第三十七話 異世界のネコとネズミ
「キキッ!?」
襲いかかってきた二匹のゴブリンがリリーの生み出した炎に包まれて燃え上り、しばらく暴れた後に息絶える。これでゴブリンから攻撃を受けるのは三回目だ。今まで全く遭遇しなかったのにエレナとはぐれた途端に襲ってくるのはどういうことだろうか。
「エレナを恐れてたのか、僕達が余程襲いやすそうに見えるか、どっちだろうね?」
「ちゅう……」
僕の独り言にリリーが反応するが、その複雑そうな鳴き声からするとどうやら後者の理由の方が大きいようだ。まあ、そうだろうね。
でも、僕はともかくリリーは魔獣としてはゴブリンよりもかなり格上の存在の様に思える。だというのにこれほど襲われるのは、やはり上に乗っている僕が足手まといに見えるからだろうか? 実際、リリーがいなければ今頃僕はゴブリンのお腹の中だった筈だ。
ノアがリリーを召喚したのは、この森にリリーよりも強い魔獣が存在しないからだと僕は考えている。エレナもマネドリが鳴き声を真似るとしたらオオカラスか魔獣のどちらかだと言っていた。つまり、この森にいる魔獣はどれだけ強くてもオオカラスレベルだということだ。
いくら大きいとはいえ、魔獣でもないオオカラスと戦ってリリーが負けるとは考え辛い。カラスVSハムスターというと絶望的な感じもするけど、これまでに見てきたリリーの戦闘能力なら安心できる。
リリーには炎という遠距離攻撃の手段もあるから、空を飛べることもそこまでのアドバンテージではないと思う。この森にリリーの脅威となる存在はいない可能性が高い。……本来なら。
今のこの森には通常なら存在しない筈の最高位の魔獣がいる。ルーイが真似た鳴き声、リリーが我を失って僕達が迷子になる遠因ともなった魔獣、ネコがこの森には存在している。これはノアにとっても予想外のことの筈だ。まったく、にゃんこがドラゴン並みに強いってどういうことなのさ……。
正面から戦えば僕達に勝機はない、遭遇した場合は逃げることだけを考えよう。幸い、ネコは最高位の魔獣といっても身体能力的には普通の動物と変わらないらしい。リリーの速度なら逃げ切ることは十分に可能だ。
問題は魔術だ。身体能力が普通の動物と変わらないにも拘らず、ネコがドラゴンとも同格と見做されている理由。いくら速度で勝っていても、それを使われれば逃げる前に僕たちは仕留められるだろう。
ネコと遭遇した場合は魔術を使われる前に逃げ切る、この考えが重要になる。そのためには何か猫の気を引くような、囮になるようなものが欲しい。具体的に言うとまたたびとか。
あったら遭遇しても逃げ切れそうだけど、またたびの木なんてこの森にあるのだろうか? というか、またたびの木の見た目を知らないから会ってもわからない……。
他に猫の好きそうなモノといったら――――――ネズミかな? あらかじめネズミと契約しておいてネコと遭遇したら召喚して囮にするとか? それなら囮役はルーイでもできそうだけど……。駄目だ、そんな可哀想なことは僕にはできない……。
あれ、そう言えば今の状況ってまずいんじゃないかな? ネコが襲うモノといえばネズミ、今僕が乗っているリリーもネズミだ。ああ、それでリリーはルーイの鳴き声を聞いてパニック状態になったのか……。リリーは普通のネズミより遥かに大きいけどあの反応を見る限りは天敵っぽい。異世界でも猫とネズミの上下関係は変わらないようだ。
やだなー、これって僕が思っていたよりも襲われる可能性が高いんじゃないかな? 場合によっては積極的にリリーが狙われる可能性もある。狙われるのがリリーとなると囮作戦は通用しない。……何か他の方法を考えないと。
現在僕が召喚可能な生物はルーイ、無生物で使えそうなものはナイフと最近中級魔術の練習に使用した重さ百キロほどの岩くらいだ。僕にアンを喚ぶつもりはない。ノアは今度は暴走せずに召喚できると言っていたが、まだ試したことはない。少なくとも、中級召喚魔術をマスターするまではアンを召喚しないと僕は決めている。もっとも、たとえ召喚しても下級の魔獣であるアンが最高位の魔獣に勝てるとも思えないけど。
とりあえず召喚できるモノを増やしておこう。そう考えた僕は、使えそうなものに片っ端から自分の血液を付けていった。
ときどき襲ってくるゴブリンをやり過ごしながら、僕とリリーはエレナを探して森を彷徨った。今のところは運良くゴブリン以外の魔獣に遭遇していないため、最初の戦闘以外はすべてリリーが倒している。とりあえず五体くらいのゴブリンならリリーにとって敵じゃないみたいだ。襲いかかるゴブリンは例外なく焼き殺されている。ハムスター超強い。
「ちゅう!」
五回目のゴブリンによる襲撃をやり過ごしたとき、リリーが一際強い鳴き声を上げた。
「どうしたの?」
「ちゅちゅ!」
僕が尋ねるとリリーは嬉しそうな鳴き声をあげる。少なくとも悪いことではないらしい。
「もしかして、エレナを見つけたの?」
「ちゅう!」
リリーは僕の問いに対して、力強く鳴くことで答えた。よかった、これでエレナと合流できる。
「リリー、早くエレナのところに行こう!」
「ちゅう!」
リリーはエレナと合流するため、僕を乗せたまま今まで以上の速度で元気よく走りだした。




