった。
「止めてジュリアン! 私は何があっても絶っっっ対に第三王子にも王家の誰にもお嫁になんて行かないから!」
言い切ったエレノアの懸命さに打たれてか、ジュリアンは素の表情を見せた。
「……本当に?」
「ええ、本当に」
断固とした返事を受けたせいか、とうとうジュリアンはもう力が入らなくなったように両膝を突いた。
「ジュリアン!?」
大丈夫だからと首を振る彼は声を発する気力もないらしい。時間が経てば抜けるとは言っていたが、早く解毒剤を打ってもらう方がいい。裏事情を知ってしまえばもうエレノアとしては王子も宰相も男たちも放り出して、ジュリアンと共にこの場を一秒でも早く離れたかった。
優先すべきは彼の治療だった。幸か不幸かこの場には毒の出所がいる。
(……この人、解毒剤持ってたりしないかしら)
「あの…」
「――どうしても俺の妻にはならないと?」
「え……と、そうよ。あなたが何を言おうと、私は王家に嫁ぐつもりはないわ。だから諦めて下さい」
毅然と顔を上げ、真っ向勝負上等な強い真摯な目で意思を告げるエレノアを、第三王子はじっと見つめた。そして彼女の横で密かに自分を殺したそうに射貫いてくるジュリアンを。
やがて彼はふぅ、と苦笑にも似た小さな溜息をつく。
「そうかわかった。なら無理にとは言わない」
「へ?」
「俺はお前が俺以外の王家の人間と関わりを持たないと確約してくれればそれでいい。覇王の緑なんてものには端から期待してはいないしな。もしもお前が野心家の女だったなら、俺が娶って余計な事をしないように監視するつもりだったが、どうやら杞憂になりそうだ」
とうとうエレノアにほとんど寄り掛かるジュリアンへと彼は薄い唇で弧を描き、エレノアの方へ何かを放った。咄嗟に掌に収まるくらいの大きさの巾着をキャッチしたエレノアを一瞥すると、宰相の首根っこを摑んで引っ張り肩に担ぎ上げた。
エレノアはその中身が何か見当がついた。布の上から触った感じだと丸薬らしきものが入っている。
きっと解毒用の。
そうでなければ彼がこのタイミングで何かを渡してくる意味がわからない。
「あ、ありがとうございます」
「この男、宰相は然るべき刑に処すると約束しよう。ああそれと、メイフィールド家の王都の屋敷ならこちらで押さえてある。必要ならすぐにでも権利書を返そう。折を見て俺の所に来い」
「え!? 競売にかけられたんじゃ……?」
「それを買った」
「ええ!? 殿下がわざわざですか……!?」
「悪いか?」
「いえ別に悪くはないですけど、どうして……」
純粋に困惑しか浮かばないエレノアを、王子はどこか興味深そうに眺めていたが、結局は理由を答える気がないのか特に言及はしなかった。
「それではな。そろそろこの辺で帰るとしよう。補償の件などでは、この先また会う機会もあるだろうがな」
「わかりました」
「お待ち、下さい……!」
「駄目ジュリアン!」
エレノアは無理に追いかけようと身を乗り出すジュリアンへと抱きつくようにして押しとどめた。
「だけどっ」
「話はついたわ。あなたは早く解毒するの!」
ここはエレノアだって譲らない。そう固い意思を込めてぎゅっと力を込めた。
偽らざる本音を言えば、エレノアだって心から信じ切れてはいない。宰相の身柄はやはり警察に引き渡すべきだとして追いかけたい気持ちもある。
(でも優先順位を間違いたくない)
「ゆめゆめ心変わりなどしないようにな。もしそうなれば容赦しない」
「容赦……? よくわからないですけど、安心して下さいよ。何度来られたってお塩撒いて追い返しますから!」
「くっくっ、見た目のたおやかさとは違い気が強いな。……相変わらず面白い娘だ」
王子の低い含み笑いが聞こえたが、程なくして夜闇に埋没するようにその気配は消えた。
第三王子が消えた先を注視して幾ばくか。
石畳に伏すフォックスの呻き声でエレノアはハッと我に返った。
ジュリアンもだが、この男もさすがに長くこのままではいけない。
背中を撃たれた男の暗色の上着が外灯下でより濃さを増している。血の臭いが濃いのは決して掌を怪我したジュリアンが傍にいるせいだけではないだろう。
動ける自分が人を呼びに行くのが最善だろうと思い立っていると、今度は後方から駆けてくる足音が聞こえて来た。
緊張が高まりジュリアンを支える腕にも力が籠る。
憔悴の目で彼も同じように暗闇の先を見据えている。
(だ、誰? どうか敵じゃありませんように!)
願かけにも似たひたむきさで祈っていると、
「ああやっと見つけたわエレノアちゃん!」
「え、ミレーユさん……?」
「銃声が聞こえたけど反響のせいでどこからか判断が付かなかったから、ピンカートン兄妹と二手に分かれて捜してたんだけど、大丈夫だったの!?」
暗闇から現れたのは黒タイツにドレスの若い女性。
紛れもなくミレーユその人だった。
親切な誰かにでも借りたのか、腰に男物の上着を巻いている。
頼れる顔に、エレノアは全身から力が抜けそうになったがまだヘバるわけにはいかないと気合いを入れた。ジュリアンを座り込ませたまま立ち上がると、駆け寄ってきたミレーユが「怪我は!?」とペタペタと体を触って案じてくれる。
「わ、私は何とも……」
「エレノアに、気安く触らないでくれないか?」
伸びてきた手がミレーユの腕を引っぺがした。視線をやれば、いつの間にかジュリアンがシャキリと立っている。表情も苦労して貼り付けたようではあるがいつものような微笑みに近いものだ。
だが後ろ手に回した怪我の手が力の入れ過ぎでプルプルと震えているのが見えて、傷口があわわと慌てながらも何とな~く指摘出来ないエレノアだ。
「あからさまな男のヤキモチってみっともないわよね~」
「……何だって? よくそんなヘンテコな恰好のままいられるよね君は? 恥じらいがないって憐れだなあ」
「何ですって? これはエレノアちゃんを護り抜いた勲章よ」
「笑わせる。どこが護り抜いただって?」
「え、えっとおぉミレーユさんも良かった無事だったんですね!」
「んまあ心配してくれてたのね、嬉しいわ。ホントいい子~!」
「あはは……」
二人の会話を中断し場を取り成したものの、睨み合った二人は決裂するようにフンと顔を背け合った。だがとりあえずこれ以上の言い合いには発展しなかったのでホッとする。
ミレーユは幸いと言っていいのかジュリアンの虚勢には気付かず、周囲の男たちに目をやって不快げに柳眉を寄せた。
「やっぱり集団で襲ってきたのね。エレノアちゃんてば本当に平気? 無理してない?」
「私は本当に大丈夫です。ここに来た時にはもうほとんどジュリアンがのしちゃってまして」
彼を示せば、ミレーユは何故かにんまりとなった。
「へええ~そうなの。たまには役に立つのね」
ヒクリとジュリアンの口角が痙攣したが、ミレーユと違ってエレノアは気付かなかった。それよりも、彼の見栄だか強がりだか何だかを尊重している場合ではないと思い直す。
「ミレーユさん、実はジュリアンは麻痺毒を受けてるんです」
「毒を? そう言えば顔色が悪いわね」
ジュリアンはバレて不服そうだったが、そのおかげで無理を止めたのかストンと再びその場に座り込んでしまった。立っているよりは楽だろうと思いエレノアは少し安心した。
「さてと、早いとここいつら縛っちゃわないと」
ミレーユは早速と地面で伸びている盛装の男たちからタイやスカーフを抜き取り、ロープ代わりにして手足を縛っていく。
手際のよさについつい感心して見入っていたエレノアはしかし我に返った。ジュリアンの掌に自らのハンカチを巻いてやる。
傷口に集中し自分まで痛いような顔になっている自覚もなく応急処置をするエレノアを、ジュリアンは痛みに呻くでもなく黙って見つめた。
「とりあえずこれでよし、と。あとは早くお医者様の所でこの丸薬を解毒剤か確かめてもらって、それから服用した方が良いわよね」
「ありがとう。折角の綺麗なの、汚してごめん。ハンカチは別のを買って返すから」
「もう、そんな事は今気にしなくても良いの!」
叱ると彼はちょっと擽ったそうにした。
何故怒られて嬉しそうにするのかと首を捻りつつ、次に一番重傷のフォックスの傍に寄った。
「エレノア、そんな奴放っておけばいい」
「でも止血だけはしないといけないと思う」
「そうね。エレノアちゃんの言う通りよ」
ジュリアンが危ないと反対したが、ミレーユは自分がいるから平気だと反論を封じた。
「うーんでも包帯はないから何で縛ろうかしらね」
「あ、じゃあちょっと待って下さい。今作ります」
そう言ってエレノアは落ちていた麻痺毒ナイフを拾うと、慎重に滑らせてメイド服のスカートを裂き始めた。
「危ないよエレノア!」
「エレノアちゃん何やってるの!?」
「切ってもまだ裾は十分長いですし、アメリアには後で謝って弁償しますから大丈夫ですよ」
「「そういう事じゃないよ(わ)!」」
呆気に取られる二人を余所に即席包帯を作ると、ミレーユに手伝ってもらって男の上着を脱がせた。
「えっと、もしも傷口から布に付いた麻痺毒が入っても、我慢してね」
エレノアの言葉に一瞬皆が止まったようになった。
「……まあそうなれば動けなくなってちょうどいいけど、エレノアって時々だいぶ大胆だよね……」
さすがにジュリアンも同情的な目でフォックスを見やった。呟きは幸い本人には聞こえていない。
多少頬を引き攣らせたものの、フォックスは両目を丸くして心底意外そうにエレノアを見つめた。ミレーユに男の体を支えてもらって半身を起こさせ、ぐるぐると即席包帯を巻いてやる間、彼は大人しく口も開かなかったが、応急処置を終えると痛みのせいか他の理由か、何かを堪えでもするように変に不細工に顔を歪めた。
「……あんた、そんな甘ちゃんじゃ…この先、馬鹿を見る…ぞ?」
「甘い? ただ単に詐欺を働いた悪事は悪事として法で裁かれてもらおうと思ってるだけよ。だから死なれたら困るの」
「んだそりゃ……。へっ、それが……甘ちゃんだって…んだよ」
男は悪意なく嘲ると体力の限界なのか目を閉じた。口元には安堵なのか自嘲なのか薄い笑みが浮かんでいた。
近所の住人に通報されているかもしれないが、一応ミレーユが人を呼びに抜けた。路上には苦しげな息遣いだけが聞こえている。紡績や加工の工場が並ぶ界隈というのと、君子危うきには何とやら心理なのか野次馬は不思議といなかった。流れ弾などでの巻き添えの可能性もあったのでその点は幸いと言えた。
「ジュリアン、大丈夫?」
待っている間、道の端に移動してジュリアンに壁を背にしてもらい、エレノアもその彼の傍に腰を落ろしていた。
周囲に目を配っていると、眉間を深くし両の瞼を下ろしていた彼は薄く目を開けた。伏し目がちにしながらエレノアの肩口に寄り掛かってくる。こんな時なのに不謹慎にもその姿がどこか可愛かった。
「やっぱり具合悪いわよね。無理しないで体重預けていいから」
ジュリアンは素直に言う事を聞いて無理して入れていた力を抜き体重を掛けてくる。
麻痺毒のせいでぐったりとしている彼を早くベッドに寝かせてあげたかった。
(この人のこんな弱った姿を見るなんて……私のせいね)
有難くて申し訳なくて悲しくて愛おしくて、エレノアは夜空を見上げた。
ここから見えるのは街の煉瓦の壁に囲われた箱庭のような星空。
けれどその向こうには大海のように広大な天空が繋がっているのだ。
(この狭い空は、まるで自分の尺度だけで見ていた世界だわ。ジュリアン、聞いてほしい事がたくさんあるの)
エレノアは、星にも負けず、何かを決意したように瞬いた。
戻って来たミレーユや警察の手によって犯人たちは連行されていく。
ジュリアンに寄り添いながらその光景を一時ぼんやり眺めるエレノアの方へと、警官と話を終えたミレーユがやってきた。
「エレノアちゃん、馬車の手配を頼んだからピンカートン家に戻りましょ?」
「あ、はい」
そう優しく笑んだミレーユはしかし、腕組みをするとエレノアの全く予期せぬ事にジュリアンを見下すように顎を上げた。
「ざまあないわねジュリアン?」
睨みを利かせるジュリアンの眼光の鋭さなど意にも介さない彼女は、おろおろするばかりのエレノアの頬をつるりと撫でて上機嫌に朱唇を吊り上げる。
「素手でナイフを摑んだみたいだけど、その結果がこのザマ? 考えなしってなっさけないわ~」
痛い所を突かれたジュリアンは依然黙り込んだままぐうの音も出ないようだった。
「もっと他にやりようがあったはずよ。あたしはあんたに色々と叩き込んでたはずだけど?」
エレノアが顔に疑問を浮かべていたのを見てジュリアンが口を開いた。
「こいつは、昔からの僕の武術の師でもあるんだよ。こう若く見えて実は結構な……っ」
「本気でシメられたい? 麻痺って言っても少しくらい痛覚はあるんでしょう? それに言っとくけどジャスティンよりは下なんだから」
ジュリアンのみぞおちをぐりぐりやりながら、ミレーユが微塵も笑っていない笑みを浮かべた。
さすがにエレノアは慌てて止めに入った。
ジャスティンより下ならまだ二十代だが、師と聞きだいぶ年上を思い浮かべたエレノアは自分もぐりぐりされないか内心ドキドキした。どういう経緯で師弟になったのかは知らないが、二人の仲はよくわかった。
(でもジュリアンってちゃんと誰かに師事して鍛えてたのね。意外だわ……)
だから一人で複数の男たちを相手にもできたのだろう。ミレーユはどうやら優秀な師のようだ。
「ふん、ここはエレノアちゃんに免じて失言は見逃してあげるわ。さ、行きましょ」
ミレーユの促しに否やはなく、手伝ってもらいジュリアンを馬車に乗せた。




