第三十一話 森へ行こう
猫は駄目だ。他に何かいい生き物はいないだろうか。でも、この図鑑はもはや信用することはできない。僕はそれほど屋敷から出たことがないので直接この世界の生物を見たことはあまりない。
「ノアは何かおススメの生き物ってある?」
僕の言葉にノアは少し考えるそぶりを見せる。
「そうですね……。初めは小さい生き物がよいので小鳥などはどうでしょうか?偵察などにも利用できますし。」
小鳥かー。可愛いし良いかもしれない。
「そうしようか。どんな鳥がいいかな?」
「鷹がいいわ!カッコいいもの!」
それは小鳥じゃない。
「トーニャ様、鷹では大き過ぎます。成長すれば十キロを超える可能性もあるので下級召喚魔術師の実力では喚べなくなる可能性もあります。もっと小さい鳥にしましょう。」
「そう、残念ね。」
十キロ以上の質量を持つ生物の召喚は中級召喚魔術の領域だ。ノアの言うとおり、下級召喚魔術の練習としては不適当だろう。
他に何かいい鳥はいないかと考えてみるが、やはりこの世界の鳥をそれほど知らないので思いつかない。
そんな僕の様子を見かねたのだろう。エレナがこんな提案をしてきた。
「森に行って実際に探してみませんか―?」
「森?」
「ハイアの街のすぐ近くにある森ですよー。あそこなら鳥もたくさんいますし、街の近くなので危険な魔獣は討伐済みです。私とノア先輩がいれば大丈夫じゃないですかー?」
そう言ってエレナはノアの方を見る。
「そうですね。小さな森ですしあそこなら危険はないでしょう。一応旦那様に確認して、許可が出れば構わないでしょう。どうしますか、リオ様?」
「うん、僕はそれでいいよ。森って興味あるし。トーニャも行く?」
「もちろん行くわよ!私、ピクニックって初めてだわ!お弁当持って行きましょ!」
トーニャはすっかりはしゃいでいる。僕は鳥を探さないといけないので完全に遊び気分ではいけない。 だが、考えてみれば近場とはいえ僕が街の外に行くのは初めてのことだ。楽しそうなトーニャを見いるとこちらのテンションも上がってきた。
「よし、トーニャ姉様!サンドイッチ作ってもらおう!」
「いいわね!やっぱりピクニックにはサンドイッチよ!」
「具は何にしてもらおうか?僕はツナマヨが食べたい!」
「つなまよ?それってなあに?」
そう、この世界にもマヨネーズがあるのだ!ツナマヨは誰も知らないようだが、マヨさえあれば再現は簡単な筈だ!
すっかり本来の目的を忘れて盛り上がる僕達を、ノア達は苦笑いしつつ見守っていた。
生物が用意できないので、代わりに下級召喚魔術の上限である十キロの無生物を召喚する練習をし、その日の授業は終了した。そして、授業の後僕とノアは父に森に行く許可を得るため、書斎へと向かった。
「やあ、リオちゃん。どうしたんだい?」
「明日、ノア達と一緒に召喚魔術で喚び出すための生き物を探しに行こうと思ってるんだ。その許可をもらいに来たんだけど、いいかな?」
「なるほど、召喚魔術か。もちろん、危ない所じゃなければ構わないよ。どこに行くつもりだい?」
「街の近くある森だよ。」
「ああ、あの森か……。」
森に行くといった途端、父の表情が渋いものへと変わった。
「何か問題があるの?ノアとエレナはあそこなら自分たちがいれば危険はないって言ってたけど。」
そう言って後ろのノアの様子を覗うと、彼女も意外そうな顔をしていた。きっと、すんなりと父が許可すると思っていたのだろう。
「ロベルト様、あの森で何かあったのですか?」
「ああ、普段なら君の言うとおり問題はないんだけどね……。最近、正体不明の魔獣がいたという話があってね。被害はないんだけど、一応調査のために騎士団を派遣しようと考えていたところだったんだ。」
「正体不明の魔獣?」
「ああ、何人か目撃者がいたんだけどね。空を飛ぶ小さな生き物らしいんだが、素早くて正体はわからないらしい。その目撃者の中に魔術師がいて、魔力量の多さから判断して魔獣ではないかと報告してきたんだ。」
正体不明の魔獣か。それじゃあ、許可は下りないだろう。
「とりあえず明日森に行くのは止めておくよ。」
「ああ、別の場所に行くか、騎士団によって安全が確保されてからなら構わないよ。」
「うん、決まったらまた話しに来るよ。」
「――――――というわけで、残念ながら明日森に行くのは無理になったんだ。」
僕の部屋で待っていたトーニャとエレナに父から聞いた話をした。
「むー。残念だけどロベルト様が行っちゃだめって言うなら仕方ないわよね。でも、いつか絶対行きましょ!」
話を聞いたトーニャは残念そうだったが、楽しみにしていた割にはあっさりと延期を受け入れた。
「トーニャ姉様、わがまま言わなくて偉いね。」
思わずそう言ってトーニャの頭を撫でる。
「ふふーん。そうでしょ!お姉ちゃんだから当然よ!」
撫でられて嬉しいのかご機嫌だ。
「……あれじゃー、リオ様の方が兄に見えますけどねー。」
エレナのつぶやいた言葉は幸いにもトーニャの耳に入らなかったようだ。
「でも、森が駄目ならどうしようか?」
何か代わりの生き物を用意しないと召喚魔術の練習ができない。
「そうですね。騎士団が赴くなら森へ行けるようになるまでそれほど時間はかからない筈です。それまでは十キロ以上の無生物の召喚を練習しましょう。」
「え、いいの?それって中級召喚魔術だよね?」
この一週間で僕は十キロ未満の無生物の召喚は完璧にできるようになっていた。それでいよいよ生物の召喚に移ろうとしていたところだったのだ。てっきり、生物の方の下級召喚魔術をできるようになるまで中級召喚魔術の練習はしないと思っていた。
「無生物の下級召喚魔術はできるので構いませんよ。ただ、生物の召喚もできないと下級召喚魔術師を名乗れないので、普通は生物の召喚をできるようになってからしますね。」
「問題ないなら僕はそれでいいよ。」
「もう中級魔術の練習をするなんてすごいじゃない、リオ!私もすぐに下級魔術をマスターして追い付くんだから!」
「うん、お互い頑張ろうね。」
そんなわけで僕は先に無生物の中級召喚魔術を練習することになった。
そして、僕が無生物の中級召喚魔術をある程度使いこなせるようになり、トーニャが下級属性魔術師を名乗ることをノアから許された頃、父から森に入る許可が下りたのだった。




