第三十六話 迷子になった幼児とハムスター
森に来た目的を果たした僕達は今まで通ってきた道を引き返し、森の出口を目指している。
「見つけるまでは手間がかかりましたけど、契約するのは簡単に終わりましたねー」
「ルーイが契約に好意的だったお陰だね」
「ぴー!」
契約のあと、ルーイはそのまま僕達についてきている。どうやら森を出るまで見送ってくれるつもりらしい。なんていい子なんだ、そんないい子にはおやつをあげよう。
「あ、せっかくなんでルーイに鳴いてみてもらえませんか―?」
僕がルーイに好物の木の実をあげていると、エレナがそんなことを言い出した。ルーイなら今も嬉しそうにぴーぴー鳴いてるけど?
「いえ、そうじゃなくてですねー。さっき言った強い生き物の鳴きマネをするってやつですよー」
「ああ、そっちのことか。何の声で鳴くのかな?」
「この森ならオオカラスか、少しだけいる魔獣のどれかでしょうねー。マネドリの声を聞けば、危険な魔獣の存在が事前に分かったりして便利なんですよー」
冒険者なんかには重宝しそうな習性だね。始めて行く場所にマネドリがいたら便利そうだ。
「ルーイ、そんなわけでちょっと鳴いてみてくれないかな?」
「……ぴー!」
ルーイは食べていた木の実を飲みこむと元気よく鳴き、快諾してくれた。そのままルーイを見ていると、まるで深呼吸をするようにクチバシを大きく開けて息を吸い込みだした。そして、一度口を閉じた後にルーイは辺り一面に響き渡る様に大きく鳴いた。その鳴き声は僕が前世で何度も聞いたことがあるものだった。
「にゃああああああああ!」
「――――――え?」
その鳴き声に僕は呆然とし、エレナは表情を険しくする。ルーイの鳴き声に反応したのは僕達だけではなかった。どこにいたのかわからないほど多くの生き物たちが一斉にこの場を離れて行った。中には魔獣らしき生き物もいたが、そんなことは関係なしに逃げ出していく。
そして、それはヒネズミのリリーも同様だった。
「っリオ様!?」
ルーイの鳴き声を聞いたリリーはものすごい勢いで辺りの茂みに飛び込み、半狂乱で逃走を開始した。その背に僕を乗せたまま……。
「……迷った」
リリーの速度は凄まじかった。上級魔装師であり、かなりの速さで動ける筈のエレナを軽々と振り切り、縦横無尽に森を駆け巡った。そして、リリーが落ち着いたころには完全に道に迷ってしまっていた。
「ちゅう……」
我に返ったリリーはすっかり落ち込んでしまっている。召喚者であるノアに任された僕を乗せたまま道に迷ってしまったことを悔やんでいるようだ。
「元気だしなよ。エレナの場所は匂いでわかるんでしょ? 頼りにしてるよ」
「……ちゅう!」
僕が慰めるようにリリーの背をポンポンと叩くとリリーも少しは元気を出したようだ。幸い、リリーはエレナの匂いで場所が分かるらしく合流すること自体はそれほど難しくなさそうだ。でも、不安要素もある。
それは魔獣の存在だ。ノア達はこの森が安全だと言っていたが、それは護衛として自分達が傍にいることを前提とした話だ。幼児とハムスターしかいない今の状況は危険度がかなり高い。
リリーが落ち着くまで結構な時間がかかっている。エレナが追い掛けていたとはいえ、距離は相当離れている筈だ。それに今はまだエレナの匂いを補足できていないので、合流にはそれなりの時間がかかるだろう。
不意に、エレナの匂いを探しながら進んでいたリリーがその動きを止めた。リリーはそのまま、近くの茂みを警戒するように見つめている。
「魔獣?」
「ちゅう!」
僕の短い問いかけをリリーは肯定する。その声に反応したのだろうか、リリーの視線の先にある茂みから角の生えた小さなおっさんの様な生き物が飛び出してきた。そのあとを追いかけるように、間隔をあけてさらに三匹の小さなおっさんがこちらに向かって来る。図鑑で見たことがある、ゴブリンだ。
「キー!」
ゴブリンは金切り声をあげながら僕達に襲いかかってくる。その手にはそれぞれ錆びた剣の様なものを持っていて、僕は顔を庇うように右手を前に突き出した。
それを見たゴブリンはこちらに抵抗する力がないと思ったのか、その顔を醜悪に歪める。
――――――殺される。
そう思った瞬間、僕は召喚魔術を発動した。先頭を走って襲いかかるゴブリンと僕との距離は約五メートル、その間に小さな魔方陣が出現する。
中空に現れた魔方陣の位置は丁度ゴブリンの頭と同じ高さだ。魔方陣の出現を全く気にせずに突っ込んでくるゴブリンの頭が重なる直前、僕は召喚魔術の練習に使用したナイフを喚び出した。
「キキッ!?」
突然出現したナイフに反応する暇もなく、先頭のゴブリンは襲いかかった勢いのままに眉間をナイフに穿たれて絶命した。それを見た後続のゴブリン達が驚いた様な声をあげて立ち止まる。
僕はもう一度ゴブリン達が再度襲いかかってくる前に次の召喚魔術を使おうとしたが、その必要はなかった。
「ちゅうぅぅぅ!」
リリーが力強く鳴き、その小さな口から炎を吐きだしたのだ。ゴブリン達は炎に包まれ、逃げようと暴れまわるが、それに応じてリリーは炎の火力を上げていく。やがて、ゴブリン達は焼け焦げた姿で力尽きた。
ゴブリンがもう動きださないことを確認し、僕はホッと息を吐いた。魔獣がいることは知っていてもあんな風に襲いかかられるのは初めてだ。後から見れば楽勝だったようにも感じるが、戦闘中は無我夢中だった。いつの間にか握りしめていた手を開くと、じっとりと汗をかいている。
「リリー、助かったよ。さすがは魔獣だね」
「ちゅう!」
僕が礼を言うとリリーは誇らしげに鳴く。正直、リリーがこんなに強いとは思っていなかった。少なくとも、練習で見せてもらったトーニャの属性魔術よりもさっきの炎は遥かに強力だった。見た目はただのでかいハムスターだけど、とても頼りになる。
「よし、早くエレナを探そう!」
「ちゅう!」
僕とリリーはゴブリンの死体ををそのままに、再びエレナと合流するために動き出した。




